40 戦闘訓練
「トテ、1人でもお留守番できる?」
大事な用があるので連れていくことが出来ないと暗にお願いするような口調でルクスルが聞いてきたので、寂しいから無理ですなんて聞き訳が無いことを言えるわけも無く、でもよく考えたら私だってやるときはやるのでむしろ私が連れて行ってあげますよと提案しようとしたところで、はっきり邪魔と言われてしまった。
森の中では獣たちの餌の取り合いや騙し合いが頻繁に起こっているそうなので、特に用も無いのにお荷物を連れ歩く余裕は無いらしい。
「トテには家を直す大事な仕事があるでしょ?」
そんな期待するような目で言われたら、大人しく頷くしかなかった。
刀を持って重武装になったルクスルは、周辺の地形と昨日の吹雪で森の中の環境がどう変わってしまったのかを確認しに行ってくれる。私たちの得意分野はそれぞれ違うし効率的に作業していかないと、昨日のような吹雪が来て動けなくなってしまった時に、また寒さに震えながら薪を集めに行くような事態に陥ってしまうかもしれない。
そのためには、しばらく外に出なくても済む食糧の貯蔵と、吹雪にも耐えられる家を構えておくことは最重要課題だ。
「トテ、安心して。……私はいつもトテのすぐ傍にいるから」
「……言葉通りの意味なんですよね」
「見える範囲にいるから」
「せめて声が聞こえる範囲にしてください。過保護すぎます」
私以上に寂しそうに森へと消えていくルクスルを手を振って見送る。疲れて帰って来た時に安心して休める家を造っておくのは私の役目と、気合を入れて崩れかけた家を解体しようとしたところで、奥の樹の陰でそれ以上歩き出せずに立ち止まってこちらを見ているルクスルに気が付いた。
あきれながらも、崩れかけている家の壁に持っている鉈で斬り込みを入れる。すると、家の壁が四方に倒れてきたので、私にぶつかる前にさらに細かく切って夜の分の薪にする。
支えていた壁が無くなったので落ちて来た屋根も細かくし、つまづいて転んだりでもしたら危ないので全部まとめて拾い集めて脇にどけておく。
「トテ、それどうなってるの?」
今まで何度も交わしていた会話なのでまたかと思い振り返ると、さっき見た時はついに座って休んでしまっていたルクスルが真剣な表情で聞いてきていた。
「トテが鉈を突き刺したのは見たけど、そんなので向こう側の壁まで届くわけはないよね? なんでそれで全部バラバラになるの?」
「……なんか、ここを切れば全部壊せるって場所が木に書いてあるんですよ。私がそれをお願いしたら、仕方ないなって感じで全部壊れてくれる感じです」
「ふーん、それって樹だけ?」
「他にもありますけど、だいたいは話も聞いてくれませんね」
「それじゃあ、背後から今にも飛び掛かって鋭い爪が伸びた右脚を振り下ろしそうな……狼は?」
――――え!? と、振り返った時には狼は飛び掛かり済みで、狼は一度も話を聞いてくれませんでしたよと散々試した結果を伝える暇もない。
だけど、私の死の瞬間を最後の思い出として映した視界が、威勢の良い狼の爪が折れて無くなっていることを教えてくれた。
過保護なルクスルがやったのかと、落ち着いて目の前に木の板を建てる。材料はそこら中に転がっていた。
「ギャイン!?」
狼の爪が木に刺さることは当然無く、厚い肉球が壁を強く叩く音が森の中に虚しく鳴った。
「ルクスル、酷いですよー」
「あはは、ごめんごめん。でもトテ、やっぱり戦い方は実戦で覚えないと。それに、安全策はちゃんと取ってあったでしょ?」
悔しそうに私を睨んできた狼が自分の身体の異変に気付き、片脚を持ち上げて無くなっている爪を見て驚いている。そのなんだか可愛い仕草に笑っていたら、狼は威圧的に私の周りを探りながら動きだした。
「トテ、いけそう?」
「……なんとかしますけど、どうするかは考え中です」
爪攻撃は使えないので、後は牙で咬みついてくるしかない。でも、爪は無くてもあの脚で殴られでもしたら気を失ってしまうかも……。板で防いで正面衝突させても、それ程効果も無かったみたいだし。
「戦い方を教えるにしても、トテにはどういうことが出来るのかがわかんないんだよね」
木材で狼の周りをきつく囲って動きを止めるお馴染みの攻撃をしようとしたところで、狼一匹相手に毎回大樹を消費しながら戦うわけにもいかないし、ルクスルは私がいつもとは違う戦い方をすることを望んでいると思い直す。
ルクスルみたいに格好良く戦いたいと持ち慣れた鉈を構えてみる。だけど、ぶれることなくピタリと静止させている切っ先をどこに向ければいいのかはわからない。
私の不慣れな動きを狼が笑ったような気がして、恥ずかしさのあまり目の前に板の壁を作り――――。
「トテ、それは……」
私の軽率な行動が狼を見失わせていることに気づき、まだ板の後ろにいるはずだと、すぐに左右のどちらかから出てくるはずだと、いいや板を飛び越えて上からくるかもと、そんな予測を立ててから姿が見えない敵に怖くなって板を解体した時には狼の姿はどこにも無かった。
「トテ、きっと狼は……右の方にいるよ!?」
指示をくれたルクスルの言う通りにそちらの方へ意識を向ける。でも、伸びている草の陰に狼の姿は確認できないし、気配や殺気なんてあやふやな物を感じることなんて私に出来るはずも無い。
それでも、草木が不規則に揺れる違和感や微かに聞こえる狼の息遣いくらいなら、集中すれば私にもわかるかもしれない。
「ごめん、やっぱり左から来る」
「ルクスル、適当に言ってません!? そこに居ますって!?」
――――見られている気がする?
一度感じてしまえば、はっきりとそこにいるってわかる。
「……トテ。……隙を見せないと、野生動物って襲ってきてくれないんだよ?」
「嫌です! 目を離したくなんかありません!」
「……狼が一匹だけとは限らないでしょ?」
――――本当だ、すぐ後ろで両手を広げて私に抱きつこうとしている人の気配を感じる。
「危なーい!?」
「ルクスル邪魔です、狼を見失っちゃうじゃないですか!?」
「……見失う、ねえ?」
狼は私たちのじゃれ合う音に紛れて移動を開始している。
「それで、トテは狼が飛び掛かってきたらどう対処するつもりなの?」
鉈はもう使う気は無い。ルクスルに武器を借りても同じことだろう。狼の速さに私の足では追いつけないし、待ち構えている方が体力の消費も少ないから、相手から襲って来てくれるのを待っている間にルクスルのような狼が他にいないかと言われた通り警戒だけはしておく。
「捕まえてみます」
この狼の主な武器になってしまっているのが牙による咬みつき。口に入るが吐き出すことは出来ない程良い大きさの木材で牙を受け止めて噛ませてから、取れないように別の木材で補強して顔に固定する。
「ギャウ!??」
木材で出来た仮面を付けられたようになった狼は、器用に前脚を使ってそれを外そうともがいている。
「爪があったのなら、腕に木材を固定しやすかったんですけどね」
「ごめんね、邪魔しちゃったかな?」
「大丈夫です、身体に木材を括り付けますので、重くて動くことも出来なくなるはずです」
木材できつく挟んで、そのまま身体の一部を潰してしまえばいいのかとも考えたけど、痛みで半狂乱になって暴れ出しでもしたらそっちの方が面倒そうだ。
「今日の夕ご飯です」




