34 置いていかれた気持ち
寂しくて、怖くて逃げ続けて、その先でもう一度出会えたのなら……。
甘えん坊になっちゃってるに決まってるじゃないですか!!??
「……トテ、立てる?」
先に落ち着いたらしいルクスルが、私の耳元で優しく言ってくれた。
返事をしようにもルクスルの胸に顔をうずめているので声が出せない。代わりに離したくないと態度で示すことにした、自分の顔をぐりぐりと押し付ける。
「ち、ちょっと、くすぐったい!?」
身じろぎして逃げようとしているルクスルの服にしがみつく。密着しすぎて息苦しくなってしまったけど、微かに漂ってきた甘い匂いが心地よくて、逃げ続けて疲れていた身体から力が抜ける。……このまま眠ってしまいそうだ。
「……お腹がすっごい温かいんだけど?」
上半身を肘で支えながら立ち上がろうとしているルクスルが、恥ずかしそうに抗議の目を向けてくる。そんな仕草をまた見れたことが嬉しくて――――。
「おい、いつまでそうしてるんだよ?」
無粋な声が頭上から声が聞こえて、誰かと思えば……わからない。余所見してる暇がない。ルクスルの体温を感じるのに忙しい。
「ほら、トテ。役立たずのデジーが来たよ? トテが獣に追われてた時にも、近づいて巻き添えになるのは御免だって引いてた酷い奴だよ?」
「いや、あれはビビるだろ? トテが逃げる先が更地になるんだぞ」
ルクスルが離れない私に諦めてデジーさんと会話しだしたせいで、変になってしまった気持ちは霧散した。
視線だけ上げると、デジーさんが私を追いかけていた獣を担いで見下ろしていた。
「……何だ、トテ? 凄い目で睨んでくるな? お前を見捨てたのは悪いと思ってるよ」
そういうつもりで見ていた訳ではないんですけど、それはそれでひどいなと思ったので意識して睨んでおく。こっち来ないで欲しい……。
「トテ、動けるか?」
「大丈夫です。……立てます」
いい加減 自分の行動がデジーさんに見られているのも恥ずかしくなってきたので、そろそろとルクスルの身体から手を離す。
私がどけたことでルクスルが自由になれたけど、私の行動に不思議そうに頭をかしげていた。背中が地面に着いていたのを気にして、軽く土をはらってから立ち上がろうとしている。
「……それで、お前らどうするんだよ?」
デジーさんが話を進めないで欲しい。これは私とルクスルの問題だから。そう思ってルクスルを振り返ると、怒っていた時のように無表情になっていた。
「……ルクスル、どうしたんですか?」
温かくて柔らかいルクスルの手のひらをふにふにしながら聞いたら、深く考えていた訳ではなかったみたいですぐに反応はしてくれた。でも、視線が私の方に向いただけだ、悩んでいるのは私のこと……かな?
私のせいで町に帰れないので、どこに逃げればいいのか見当がつかないのだろう……。
戻れないのならこの森に家を作って暮らせばいいと私は単純に考えているけど、大人なルクスルはきっとそれ以上の名案を考えてくれているはずだ。
「……トテ、もしかして?」
思い詰めたようにルクスルが疑惑の視線を向けてくる。
「いや、……なんでもない。トテも寂しかったんだよね」
「うん? そうですよ。夜は寒かったですし、狼にも追いかけられました」
「そうなの!? 怪我しなかった!?」
「……噛まれました」
痛みなんてとっくに無いけど、言葉に出したら思い出したように傷が……なんてことも無く、普通に腕は動かせるし乾いた血で服が少し汚れているくらいだろう。
「――――ッ薬持って来てるから! 塗ってあげる!!」
気づいた時には、ルクスルに両肩を掴まれて動けなくされてた。上着を脱がされ、噛まれた痕が露出される。思った以上に心配してくれているルクスルの行動が嬉しくて、されるがままに大人しくする。
私の腕を手に取って顔を近づけてくるルクスルは、今にも傷跡に残っている血を舐めとりそうに凝視している。
それなのに、真剣に傷の具合を見ているつもりのルクスルの顔から、また感情が消えた。
「……ルクスル、もしかして傷跡がけっこう深いですか?」
こんな時にそんな顔をされたら不安にもなる。腫れているとか、噛傷なので病気をもらってしまったのかもとか色々考えてしまう。
必死だったので処置をしていなかったし、痕が残ってしまったらどうしよう……。
「……ごめん、大丈夫、薬塗っておくね。水で洗いたいから、川でも探しにいこう」
思っていたのとは違ってまともな処置に心がざわつく。舐めとるのに躊躇するような傷なのだろうか? 肩寄りなので、自分では見づらいのがもどかしい。
川は逃げ回ってた時には見かけなかったし、水辺は獣が集まってくるので避けようとしていた。川が流れている場所の検討はつかないけど、みんなで探せばすぐに見つかるはずだ。
「デジー、とりあえず樹に登って探して?」
「……面倒なことは押し付けやがって。仕留めた獣は置いて行くから、他の獣に奪われたりするんじゃねえぞ?」
「川を見つけたら方角を教えて。それと今日の晩御飯はちゃんと運んできて。私はトテで手一杯だから」
「ルクスル、私疲れました」
「トテまでふざけるなよ!?」
疲れたのは本当です。安心したら、ずっと歩き通しだったなって思い出しました。
デジーさんが私たちを呆れたように振り返ってから樹に登っていきます。私みたいに腕の力でぶら下がりながらではなくて、木の枝に飛び移りながら上を目指していきます。
その姿が少し格好良いと思って眺めていたら、私の方を見ていたルクスルと目が合った。
「……トテはデジーのこと、どう思ってる?」
「樹に登っていく姿は格好良いです」
「――――ッ樹くらい、私も登れるから!?」
「はい、格好良いだけです。好きなのはルクスルですよ?」
そういえば、これでルクスルと二人っきりになれたのだった。上を見ると、デジーさんが一生懸命に水辺を探してくれてる。
……悪いとは思うけど邪魔者がいなくなったってことで、ルクスルの手を引いて微笑んでみる。これからはまた一緒にいられるのだ、楽しみでしょうがない。
「――――トテが!?」
「おい! どうした!?」
デジーさんが上から降って来た。着地音がしないのもすごいと思うけど、それはルクスルがよくやる奴だ。
「……なんでもない」
「またそれか!? せっかく登ったんだぞ!?」
……私のせいかな?
でも、なんかいつものルクスルと違う気がする。よそよそしいというか、再開に恥ずかしがってる感じではなくて、……私と触れ合うのを躊躇してる?
私の予想が正しいかどうか、ルクスルに無言で抱きついてみる。がっしりではなくて、視線を合わせるように優しく……。
……明後日の方向を見てしまっているルクスルは、ぶつぶつと可愛い可愛いって言いながら放心している。でも、私を意識しまいと勝手に奮闘している姿に寂しさが込みあげてくる。
迷惑をかけてしまったことは自覚していた。
それでもこの仕打ちは、あんまりではないか?
……再開を喜んでいたのは、自分だけだったのだろうか?
「……私はルクスルを困らせてますか?」
「ソンナコトナイヨ」
それなら、こっちを見てください。
「もしかして、私を追いかけてきたことで屋敷に戻れないのを、後悔していますか? 王都に追われているのに、さらに町を壊してしまった私に呆れてますか? ……私に好きだと言ってしまったことを――――」
「それは無い!」
……やっと目線を合わせてくれた。
観念したように、ルクスルが長く息を吐く。
「……困らせたのは、私」
「そんなことは……」
「トテをいっぱい傷つけた。嫌がってたのに……、泣いてたのに……」
……いつのことだろう?
門を壊してしまった時のことかな? でも私もルクスルを攻撃しちゃったし、お互い様なんじゃないかな。
「だから、トテを無理やり押し倒したりはもうしないって決めた。ただいつまでも一緒にいられればそれでいいから、嫌われたくはないから……」
「…………」
これからは寝不足になることも、何故か服を脱がされて目覚めることも無いらしい……。みんなに何かあったんじゃないかって勘繰られることも無くなるし、ただの仲の良い姉妹のように見てもらえる。
ルクスルの心変わりが嬉しいことなのか、私にはすぐに決められない。私のことを考えてくれた結果なのだとしても、私と相談もせずに決められたことにいたずら心が湧いてくる。
「……私のことが嫌いになったわけじゃないんですよね?」
「トテのことは大好きだよ。でも、もうちょっとゆっくりの方が良かったかなって……?」
……ふーん。
ルクスルの身体を抱きしめていた指を動かす。
「トテ!? やっぱり……!?」
不意の感触に戸惑うルクスルが、信じられないものを見る目で私の手を抑え込もうとする。
「……大切に想ってくれていることは、とてもありがたいんですけど、私もずっと独りで……寂しかったんですよ?」
「――――トテが、……発情してるーー!?」
……私のこの気持ちに、変な名前を付けないでほしい。




