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辺境の地に大豪邸を  作者: ひろにい
35/82

35 離れてた想い

話が思った以上に進まない。

「早くしろ」って言ってくれるデジーも追い出されてしまうし……。

 いつもは油断していると私の身体を撫でまわしてくるルクスルが、嫌われたくないと私との距離を考え直してくれているのに、驚いてうろたえている姿を見てしまうといたずら心も沸いてくる。


 潤んだ瞳で寂しさを演じている私の心は真っ黒だ。


 でも、ルクスルが私の両腕を掴んでくれてしまっているせいで、それ以上私から近づくことも何かすることもできそうにない。

 実際はいつものように逃げられずにいるようにしか見えないのだけれど、真っ赤になって慌てているルクスルになら今日は勝てる気もしてくる。


「……森の中は冷えますね。寒いので、ルクスルの体温で温まりたいんですけど」


 私が上目遣いでお願いすると、ルクスルはアワアワ言いながらさっきまでの意思が砕けそうになっている。……力で敵わないのなら、言葉で惑わすしかない。

 ルクスルが珍しく困っているので、私も強気で押す。こんな機会は、もう来ないかもしれないから……。


「……トテの冬用の服は持って来てるから大丈夫だよ」


 話も聞いてもらえないかもと思ったけど、ちゃんと受け答えはしてもらえるようだ。

 私のために服を用意してくれていたことには感謝するけど、ルクスルは手ぶらにしか見えない。まさか、その着ている服の中に武器だけじゃなくて私の服まで隠し持っているなんてことはなさそうだけど……。


「デジーの荷物に入っているから、……あいつが戻ってくるまでは、我慢できるよね?」


 ルクスルが服を取り出そうと、私の手を離した隙にこの拘束を抜け出す作戦は失敗らしい。それにしても、そろそろこの体勢も疲れて来たので、いい加減この手は離してほしい。


 ……不意にくしゃみが出た。


 ルクスルは強情だし、私も後でいくらでもチャンスはあると、次の計画を考えていたので気が抜けてた。

 

「……ごめん、本当に寒かったんだね? これ着て」


 ルクスルが自分が着ていた上着を脱ぎ出した。


 くしゃみが出たのは偶然で、寒いと言ったのはルクスルに抱きつくための口実だったので罪悪感がある。


「……ち、違うんです。今のは……」

「女の子なんだから、無理しちゃ駄目だよ」


 過保護なルクスルが問答無用でコートを押し付けてくる。申し訳ない気持ちになりながら、ようやく私の眼を見て話しかけてくれたルクスルに感謝の言葉を言ってから、手渡されたコートを受け取る。

 丈が合ってないのはしょうがないとして、ルクスルが今まで着ていた物だから、すごく温かい。


 いつの間にか気温が下がっていたみたいで、吐く息も白くなっていた。

 

 冬の森の中にいる自覚が出てきて、これからの不安が浮かび上がってくるけど、貰ったコートから漂ってくる温もりを胸いっぱいに吸い込んでおく方が先だ。

 幸せを感じ、自然ととろけてしまう頬も見せられて私もご満悦。


「ルクスルは寒くないんですか? 私の体温を分けてあげますけど」

「トテが楽しそうなら、それでいいの」


 嬉しい言葉を言ってくれるけど、服を一枚脱いだルクスルは寒そうだ。抱きついてもいいんですよと、両手を広げて無防備を装って待ち構える。


 ルクスルを恥ずかしがらせるつもりでしたことだけど、体調を悪くさせるような真似をする気はない。自分がただ我儘を言っているだけのような気がして、早くデジーさんが降りてこないかなと思っていたら、登った樹じゃないところから降って来た。……川を探すのに、苦労させてしまったかも。


「おい、見つけたぞ。西の方角だ、……トテ、何か変な恰好になってるぞ」

「デジーさん、持ってきたっていう私の冬服を出してくれませんか?」

「ああ、ちょっと待ってな」


 屋敷から持ってきた荷物は、さっき私が追いかけていた獣を仕留めたところに置いてきたらしい。


 デジーさんが荷物を取りに戻っている間、寒そうなルクスルに何かしてあげたいけど、抱きつこうとしたら逃げるだろうしどうすればいいのかわからなくなってきた。

 私のことを考えて決めたことなんだから、私からこれ以上決意を鈍らせるような真似はできない。


 ……そんな考えが大人なら、私は子供のままでいい。


「悲しい顔をしないの。私はトテを十分にからかえたからもう満足だよ? ほら、こっちおいで」


 好きな人に手も伸ばせないもどかしさなんて知りたくはなかったから、子供のように我儘になろうとしたら、ルクスルの方から優しく抱きしめてくれた。

 今までのお返しとばかりに熱が奪われたと思ったら、すぐに愛情も足されて帰って来る。


「……騙してたんですか?」

「思い通りに行かなくて、膨れちゃってるトテも可愛いよ」


 ……私はまた、負けたらしい。怒りの象徴になってたほっぺたも、つんつんと突つかれるたびに寂しさごと萎んでいく。


「トテのことをちゃんと考えてるのは本当。でも、トテから求めてくれてるのなら、もう我慢なんてしなくていいんだよね?」

「……はい、少し寂しかったです。独りは寂しいんだって、無理やりわからせたのはルクスルです」


 見つめ合う距離が段々と近くなっていくのは分かっていたけど、触れた唇の温かさがこれが求めていた物だと教えてくれる。

 視界の角にデジーさんが大きな荷物を背負って近づいて来るのが見えて、ようやく恥ずかしいことをしている自覚が出てきた。ルクスルから離れるのは名残惜しいけど、ついでに借りていたコートも返しておく。


「……ありがと」

「少しの間しか着てくれてないから、トテの香りが付いてないかも……」


 恥ずかしいことをがっかりしながら言ってくれているけど、私なんてその恥ずかしいことをしてしまっているのだ。お手柔らかにという気持ちを込めてはにかむ。


「ほら、トテ。寒いんだからこれ着ろ」


 デジーさんから受け取った私用のコートを羽織る。顔が見えなくなるくらい深く被ってしまうのは、目の前で繰り広げているルクスルの恥ずかしい行動を見たく無いから。


「すーはー、すーはー、トテー♡」


 ……本当にやめてほしい。コートは頭で着る物ではありません!


「それじゃ、川に向かうか。トテの傷口の消毒もしないとな」

「私の唾液で治してあげるから大丈夫だよ!?」


 自重しなくなったルクスルが私に覆いかぶさってくる。生暖かい吐息が首筋に当たってこそばゆけど、この重みを感じたかったから我慢する。


「唾つけとけば治るっていつも言ってるけどよ、俺が樹に登ってまで川を探した意味が無くなるだろ?」

「うん、無いよ。トテと二人っきりになりたかったから追い出しただけだよ」


 心無い一言で喧嘩しだした二人は放置したいけど、気づけば薄暗くなってきた森がそれを許してくれそうにはない。川に傷口を洗いに行くのはいいけど、これからどうするかをまだ全然話し合っていない。


「ルクスル、私たちこれからどこに行けばいいんでしょうか?」

「とりあえず疲れたから寝ようか。トテ、ここに家を建てて。……私たちの寝室の壁は厚めでね」

「おい、簡単に決めるんじゃねえよ」

「悩んだ末の結果です」


 私の意見も聞かずに勝手に決められているけど、一緒にいたいのは私も同じだ。それならこの辺りを整地して――――。


「まあ、待て。家を建てるのなら、川に近い方がいんじゃないか? その方が水を使いたい時に便利だろ。俺の努力も無駄にならないし」

「……そうだね。トテ、川の方で造ろうか」


 デジーさんの道案内で川へ向かう。道中、空から雪がちらほら舞ってきたので急ぐことにした。足元が滑らないように気を付けながら歩いて行くと、水の流れる音が微かに聞こえてくる。


「あまり水源に近いと獣が寄ってくるからな。家を建てるならこの辺りで十分じゃないか?」


 デジーさんの意見で地面が平らになっている場所に家を建てる準備をする。結局は平らに整地するのだけれど、風も出てきたので早めに建てるためにも無駄な労力は減らしておく。


「トテの顔が赤くなってる。いっぱい抱き合ったでしょ? まだ発情してくれてるの?」


 身体の奥まで冷えてきたからとか反論しておきたいけど、寒いのはお互い様のはずだ。私しか出来ないことをするために黙々と作業を進めた。


 釘を持っていなかったので、家の構造は木組みで建てることにする。整地した時に切り倒した樹を成形して使える木材に加工してから、木材同士をはめ込んで繋げるための穴を貫通させないように一瞬で掘る。

 乾燥させていない生木なので、このまま建てても家から出る熱で木材が歪んで家が傾いてしまうから、今はこの雪から逃れる一時凌ぎの家でいいかな。


「え? なに? こいつ(さか)ってんの!?」


 その言い方がカチンときたので、デジーさんの背中にはグーパンチをお見舞いしておく。

建築科では無かったので、家の建て方は聞きかじり程度の知識です。


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