4 旅立ち
「家の造りもしっかりしてるな」
「ふふーん、どうよ」
褒められているのは家を作った私だけど、ルクスルが喜んでいるので私もうれしい。
家に招かれて中に入ってきたのは三人。他の人たちは外で見張っててくれるそうだ。二人で住む家を作ったので二十人とかは入れない。
「ますます、連れて行きたくなった」
「……それは許さない」
「私もルクスルから離れたくはないです」
里なんてところには行きたくはない。また怖がられる。争いになる。……追い出される。ここでルクスルと静かに過ごしたい。
「街が遠いから、ここには何もないだろ。飯も満足に作れないそうじゃあないか。教えても、よくわかってなかっただろうが」
「これから覚えるから。何とか食材を探すから」
「それじゃあ遅すぎるんだ。栄養が足りなくて、トテが小っさいままだったらどうするんだ」
「ぐっ」
……私はこのままでもいいけど。この背でも家は建てられるし。
「肉だけじゃ人は生きられねえんだよ。畑を作るって言っても、これから何年もかけることになるし、お前毒草しかわからねえだろ」
「大丈夫。木の実とか探すから」
「冬はどうするんだ。何も採れないし、毛皮の鞣し方とか、不器用なお前にできるのか?」
そうか冬がある。街にずっと居たから、寒いなとしか思わなかったけど、森の奥で過ごすなら、それなりの準備がある。
「まあ、いい。また来る。この人材をほっとくわけにはいかねえ」
おじいさんが立ち上がる。……ルクスルの正面で話してたってことは、この人が一番偉い人なのかな。
「もう来ないでよ。こっちも忙しいんだから」
ルクスルがおじいさんを追い出す。
「トテちゃん、またな」
おじいさんが最後に振り返って、私に声をかけてくる。返事はしたくない。私をルクスルから引き離そうとする人は敵だ。
「……また来るって」
「…………」
「トテ、どうする?」
決まっている。答える代わりにルクスルに抱きつく。
「よしよし」
「…………」
ルクスルが頭を撫でてくれた。
泣きそうになる。
この優しさに、甘えたいけど。
元々、私は一人でここに来た。私のせいでおじいさんに追いかけられることになるし、ルクスルを昔の仲間と敵対なんてさせたくはない。
ルクスルは優しいから、みんなのことを考えている。私はルクスルが居なくならないでとしか考えていない。
これ以上は、私のわがままだ。
本当に迷惑をかけてるのは私だ。
「ルクスルには仲間がいる。私にはいない。全部捨てて、ここに来た」
「トテ?」
「……だから、ルクスルはあの人たちと一緒に帰って。私は、……また逃げる」
鉈を一線。
それだけで作った家はばらばらに解けて崩れた。
「ここでお別れ」
さよならだ。
『また』なんて言ったけど、もう会うことはないだろう。二人は生きてるところが違い過ぎた。
「……トテ?」
「「トテ!!!」」
目の前にいきなりおじいさんたちが出てきた。驚くからそれやめて。
「ルクスル、お前も頭を下げるんだよ! 家壊させてごめんってな!!」
おじいさんがルクスルの頭を掴んで強制的に土下座させる。後ろの人たちもみんな、頭を下げてる。
「ちょっ!?」
「お嬢ちゃん、すまなかった!!」
大きな声もやめて。
「一瞬で家を解体する技術は見事だった。だがそれをさせたのは俺たちだ。二人の家にこんなことをさせてしまって申し訳ない! そこまで追い詰めるつもりはなかったんだ!」
頭を上げて。怖い。
「ほら、ルクスル! お前も謝るんだよ!」
「えーと、トテ。こいつらのことはいいから。……一緒に逃げよう?」
「ばっか! 逃がすわけねえだろ。二人とも、俺たちと来るんだよ!」
ルクスルは一緒に逃げようって言ってくれる。
いいの?
「ルクスルは私と居てくれるの?」
「うん」
「一緒に逃げてくれるの?」
「逃がさないって言ったろ!? 家ももう無いし、本当にすまなかった!!」
外野がうるさい。
私はルクスルの言葉だけ聞いていたい。
「私を、選んでくれるの?」
「うん、トテが一番大事……」
「お前ら、いい加減にしろよ! 行くんなら早めに森を出るぞ。じきに夜になる」
「トテ、一緒に行こう。冬の準備しないと。……とあるアジトに冬用の装備があるから、それ頂いてからまた戻ってこよう」
「――――うん!」
「お前ら首領の前でそんなこと言うたぁ! ずいぶんと余裕あんなあ!!」
ルクスルと出る。
この森を。
……また人の居るところに行く。
「トテちゃん、荷物はこんだけか? おい、誰か持ってやれ! 子供にこんなの持たせるんじゃねえよ」
「大切にあつかってよね。トテの大事な物なんだから」
「よろしくお願いします。……お世話になります」
「「おう!!」」
この森を出る。怖くて何度も立ち止まった道だ。
でも、今度はルクスルがそばに居てくれる。
「トテ!」
ルクスルが私を抱き上げた。そのまま堀を超える。たった一日だったけど、一緒に暮らそうって約束した場所だ。
一瞬で見えなくなる。
「ちょっと、馬は無いの? トテが疲れちゃうんですけど」
「こんな森の中、走れるわけにないだろう。とりあえずここを抜けてからだ。そのあと、どっかから頂戴する」
「大丈夫です、歩けます」
ルクスルが私を地面に下ろしてくれる。
森の中が整地されているはずもなく、草木は私の身長ほどある。来るときは隠れるのに都合良かったのに、今は体力を奪うだけでしかない。
おじいさんが先頭で手持ちの武器で刈ってくれているが、私はついて行くのがやっとだ。
ぴー!
「熊、数は一」
声がする。樹の上から。他の人たちは見えないから、ついて来てないかと思った。
「適当にあしらえ、こっちには嬢ちゃんが居るんだ、近づけさせるな!」
「私、行こうか?」
ルクスルがおじいさんに声をかけた。
「……お前は嬢ちゃんを護れ」
「了解」
樹の上から、何度も獣を見つけたと報告がある。囲まれてきている? 考えることで緊張し、元々低かった私の体力を余計に奪う。
……ごめん、無理。
「……ハァハァ」
「トテ?」
「少し休憩するか……」
「……ごめん、なさい」
「いいから、無理しないで」
……自分の体力の無さが情けない。
そんなに長い間、歩いてないのに。
私の足では、森に入ってからここまで一週間はかかった。
出られるかな?
「トテ、水」
ルクスルが小さな水筒を渡してくれる。
「暗くなってきたな。ここいらで泊まるか」
おじいさんの提案で、何人か樹から降りてくる。各々が野営の準備に入る。私は少し気合を入れて立ち上がる。本当に役にたってないから。
「トテは休んでて」
「……そんな、わけにもいか、ないよ」
切れ切れの息で返事。
私は草を刈るのは手伝えない。それは建築作業という認識がないから?
でも、獣にずっと追われてた。みんなも疲れてるはずだ。ゆっくり休ませるのは私の役目。
「この樹を倒します。上には誰かいませんか?」
「……いない。本当にできるのか?」
「トテはすごいから大丈夫!」
樹を切る時、私はいつも一人だ。
共同作業で切っていくわけじゃないし、家を建てるなら一本では足りない。まとめて倒す。
そんな場所に誰かがそばに居てくれたことは無い。
「トテ、この樹にしよう。私の居る方角に倒して」
……初めてかもしれない。誰かと一緒に切るのは。
根元を輪切りに。角度をつけて切る。
「倒れます!」
「倒れるぞーーーー!!? ……ウソだろ」
轟音を起てて樹が倒れる。
「続けてその隣を!」
もう一本。
……家はどういう感じに建てようか。一日しか使わないし、装飾はいらない。全員が泊まれるように大きな横長の家を。
窓は必須。獣に囲まれてしまった時、逃げられるように屋根は水平にして登れるように。
「――――できました」
「……バケモノか?」
「トテはすごいって言ったでしょ!?」
家の中に入って建築具合を確かめる。生木なので少し湿気があるかな。窓は天井に。月の光が入ってくる。夜だ。
「……飯にしよう」
整地作業は家の前だけ。みんなで石を集めて囲炉裏を作る。
「休む準備はできた。お前ら喜べ。そんで、飯を呼べ。追われるのは終わりだ、狩るぞ!」
「「へーい!!」」
「私も行くよ」
「ルクスル、お前には大事な役割がある。……塩だ。肉の焼き加減と味付けを教えてやる。覚えろ。逃がしたくないならな」
おじいさんが懐から小さな石のような物を取り出した。それをルクスルは真剣な表情で見てる。
血抜きされた狼が大量に集まってくる。
一匹持ってきた人から囲炉裏を囲んでいく。どんどん周りに人が集まってくるが、遠くで聞こえる狼の遠吠えが途切れることはない。
「とりあえずは捌いていけ。違げえよ、適当に切るな。骨からこそぎ落とすように切るんだ。無駄にはするな」
おじいさんの指示でルクスルが狼を捌いた肉を焼いていく。匂いにつられて狼が集まってくるが、こちらの餌になるだけだ。
「熊だ!!」
こんなのも居るのか。
ルクスルの邪魔はしてほしくないし、一瞬で熊の周りに囲いを建てて、身動きができないようにした。
「上からどうぞ」
天井は作っていない。
「ルクスル、負けんな!」
「はい!」
ルクスルの対抗心に火を点けたらしい。
肉を食べた人から屋根の上に上がって、そこに居た人と交代する。見張りかな?
余った肉は草に包んで保存するらしい。明日も歩くので私もたくさん食べたが、お腹はもういっぱいだ。そろそろ眠い。
「ルクスル、トテちゃんが限界みたいだ、寝かせてやれ」
「わかった、ここは任せるよ」
肉をずっと切っていたルクスルと一緒に家の中に入った。
ドン!!
家の端でルクスルが長い刃物を床に突き立てた。
「こっから入ってくる奴は、死刑だから」
ルクスルが笑顔で家の中に居た数人に宣言した。
「ルクスル?」
「トテは何もわからなくていいの。それじゃあ一緒に寝ようか」
「うん?」
ルクスルが着ていたコートを私にかけてくれた。
よくわからないけど、ルクスルに手招きされて一緒に丸くなるとすぐに限界がきた。
外で薪が燃える音だけがする。
狼の遠吠えは、止んだ。
本当は熊は鎧みたいな物に覆われていて、トテが屋根に使いたいと言い出し一瞬で解体したかったけど、早く森を出たくてやめました。トカゲだけで十分。