46 距離
百合を極めるということは 他の全てを捨てること!!
それが出来ぬお前は 結局はんぱ物なのだ
ちょっと溜まったアニメを消化してただけなのに……
「え? トテの母親とかじゃないんなら、トテに抱きついてるこの人蹴り飛ばしちゃっていいかなー?」
不穏なことを言ってくるルクスルを落ち着かせるためにも、自由な方の手の平をノーダムさんの頬へ押し付け、私も迷惑していると態度で示す。
王都から逃げ出してあれから何日も経ち、無事な顔もこうして見せられたのに、相変わらずの過保護っぷりに、私がどれだけ無力だと思われていたのかを痛感する。
「……失礼しますよ」
丁寧な口調でルクスルが何か言ったと思ったら、私の両脇に手を突っ込んでノーダムさんの腕の中から引っ張り出そうとしてきた。ノーダムさんに抱かれるのは日常茶飯事だったんだけど、ルクスルにとっては看過できない行為らしく、その強引さに呆れそうになるけど、必死な表情が私の考えを改めさせた。
「すいません、ノーダムさん。こういうことは止めてもらえますか? もう子供ではないですので」
優先するのはルクスルの気持ち。……やきもちと言えばそれまでだけど、好きな人が嫌がっている状況にいつまでも流され続けるつもりは私にも無い。
変にもがくとノーダムさんに足をぶつけてしまうかもしれないので、ズルズルと引きずり出されてから立ち上がる。ルクスルが差し出してくれた手の用途に疑問を持つことも無く、握り返して感謝の言葉を伝えようとしたら、空いた片手で私の身体についた雪をやけに丁寧に掃ってくるので呼吸しづらい。
「この人の体温がトテに移っちゃってるかも……」
防寒着も着ているし、そこまで念入りにされると、……少し重い。
「ノーダムさん?」
「……この人、寝てない?」
私を逃がさない意思を両腕に残したまま動かないノーダムさんを、訝しげに覗き込みながらルクスルが教えてくれた。慣れない雪山による疲れと私に会えた安心感とで気絶してしまったのかもしれない。
「私が運ぼう。君たちの家で寝かせてもらっても構わないか?」
野太い声がしたと思ったら案内人のダイトさんだった。倒れたノーダムさんを気遣いながら、軽々と背負いながら聞いてくる。
「……ルクスル、さすがにこうなったら放置するわけにもいかないですよ。ルクスルにとっては敵かもしれないですけど、私にとってはお世話になった人なので……。私はもう大丈夫ってちゃんと伝えれば、帰ってくれると思います」
「トテが言うのなら、仕方ないか……」
「助かる」
ルクスルが納得してくれたのでダイトさんを家の中へ招き入れると驚いたように動きを止め、思い出してくれたように身体に積もった雪を掃い落してくれた。近いうちにこの家からは出て行くつもりなので、そこまで気にしなくても良いと思うけど、綺麗に使ってくれるのならそれに越したことはない。
「……良い家だな。こんな雪山で暖まることが出来るとは思わなかった」
「凄いでしょ!? トテが造ったんだからね」
「ああ、綺麗に整頓されているし、……片付けられているのか? まさか、出て行くつもりか!?」
「はい、町に戻ります。ルクスルも帰って良いって言ってくれましたし」
「せめてノーダムが目覚めるまでは待ってくれないか!?」
「大丈夫ですよ。……ルクスルが手伝ってくれなかったので、持ち帰る物の選別がまだ終わってないですしね」
石造りの暖炉の前に寝っ転がって暖まっているルクスルに非難の視線を向ける。聞いてない振りをしているんだろうけど、ルクスルが私の声に耳を傾けていないはずが無い。
私の言葉に安心したように息を吐いてから、ダイトさんがノーダムさんの防寒着を脱がしにかかる。ベッドに運ぶ振動にもノーダムさんは反応してくれることは無く、余程疲れていたのだと感じる。……それをさせてしまったのは私だ。
「……私はまた迷惑をかけたんですね」
「それはそれだ。本人は楽しんでいたと思うぞ。王都を去る理由がようやく出来たと言っていたし、俺という案内人にも出会えたしな」
「……のろけですか?」
「そうなんだが、本人はトテの話ばっかりで俺の好意を意識してくれているかどうか……。俺からちゃんと言うから、今の話は内緒な?」
「ふーん、私たちにはもう決めた人がいるんだからね!」
「……ルクスル、恥ずかしいので張り合ったりしないでくださいよ?」
今までは二人っきりだったので人の目も気にせずに暮らしてきた。でも、今日はお客さんも来ているし、私たちの関係も分かってない人なので常識的に行動するべきだと思う。……用意するお茶のコップは3つ。普通は回し飲みなんてしない。
「……改めて、ダイトだ。この前は世話になったな」
「いえ、結局家に来ちゃったので、あの時ここまで連れて来てあげれば良かったですね。そうすれば、ノーダムさんも、また倒れることも無かったと思いますから」
「気にするな。覚悟を試されていたんだと受け取るさ。……あの後、ノーダムにこの雪山に子供が居たと伝えて、本人もトテが生きてたってことはわかってくれたんだが、それでも……会うまで諦めないってな」
「……ダイトさんは、いつ頃からノーダムさんと一緒に?」
「……そうだな、半年くらい前か? 探している人がいると、旅を続けていると言っていたな。その時も倒れかけていてな、ほっとけなかったという訳でも無く、いつ諦めるかと物見遊山でついて行った。……その結果がここだ」
やり遂げたと、ダイトさんは偉そうにふんぞり返っている。しかし、目的は果たしたのに視線は不安気に揺れている。旅を終えたノーダムさんはこれからどうするのかがわからないし、案内は終わったのだから、ここでお別れなんてこともありえそうだ。
「……トテはどうするの?」
寝っ転がった姿勢のまま、ルクスルの声だけが届く。
「町に戻ったらどうするの? 何かやりたいことある?」
考えは……無い。怖いことからずっと逃げて来たから、どこかに落ち着く私が想像できない。王都から逃げ出したあの日から、私は人の輪に入り込む勇気が無い。
「……ルクスルとずっと一緒に居たい」
「じゃあ、大丈夫だね」
……何で? 全然決まってない。
ルクスルにダイトさんのような不安を抱えさせないためにも、これからのことをちゃんと考えたいのに、勝手に納得されてしまった。うんうん唸っていると、肘で身体だけ起こしたルクスルが勝ち誇ったような顔を向けてくる。明日の朝食の献立も一緒に悩んでくれないルクスルのせいでこんな気持ちになっていることに、当の本人は気づいてくれない。
「……君たちは、ずいぶんと仲が良いんだな」
目で会話している私たちに、ダイトさんが割り込んで来た。
「そりゃあ、そうですよ。好きですからー」
「……ですから」
そう言われるのは嬉しいけど、どうせ姉妹程度にしか見えていないはずだ。私たちが特別な関係だと思われるには、私の身長も年齢も足りない。
他の人の意見に左右されるつもりは無いけど、そこまで見てもらえないことに気が重くなる。相手が居ないと思われることで、ルクスルに好意を向けられてしまうことが堪らなく嫌だ。
「子供が言っているような好きでは無く、本当に好きなのだろう?」
「……わかるんですか? 姉妹やただの友達なんかじゃ無いって」
「ああ、見てれば分かる。……お互いを見ている視線でわかる。あとはそうだな、君たちのどちらかが床で寝ているとかじゃ無ければね」
……そういえば、この家にベッドは1つしかない。今から慌てて用意するのも可笑しいし、それも証になるというのなら恥ずかしがらずに堂々としていよう。
触れ合っていなくても、相手に私たちが恋仲だと伝えられる方法があればいいのだけれど、無ければそれはそれで問題は無い。私たちがお互いに想っていれば良いだけなのだから。
「それでだな、……告白はどういった感じでしたんだ? 私がノーダムに伝える時の参考にしようと思ってね」
「気持ちっていうのは言葉なんかじゃ伝えられないんですよ。自分は全部伝えたと思っても、解ってくれていないのが殆どです。そんなことも気にせず、相手を想い続けるのが好きってことじゃないでしょうか。だから、……大丈夫です。ダイトさんの瞳は、あの日のルクスルとそっくりですよ」




