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辺境の地に大豪邸を  作者: ひろにい
33/82

33 逃亡

 助けて、なんて言えなかった。

 

 みんな家の中に隠れて、出てきてはくれなかったから。


 騒々しく走る私の足音が響いてしまっても、怒りながら追いかけてくる人たちに許してって弁解の言葉を叫んでも、町は私に興味が無いかのように静まりかえっていた。


 追いかけてくるみんなの顔が怖かったから、暴れて(わめ)いて逃げ出して……。



 いつの間にか王都が私の後ろにあって、城門が崩れてしまっていることで、自分が何をしてしまったのかがわかった。



 ――――夢だった。



 門は崩れてなんかいなかった。


「……あ」


 人が通り抜けられるくらいの穴しか空いてなかった。


「――――トテ!!」


 大切な人の叫び声が遠くから聞こえて……。


 自分がどこにいるか、何をしてしまったのかがわかった。


 町の人たちが自分たちの居場所が壊れされたことに悲しんでいる声を、私は門の外から他人事のように聞いていた。

 やりたくてやったわけじゃないと言い訳をしても、この惨状を引き起こした私を信じるつもりは無いと、空けた穴から亀裂が走り崩れ出した門が、私がまだ許されるかもしれないという希望を捨てさせた。


 その光景を遠くから眺める私には、もうしないなんて言葉を使うことはできない。


 ――――私は、きっと、またやってしまう。

 ごめん、で……私がしてしまったことが許されるわけがない。


 町に帰ろうとした足を引っ込める。


 すぐに私の噂は広がってしまう。私がここにいるって知られて、また逃げ続ける日々が始まる。遠くから聞こえてくる悲鳴が、私を許すつもりは無いと、絶対に報いを受けてもらうと私の心に絡みついてくる。


「……ルクスル」


 大切な人の名前を呼ぶ。

 

 もしかしたら、もう二度と呼ぶことはなくなるかもしれない。


 見晴らしが良い街道だと、ルクスルは傷ついた身体でもきっといつまでも追いかけてくる。町からは見えないような、森の中に逃げ込むことにした。


 胸がひどく熱いのに、手は冷たく痺れる。陽が落ちたらさらに気温は下がる。夜の寒さを乗り切れるような服装では無いので、歩き続けないと寒くてこの身体は動けなくなってしまうかもしれない。

 

 今のうちに歩いておかないとと考えるけど、進む理由を思い出さないと、足が前に進むわけがない。


「ルクスルに、迷惑をかけたくないから……」


 いつもは語りかけてくる森の木々が、その根を太くして私の歩く早さを遅くする。高く茂る草が私の視界を奪って、これから自分はどこに行けばいいのかもわからなくする。

 

「ルクスルーーー!!」


 未だに往生際が悪く叫び出す私を、世界は殺したいかのように牙を剥く。

 

「やだ! もう、やだ!! ルクスル――!!」


 心が折れて、大事な人のところへ戻りたい気持ちが溢れた。


 町の人に謝って、家も直して、ごめんなさいって言えばよかった。


 それで許されなくても、私はルクスルの傍にいれればそれで良かったのだ。


 私の自業自得だ。

 ルクスルの約束をやぶって、大きな力を使った。


「ごめん」


 呟く。


 ――――それでも、悲鳴が。


 耳に残って。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 消えない。


 叫び声が……。

 

 崩れていく門が。


「あああああああ!」


 私は、また、全部捨てて、逃げ出す。

 もう、戻れないところまで来ていることに、私はようやく気付かされた。





 私の口から泣き声が途切れることはなかった。そのせいで、声に釣られて寄って来る獣の気配を感じることもできずに、私はルクスルに会いたい一心でトボトボと歩き続けた。


 森の獣が私の視界をわざと横切るように姿を現しはじめて、ぶつからないようにとしか考えられずに進んでいくと、一匹の狼が私の目の前にのっそりと出て来た。


 ――――背中に衝撃。


 息を吐き出される勢いで押し倒された私は、ようやく自分がとても危険なところを独りで歩いているのかを思い出した。


「ギャウ!!」

「っ!? 痛い! やめて!?」


 狼の牙が自分の腕に食い込んで振り回される。

 冷えた自分の身体が狼の呼気と自分から流れ出す血の温かさに危機感を覚え、暴れて抜け出そうとするけど後ろから余裕で押さえつけてくる強さで死を感じた。


 狼の牙がゆっくりと私の首元に近づいてきて、止めを刺そうとしているのがわかった。その時に狼の血走った眼と合い、どこかでその眼と向き合って戦おうとした記憶が蘇る。


 ……何かが近づいてくるような音がすぐ傍でする。


 樹がいくつも倒れて、私の悲鳴しかしなかった静寂の森で、何か大きな物が森をかき分けて出てくるような音を……私が起こさせた。


 目の前に倒れこんでくる大きな樹を細かく刻み、辺りに散らばらせる。


 雨のように木片が舞い散る森に恐怖してくれて、狼が私から離れて慌てて逃げ去る。


「うゎー!」


 助かったことに安堵してまた泣き出す私は、そこからしばらく動けずにいた。





 夜の森が危険だと思い出して、傷ついた身体も休めるために家を作った。

 震える身体を両手で抱きしめて、家の隅で丸くなる。


 ぐずりながら気持ちを落ち着かせていると、いつの間にか眠ってしまったようで、小さな窓から朝日が差し込んでくるのを独りで見ている状況に改めて絶望した。


 そろそろと家から抜け出し、また歩き出す。


 どの方向から歩いて来たのかはもうわからないけど、森を抜けたらルクスルがいる町へどうにかして戻って、勝手にいなくなったことを謝ろうと決めていた。


 痛む腕を押さえながら、獣に会わないように今度は隠れながら進む。それでも鼻をひくつかせながら近づいてくる獣の足音に怯えながら、振り返ってくれないことに祈りながら逃げた。


「うわーん!」


 背後から突進してくる音に、声を潜めるのを諦めて叫ぶ。


 巨木が後ろに倒れるように切り倒しながら、獣が追って来れないことを願いながら、私が通った森を破壊していく。


「(無理だろ、あれ!? 話が通じるとは思えねえよ!?)」


 ――――今、誰か。


 声が聞こえたような気がして足を止めると、切り倒そうとしていた樹の上から黒い人が降って来た。


 被っていたフードを振り払う姿は、……ルクスルだった。


 ……威圧的な眼を私に向ける顔は、怒っているようだ。


「ルク……」


 会いたかった人が何故か目の前にいる戸惑いで手を伸ばしかけたけど、その指のすぐ脇を投げられたナイフが通り抜け慌てて引っ込める。


「――――ひっ!?」


 ナイフが地面に突き刺さる音に驚き、陥没したような地面を振り返って視線を外してしまった時に、私の周りの樹が一斉に倒れだす。

 衝撃で巻き起こった土埃が晴れると、いつもはにこにこ笑ってくれていたルクスルが、私に本気の殺気を飛ばしている姿が見えてきた。

 それでも近づきたいと足に力を入れようとしたら、私の動きにルクスルは強く反応した。身体の向きに先回りしようとするように、私との立ち位置を少しづつ変える。


 ルクスルの行動にわけもわからず後ずさる私の背中が倒れている樹に触れた。何故か樹に亀裂が入り出し、妙なことはするなと言わんばかりにルクスルが距離を詰めてくる。


 ……これは、もしかして、私の殺害依頼でも受けてしまったのかもと思いたくなるけど、それでもここまで追いかけてきてくれたのだと、覚悟を決めてルクスルに向けて走りだした。

 

 私にまた反撃されると思ってルクスルが身構えているけど、せっかく会えたのに無表情で武器を振るうルクスルに文句の一つでも言いたくなるけど……悪いのは私だ。


 ――――謝ろう。


 抱きついて、寂しかったって言って許してもらおう。


「――――でゆぅっ!?」


 頭からルクスルのお腹に突っ込んだ。


 両足で踏ん張って私の身体を受け止めてくれたルクスルから変な声がしたけど、久しぶりに触れた体温が嬉しくて抱きつく腕の力を強める。

 至近距離でルクスルの怖い顔を見上げた時には、大切な人ともう一度出会えた嬉しさから、自分の瞳から溢れる大粒の涙を止めることも出来ずに泣きじゃくる。

 言葉も出せずにしゃくりあげる私が離れる気が無いことがわかってくれて、ルクスルが身体の力を抜いてくれる。気を張って固くなっていた筋肉が柔らかくなって、いつものルクスルの抱き心地になった。


 それに安心して更に腕の力を込める私に抗うことなく、ルクスルは私を受け入れてくれた。


「……ごめ、なさい」


 町を壊したことではなく、ルクスルから離れてしまったことに。


「もう、会えないかと思っ、た……」


 自分から逃げ出したのに、未練だらけのこの気持ちを伝えたことでルクスルが膝から崩れ落ちた。

 それでも倒れこむ身体から手を離そうとしなかった私の行動に満足してくれたようで、ルクスルが殺気を引っ込めてようやく笑顔を見せてくれた。


「寂しかった、……寒かった、痛かった。……勝手にいなくなって、ごめんなさい」


 ルクスルを押し倒しているような恰好になってしまっているけど、そんなことには構わずに自分の顔をルクスルのお腹の辺りに強くこすりつける。


「ようやく追いついた……。もう離れちゃダメだからね?」


 私のせいで汚れていく服を気にすることなく、涙を優しく拭いてくれるルクスルの指が、じんわりと私の頬を温めてくれる。

 

 お互いが嗚咽交じりに泣き出したことで、どれだけ心配させてしまったのか、私が何をしてしまったのかが……ようやくわかった。

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