36 吹雪の夜
「ねえ、何でこの人もいるの?」
ルクスルが辛辣な言葉を吐いているけど、私も同じ気持ちだ。デジーさんには本当に悪いけど、これからルクスルと大事な用があるから早く出て行ってほしい。
せっかくルクスルと一緒に住む家を建てて、久しぶりに一緒に寝るのに興ざめだ。
「お前らが何をしようとしているのかはなんとなく想像はつくが、申し訳ないが今夜だけでも……この家の隅でもいいから休ませてくれ」
「――――ッ想像しないでよ!?」
外は吹雪いてきて前も見えなくなっている状況だから、今から雪道になっていくこの森を抜けて町に帰るのは危ないことぐらいわかっている。
……でも、感情は別だ。
デジーさんと同じ部屋で寝る。
考えるだけで首筋がちりちりする。
恋愛感情なんて欠片も無いからこそ、そこまで深く知ろうとはしなかったから、どんな人なのか良くわかっていない部分がある。
私を守るように抱き寄せてくれているルクスルが、威嚇しながらデジーさんの動きを観察しているので、そのせいもあって余計に心配にもなる。
私が寂しがり屋になってしまっていることをルクスルが漏らしたせいで、デジーさんが私を見る目が変わってしまったような気がしていた。
「……ルクスルたちが、森のこの位置に家を建てたって首領にはちゃんと報告しておく」
「今すぐ行って来て!」
「……本当に悪い。せめて吹雪が止むまででいいから」
そんなに謝らなくてもいいけど、頭を下げられると表情が見えなくなるからやめて欲しい。顔を上げたら上げたで、その視線に震えてしまうかもしれないから、……消えて欲しい。……でもそれだと、何処にいるか分からなくなってしまうから余計に嫌かも。
「……飯にしよう。外に放置してある獣の肉をさばいてくるから、ルクスルは火の用意をしてくれ。……鍵閉めんなよ?」
「トテ、急いで鍵を作って!」
「頼むから、追い出さないで!?」
デジーさんが扉を開けた瞬間、家の中を猛烈な風が通り抜けていく。その時にようやく、多数決なんかで凍死してしまうような場所にデジーさんを放り出そうとしていたことがわかり、ルクスルとお互い真顔になってこの異常事態に震えた。
「……ルクスル、諦めましょう」
「いや、まだ手は残っているはず……」
そこまで悩まれると私としても困ってしまうんですけど……。
この吹雪の中 捨てに行くわけにもいかないし、空模様が落ち着いてきたら、家の隣に倉庫を作って押し込んでおけばいいんですから、それまで我慢です。
でも、森の中では樹が風を遮ってくれているはずなんだけど、家を建てて逃げ込んだ時にもこの吹雪が収まるような感じは無かった。
「食事に痺れ薬を混ぜれば……!?」
「あの、ルクスル。なんだかんだでデジーさんにもお世話になっていますので、手荒なことは……」
「……いや、それだと声は聞こえちゃうか……」
真剣に悩みだしてしまったルクスルはとりあえず置いておいて、地面をむき出しにして作った火を熾すための場所に移動する。
……さすがに、寒くて動きたくないから火の準備はしませんでしたなんて、この吹雪の中死にそうになりながらも戻ってくるデジーさんに、ルクスルと抱き合ったまま言えるわけが無い。
デジーさんが持ってきてくれた荷物から火種が入った道具を取り出して、切り倒した樹の端材に火を点けるために悪戦苦闘する。
……木は雪で湿っていてうまく火が点かないし、立ち昇る煙も酷い。狭い家なので窒息しないようにと、天井に換気するための空気穴は作ってあるけど、木材が燃える臭いはしばらく残りそうだ。
「――――何やってるの、トテ!?」
「ようやく気付きました? 火を熾しているので手伝ってください」
危ない計画から帰って来たルクスルが、自分が燻されている状況に慌てて声を上げた。
「トテはそんなことしなくていいから!?」
「……ごめんなさい。料理が出来ないルクスルは大人しくしててくださいね?」
「ひどい!?」
「おー、やってるな」
ルクスルに戦力外通告してたら、デジーさんが切り落とした肉を持って入って来た。煙が籠ってしまっている室内でも、なんてことも無いように火の勢いを調べてくれている。
「マズイよ!? せっかく建てた家が燃えちゃう!?」
「家の中で火を点けてるんだからこんなもんだぞ? まさか、髪に臭いが付いちゃうとか乙女なことを言わねえよな? ……これだから、料理もしない奴は……」
目に染みてくる煙を浴びながら火の勢いを維持する作業は大変だけど、ご飯を美味しく頂くことの方が重要だ。この家は私が造ったんだし、火が燃え移らないように配慮もしている。
デジーさんが持ってきた鍋を火にかけて、川から汲んできたらしい水を沸かし始める。それをルクスルが悲鳴を上げながら私たちがしていることを……ただ見ていた。
「肉、入れまーす」
「調味料はこれですね。……入れます」
やけに楽しそうに料理をしてくれるデジーさんが手慣れている感じなので私は手伝いにまわることにした。お湯が沸騰しだしたところで、鍋の位置を火種から離すようにして火力を調節しながら静かに煮込んでいく。
「おら、出来たぞ。喰え、そして腹いっぱいにして早く寝ちまえ」
一応自分の居心地の悪さを気にしているようだけど、私もデジーさんの視線を警戒しすぎて疲れてきた。料理が入った器がそれぞれに配られ、その温かさに私の気分もほぐれる。
「トテ、美味しいって絶対に言わないで。負けた気がするから」
「いい匂いですよ、ルクスルも普通に料理が出来るようになるといいですね」
ルクスルも屋敷で作っていたけど、あの時は教えてもらいながらだっただろうし、使った食材の種類が全部揃っていないと再現はできないと思う。
今回はデジーさんに作ってもらったけど、明日からは私たちだけで食材を用意する必要がある。使われた食材の一部は屋敷から持ってきたみたいなので、こんな豪勢な料理はもう食べられないかもしれない。
「ルクスル、明日からご飯どうしましょうか?」
「野菜とか果物とかは難しいかもね、雪も降っちゃってるし。獣たちも冬眠する奴が出てくるから会える確率も低くなっちゃうしね……」
「……なんなら定期的に屋敷から運んでくるぞ。……というか、お前ら屋敷には帰らないのか?」
「首領はいいって言ってたけど、実際迷惑はかかるでしょ? トテの噂を聞きつけた人たちが押し寄せてくるかもしれないし、ほとぼりが冷めるまではここにいるよ」
……え? 帰ってもいいの?
ルクスルとここで暮らすという気持ちが一瞬揺らぐけど、まだ町には帰れないと自分に言い聞かせる。自分が起こしてしまった騒ぎを忘れて、何食わぬ顔で戻るなんてことは出来るわけがない。
「まあ、しょうがないか。他に必要な物があったら教えてくれ。次来た時に持って来てやるよ」
「デジーさん、ありがとうございます」
ここが町からどれくらい離れているかはわからないけど、簡単に来れる場所ではないことは確かだ。現にデジーさんもこの吹雪で動けなくなっているし、楽な仕事ではないだろう。
「いいんだよ、好きでやってることだから」
好きという単語に反応してしまうけど、デジーさんはいつもと同じ顔で笑ってくれた。……それなら私も普段通りに接してあげるべきだと思う。
私がデジーさんの視線に過剰に反応してしまっていたせいで、酷いことを沢山考えてしまっていた。好きにならないからって、その人のことは知らなくてもいいなんて繋がりを放棄していた。
「私、デジーさんのことをもっと知りたいです!」
いつも助けてもらっていたのだ、蔑ろにしていいわけは無かった。
「……お、おう」
――――途端に目を逸らして挙動不審になってしまったデジーさんに疑いの目が向く。ちらちらと私に向けられている瞳には変な熱がこもっているように感じた。
私が死んだ目をしていることに気づいたルクスルが、デジーさんの視界に入らないように抱き寄せてくれる。されるがままになっている私には、デジーさんがこのくらいの言葉で変わってしまう理由がわからなかった。
「これだから、……男って」
「――――なんだよ!?」
私がお兄ちゃんみたいだと思っていた人は、いなくなっていました。
もう……良いんじゃないか?
百合を書きたい
俺は ずっとそう考えていた
これはプライドの問題だ
百合とレズは違うのではないかと
別ジャンルだから明確に分ける必要があると思っていた
でも俺は もう言い訳が出来ない程に……
レズの事が――――
もう 良いんじゃないか?
普通に書いてしまったって




