39 魚
「そういえば、デジーさん帰ってきませんね?」
トイレにしても長すぎると思う。これからお魚を捕りに行くし、もし一緒に食べるつもりならせめて手伝って欲しい。
「屋敷にそのまま帰ったんじゃない? 私たちに顔も見せづらいだろうし、持って来て欲しい荷物も頼んでるからそのうちまた会えるよ」
……そうか、残念だ。力仕事も頼もうと思っていたのに。
二人で並んで歩いて行くと、すぐに水が流れる音がしてくる。山の中腹を流れる川にあたるので、大きな岩がごろごろと転がっていて流れも速く、複雑に渦も巻いている。岩を足場にすれば向こう岸までは……ルクスルなら簡単に渡れそうだ。
「うん、綺麗な川だね。水しぶきが舞ってて……すっごい寒い。……トテ絶対に水浴びだーって川に入っちゃ駄目だよ? 流されるから」
「怖くて近寄れませんよ、……下流のあっちの方は、少し流れが緩やかそうですのでそっち行きます」
とりあえず私でも出来ることをしよう。水を桶に汲んで……、お魚は見えませんね、岩の陰とかに隠れているのかな?
「トテ、焚火の準備をお願い、……川に入るから」
「さっき寒いって言ってたのに、結局入っちゃうんですか?」
「魚をナイフを投げて捕るつもりなんだけどね、この流れだとナイフごと捕った魚は流れちゃうし、そんなに持ってるわけじゃないから失くしたくは無い」
「……時々使ってる糸で回収すればいいじゃないですか?」
「あれ、すっごい肩に負担がかかるんだよ。ナイフも鍔が無いから糸を結んで引っかける所が無いし、何回も試す気力も無い」
……これは、私も本腰を入れる必要がありそうだ。お魚一匹程度で一日持つわけが無いし、それなりの量も要る。
手早く焚火の準備をしてルクスルに合流しよう。
お魚を捕ったことは無いけど、釣ったことなら……って頓智みたいなことを言うつもりは無いけど、昔 人に頼まれて釣り針を作ったことはある。自分で実際に使ったことは無いけど……。
今朝食べた狼の骨を削って釣り針のような物を作る。餌はそこらへんにいる虫を……居なさそうだ。もう寒くて冬眠とかしちゃってる。
「ルクスルがいつも使っている糸って、私が触っても大丈夫な物なんですか?」
「大丈夫じゃないよ。糸の切れ味が良い部分は太さの微妙な違いでわかるんだけど、トテに教えるには早すぎる。……ってトテ、釣り針作れるの!?」
「釣りをしたことは無いんですけどね」
デジーさんが持ってきた荷物の中に糸の予備があるそうなので、ルクスルが取って来てくれるそうだ。もちろん、その後ろに私も付いて行く。……少しの間でもルクスルから離れたくないとかではなくて、こんな所に独りで残っていたくはない。
「絶対に釣り糸には触らないこと!」
私に念を押しながら、ルクスルが糸を木の枝に結んでくれた。家に戻った時に、今朝の食べ残しの狼の肉の欠片を釣り針に付けて準備は完了。
「……やります」
「トテ、すっごい嬉しそうだよ?」
「……釣れなかったらご飯が食べられないってわかってるんですけど、初めてすることなので楽しみで」
慎重に釣り糸を川に落とす。
「トテ、竿を振って遠くに飛ばしてみた方がいいんじゃない?」
「……針に付けてるお肉も飛んでいきそうで……、見えない糸を激しく動かすのも怖いですし」
しばらく待ってもお魚が釣れる気配は無い。ここには居ないのか、それとも狼のお肉をお魚は食べてくれないのか……。
「ひー、トテ、冷たいー」
「うわっ、ルクスル大丈夫ですか!?」
ルクスルの恰好はずぶ濡れ……何てことは無く、靴を脱いで履いているズボンをたくし上げている状態、それでも十分寒そうだ。私は川縁に立っているだけで震えているというのに、素足になってしまっているルクスルは……。
「……ごめんなさい、見ているだけで寒くなるので――――」
「トテーーーー!」
「うわっ!?」
冷たくなっている両手で、頬をむにむにと揉まれた。そのまま身体全体で抱きつかれる。
いつもならとってもポカポカしてくる行為なんだけど、まさか……ルクスルから離れたいと思う日が来るなんて!?
「ルクスルは寒さを感じなかったんじゃないんですか!?」
「トテ! ……寒いと冷たいは別物なんだよ!?」
「――――同じですっ!」
2人でギャーギャー騒いで、埒が明かなくなったところでお互いが我慢出来ずに焚火へと動き出した。火に触れそうになるほど手を近づけて暖を取る。
「「……寒い」」
2人の息はぴったりだ。……誰のせいだと。
「トテ、……もう帰ろう。魚も一応捕れたし」
「その方が良さそうですね」
また使いたいので釣竿は回収しておく。お魚が入っている桶と、飲み水とかに使う予定の桶を2人でそれぞれ持って、震えながら家に帰った。
「……私、実は魚嫌いなんだ。寒いから」
「味について語ってくださいよ」
いつもこんな捕り方をしていたら、嫌いにもなる。ルクスルが料理をしないのはこんなことを続けていたせいなのかと考えたけど、そんなことはないよね。
「あっ、トテ、家が!?」
ルクスルの驚いた声で、やっぱり見間違いとかではなかったと落ち込んだ。……昨日造ったばかりの家が斜めに傾いてきている。今日中に立て直さないと、危なくて中で寝ることなんて出来そうにない。
「……まあ、気にせず入りましょう」
「気になるよ!?」
「ごめんなさい、後で直しますので。……今は焚火で温まりたいんです」
「ごめんね、私のせいで……」
「そう思うのなら、もっとくっついてください」
入口の扉は家の重みで亀裂が入ってきていて今にも割れてしまいそうだ。そのまま開けるなんてことも出来そうにないから、入口が崩れないように扉をつっかえ棒のように加工し、さらにそこから冷気が入ってこないように板を立てかける。
「応急処置ですけど、ひとまずはこれで。気候の良い王都でばっかり家は造っていたので、雪山での家の建て方がわかりません」
「……屋根の上に雪が積もっちゃってるから、頑丈重視でいいんじゃない?」
「そうですね、樹はそこら中に生えてますので贅沢に使っちゃいましょう」
家を出た時には消えていた焚火をもう一度おこす。お魚の内臓は川で綺麗に洗い流しているので、後は木の串に刺してゆっくりあぶるだけだ。
火をおこしたことで家の中が乾燥しだしたのかミシミシと音が鳴る。私が造った家なので、問題点が何なのかを知るために家の中を落ち着き無さそうに歩いていると、ルクスルに手を引かれた。
「……何で、私はルクスルの膝の上に座らされたんですか?」
「理由がいる?」
「無いですけど」
私の心持ちも変わっている。おっかなびっくり腰を下ろしていた昔とは違って、自分の背中はルクスルの胸に完全に預けた。
「……ルクスル、屋根が落ちてきそうなのが怖くて泣いているんですよね? 落ちてきた時はすぐに解体しちゃいますので、落ちて来た木材で頭を打つなんてことはありませんよ」
最初は独学だったので、屋根の付け方なんてわからなかった。ただ家の壁の上に被せるように置いたりして何度も失敗したものだ。家の造り方をもう一度学びなおすだなんて、懐かしい記憶も蘇ってくる。
「……焼けてきたんじゃない?」
ルクスルの涙声で考え事から戻ってくると、お魚の焼けた香ばしい香りが家の中に漂っていた。
「そうですね、……そろそろいいのかな」
「トテ、熱いから気を付けてね」
表面がグツグツと煮えていたお魚の皮を歯の先で破る。その先に見えたふっくらとした身にかじりつくと、ほのかなお魚の甘みが口に広がった。他の部位を丸ごと食べると、焼けた皮の苦みと身の甘さが交じり合い絶妙な味加減に変わる。
「……おいしい」
「トテ、私の魚の焼き加減はどうかな? 味見してみて?」
ルクスルが手に持ったお魚を食べやすいように差し出してきたのでそのままかじりつく、お詫びとして私のお魚も差し出した。
「ルクスルもどうぞ」
恥ずかしそうに、でも躊躇なくかぶりつくだろうと思っていたら、私の食べかけ部分を舐めだした。
「ルクスル、その食べ方だとお魚の油が落ちてパサパサになっちゃうのでちゃんと食べてあげてください」
「あれ? 恥ずかしがってくれると思ったのに、思いの外強く怒られた!?」
「私はこの焼き加減が好きですので、ちゃんと覚えてください」
「任せて! ……トテは味にうるさい、と……」
美味しく食べてあげるのは、食材への礼儀ですよ?
……異世界転生の方が楽だったかも?
トテがよく作っている桶は、スーパーによく売っている味噌が大量に入った黄色いバケツをイメージしています。木造りで蓋付です。
火種はチャッ〇マンや火打石ではなく、小箱に木炭みたいな物が入っていて、息を吹きかけると燃え上がる奴です。いつかTVでそんな物を見たような気がします。




