38 居場所
「やっぱ俺 不可能を可能に……」
性欲が爆発、炎上して消されるかと思ってたけど、生き残ってたので、何事もなかったかのように大天使に合流します。
目を覚ましたことを悟られないように、被害者の振りをして暗闇の中へ逃げ込んだ。
最初の最初は私から手を伸ばしたのにやっぱりやめますだなんて……。私の心に戸惑いがあったせいで、一時ルクスルを拒絶してしまった。
ルクスルにはがっかりさせてしまったかもしれない。
薄く開けた私の視界にはルクスルは入って来ていない。気配で居場所がわかるなんてことも出来るはずがなく、部屋の真ん中で薪が燃えるパチパチという音だけが静かに聞こえていた。
天井に付いている窓からの光はやけに赤い。夕焼けと間違いそうな世界の色に混乱してしまいそうだけど、まさか丸一日気絶してたなんてことがあるはずないと自分の感覚を信じることにする。
寝すぎたかもと疑ってしまう要因になってるルクスルは、私と背中合わせになって眠っていた。恥ずかしさ以上に寂しさがつのり、ルクスルの顔が見たくなってすり寄ると身体の節々が少し痛んだ。
……私が変に暴れてしまったせいなのだろうけど、力尽きて先に眠ってしまう程だったんだから手加減くらいはして欲しい。
私が知らない私の身体の構造をいじくりまわした本人を睨んでいると、ルクスルはもしかして既に起きているんじゃないかと思ってきた。……それで何回も騙されたし。
浅い呼吸を繰り返してるルクスルの顔を見下ろせる位置まで移動する。
ルクスルの前髪を優しくかき分ける。身体を触れられても変わらず寝息を立てていることで、多分起きているのだろうと思い、多分私の次の行動を待っているんだろうなぁとあたりをつけて、多分キスして欲しいんですよねと顔を近づける。
……もしかして、今のこの顔がルクスルの本当の素顔かもしれない。
豪快に笑いながら寝る人もいるかもしれないけど、眠ったふりをしている時くらい、自分の本当の顔をしてくれてるはずだ……と思う。
「……ルクスル、起きてますか?」
寝込みを襲う手前、一応声をかける。
返事が無いのが起きてる証拠と勝手に決めつけ、私からすることで昨日の失敗を許してもらおうと、……嫌では無かったので、これからもお願いします、と――――?
いや、……それでは駄目だ。
勝手知ったるルクスルから毎回してもらうのもいいかもしれないけど、それではルクスルに私の気持ちが伝えられない。
いつまでも嫌がる振りをして、本当の気持ちを言葉にして伝えなければ、もうしないから大丈夫だよなんて優しく謝られてしまうかもしれない。
……私も覚える必要がある、と思う。
好きだと伝える手段は他にもあるかもしれないけど、私にはこれしか思いつかない。そして、この時が一番ルクスルから好きだと伝えられている気がする。
「……トテ、まだ? 来ないなら、こっちからいくけど?」
朝から軽く運動した後で、そういえば部屋の隅に寝転がっていたはずのデジーさんの姿が見えないことに気づいた。
「ああ、あいつ。陽が上ったら隠れながら出て行ったよ。……溜まってたんじゃない?」
……トイレかな? まあ、いいか。
籠ってしまった熱っぽい空気を入れ替えたくて、身体を使って扉を押し開けると、昨夜の吹雪は止んでいたけど一面雪が積もっていて、昨日とは風景が変わってしまっていた。
屋根に積もっている雪で家の壁もミシミシと音を立てているし、家の構造から見直さないと今のままでは長く持ちそうにない。
「……トテ、寒いから閉めて?」
「ルクスルって寒さを感じないんじゃないですか?」
「そんなわけないよ。寒そうだなって思うだけ」
少し火照っていた私の身体が冬の風に冷やされる。それが心配なのか、私の背中におぶさってきたルクスルが体温を少し分けてくれた。
心地よい朝の空気も気持ち良かったのだけれど、好きな人との触れ合いはそれ以上だ。何もない森の中で二人っきりという状況だけど、笑みばかりが浮かんでくる。ルクスルも同じ感想でいてくれてるみたいで、お互いにやにやと笑い合う。
これから覚えたいことも、してあげたいこともあるけど、今はそれよりも生きていくためにするべきことが沢山あるのだ。眠ってばかりでもいられない。
「……ルクスル、まず何をしましょうか?」
引いた指先の柔らかさを意識しないように声をかける。触るだけでは足りなかったようで、重なって握られた手は固く結ばれた。
「お腹空いたから、ご飯かな? ……トテは何が食べたい?」
「何でもいいですよ」
「だーめ、トテが好きな物を知りたいの」
嬉しいことを言ってくれる。だけど、私としても特に食べたい物は思い浮かばない。強いて言えば、甘い物が好きだけど、朝からそんな物を食べるのもどうかと思うし、簡単にそんな物が見つかるとも思えない。
「ルクスルの方は、何か食べたい物はありますか?」
お返しだ。
「うーん、無いねえ。好きな物もあるかと言われると無いし、私は動けるくらいに食べられれば十分だったから。……今度トテにひもじい子供時代の話をしてあげるね」
「ルクスル、悲しすぎますよ!? ……それじゃあ、川に行ってみましょう。水も汲んでおきたいですし、魚が泳いでいるかも確認しておきましょう」
「そうだね。トテに魚の捕り方を教えてあげるよ。手足が凍えて、焚いてもらった焚火の横で震えてた話もしてあげるね」
「……ルクスル、どんな子供時代を過ごしてきたんですか?」
本当なのかどうかはわからないけど、私とルクスルはそんなに歳は離れていないそうなので、私が探しに行って助けてあげることも出来たはずだ。そんな想いは傲慢で失礼なのかもしれないけど、私が何も考えずに王都で裕福な暮らしをしていたことに胸が痛む。
「トテは? 子供の時はどうしてたの?」
「……追われる後ですか? 前ですか?」
「前」
「……王都の道端で、木の枝で家みたいのを作ってた変な子が私です」
なんとなく誤魔化してしまった。
「そっか、頑張ってたんだね」
……頑張り過ぎたせいで追われることになってしまったんですけどね。……そこから同じ境遇の仲間たちと本格的な家を作り始めて、それを町の偉い人に見られて拾われたのだ。
私の過去の過ちを、逃げ出した時に何があったのかを深く追求しないでくれていることには感謝しているけど、聞かれなかったからといって話さないのも寂しい気がする。
でも、笑って話すことでは無いし、ルクスルに悲しい思いを移したくは無い。
「トテは魚を捕ったことはある?」
「さばいたことは何回かありますけど、捕ったことは無いですね」
「そっか、それなら私の得意分野を得意げに披露しても、悔しがったりはしてくれなさそうだね」
やったことが無いので悔しがる暇も無さそうだけど、頑張ればきっとルクスルは私を褒めてくれると思う。なによりこれからすることは、私たちの食糧確保という重要な仕事だ。私にも出来そうなことなので、ルクスルからもちゃんと学ぶ必要がある。
「私も頑張ってお魚捕ります。……でも、捕れなかったらごめんなさい」
「大丈夫、私がトテの分まで頑張るから」
「……じゃあその時は、お魚は私がさばきます」
「うん、お願いするよ」
これなら私がお魚を捕れなくても、料理の苦手なルクスルを助けてあげることができる。これからも一緒にいたいから、今のこの時みたいにルクスルとは寄り添って歩いて行きたい。
ルクスルと今日も一日頑張ったねって、笑い合いたいだけなのだ。
1人で買い物にも行けなかったトテを何とかしようとした結果の修行編です
何故、こんなに寄り道してしまったのか……




