32 喪失
満足に歩くことも出来ない私を見かねて、他の団員が手を貸すと言ってくれたが断った。いつも避けているのに、こんな時だけ好意に甘えてしまうのは都合が良すぎるし、トテにも悪いと思ったから……。
自分が望んで選んだ結果だけど、独りになってしまったことで、どれだけ寂しい道を歩んでいくつもりなのか思い知らされる。
本気を出せば誰よりも強いからなんて、普段から強い人たちを私は今まで散々見下してきた。
自分が女性であることを意識させなくなったと、勘違いしていたのはいつからだろう……? 殺気を周囲に振りまいて、守られるのは性に合わないなんて、……独りでできると孤立しようとしていたのは?
逃げていただけ、なのかな……。
他人と深く繋がるのが怖かった。本当は何もできない私を知られたら、幻滅されて距離感を一方的に変えられることに怯えていた……。
それなのに、やっと見つけた大切な人に手を伸ばせなかった自分は、好きだと言っても許してもらえるの?
這う這うの体でいつもの広場になんとかたどり着くと、領主がみんなへの指示を叫んでいるのが視界に入って来た。
こんなことになった状況を伝えない訳にもいかないが、事実をありのまま話したくはない。トテが私から逃げたことを、知られたくはない。
茫然と突っ立ってる私に気づいて領主が近づいてくる。視線は当然、私の後ろへ。誰も隠れてはいないことに気づいて、青筋を立てながら睨んでくるその顔に私は怯えた。
「……報告は聞いている。追い続けろと言ったはずだが?」
領主にとって、トテは最優先で心配される人物。誰も私の身を案じてくれないのは、トテをみんなから遠ざけて、自分のだと主張した傲慢な考えの結果だとわかっている。
私だけでも護れると強がったせいで失った温もりを、誰にも助けてと言えない寂しさを、これでも頑張ったはずだと自分に言い聞かせた弱さを、わかってもらえるはずがなかった。
「――――領主がルクスルを泣かせたー!?」
「泣くところを初めて拝めた!?」
「俺、ルクスルは女をやめたと思ってた!」
子供をはやし立てるような言葉が飛び交う。爆発した感情が警報を鳴らして、みんなに私が人前で決して見せたことがない姿を晒していると教えてくれている。
「……まったく!」
領主が動き出した気配に嫌な物を感じて、後方に大きく距離を取る。誰にもぶつからなかったのは幸いだったが、領主が何をしようとしたか理解して殺気をばらまいたせいで、周りにいた何人かが腰を抜かして座り込む。
少し離れたところで、領主が腕を大きく広げて立ち尽くしていた。行き先を失った腕に安堵してくれたと思ったが、手をゆっくりと下ろすその顔は、何故か赤く染まっていた。
「……そんなに元気なら、もう大丈夫そうだな?」
「無理して動いたから、身体中がすっごく痛い。……あんたのせいだからね」
強気に返したと思った言葉はかすれていた。
周りではにやにやと男どもが笑っている。
……殴れば、記憶ぐらい飛ぶかな?
「全員退避ー!!」
領主の掛け声で、男どもが逃げ出した。
地理尻になって慌てて仕事に戻りだす姿に、昔はみんなで楽しくやっていた記憶が私にもあったことを思い出す。バカなことばかりやって、仲間と思えてた団員と笑い合ってた日々を懐かしく思う。
私にもそんな時期があったって、トテに話してあげたい。
……その代わりに、トテの子供のころはどうやって過ごしてきたとか、……もしかしたら辛いこともあったかもしれないけど、そんな昔のことも聞いてあげなくちゃいけないと思った。
王都から逃げて来たと言っていた。
追いかけられて、人が怖いと泣いていた。
出会えたことが嬉しくて、トテには嫌な思いはさせたくないと、その話題は避けて来た。
でも、そんな話でも、大変だったんだねって笑って聞いてあげたい。隣でずっと、過去の辛い思いでも吹き飛ばすような日々を、一緒に笑って歩きたい。
「……ありがとね」
何も無かったと思ってた日々を、実は楽しかったと思い出してくれたみんなに、恥ずかしくて感謝の言葉なんて大きな声で言えないけど……。
一斉に私を振り返るみんなが、その視線が、……優しくて。
「――――行ってきます!」
格好良くみんなにさよなら宣言が出来たと思ったけど、領主のせいで更に身体は重くなってしまって、足を引きずるようになんとか屋敷に帰って来た。
町の建物の修理に狼退治と、屋敷の中は人が出払ってて空っぽのはずだ。もしかして今朝作ったばかりの柵が開かなくて、この身体でよじ登らなければいけないかもと思ったが、幸いにも門は押したら開いた。
……誰か残っているのかも?
「……戻ったか」
首領だ。
トテがいなくなってしまった話は届いているはずだ。……町の南側が一時無くなった件についても、そのせいでトテがこの町にいることが広まってしまうことも……。
トテはこの町にいられなくなる。
追われている身のトテを、みんなに迷惑をかけてまで匿うことなど、出来るはずも無い。
だから、私はこの盗賊団を抜ける。
……トテを追いかけるために。
その許しを、今から貰う。
「……なんだ、まだ取り乱してると思っていたが?」
「おかげさまでね」
「お前、広場の真ん中で泣いたんだってな?」
「――――それは!? 今は関係ないでしょう!?」
最初に言うのがその話!?
トテのこれからの処遇とか、もっと大事なことがあるでしょう!?
「ルクスルに無理やり迫られたトテが町を壊しながら逃げて、振られたお前が泣いて帰って来たって聞いたぞ?」
「……誤報だよ」
誰だよ、そんなデマを伝えた奴は!?
「だが、トテに振られたのは事実だろ?」
「違う! トテも私のことは大好きですー!!」
「……だったら、迷子だとしたら、……探しに行ってやらなきゃなあ?」
「言われなくても!」
トテだってきっと私が探しに来るのを待っているはずだ。ちょっと混乱しちゃって、自分を見失ってしまっただけ……。
会ったらすぐにわかる。
ごめんなさいって言って、抱きついてきてくれる!
「……今のお前じゃ、満足に探しにも行けそうもないがな」
「わかってる、自分が足手まといになることは」
本当は今すぐにでも飛び出したいけど、屋敷に戻って来るのにも大変だったのに、これ以上動くのはさすがマズイ。
それに、頭も冷えている。追いかけてもここへ戻って来れないんじゃ、……外で生きていくために色々準備する物がある。
「……明日の朝、ここを出て行きます」
私の覚悟を言葉にする。
前回は勝手にいなくなったからね。
「そうか、寂しくなるな。……ルクスルが団員を辞めたらトテもまた泣くだろうなぁ?」
「トテも連れて行きます」
「は? ルクスルは構わねえが、トテが抜けるのは許さねえぞ? トテは俺がここに連れてきたんだ。……ちゃんと一緒に帰ってこい」
屋敷の自室の空気が薄い気がする。
部屋に踏み入れた足の音がやけに響くし、扉が閉まるまでが長く感じる。
息をするのを戸惑うような、こんなところで過ごしていたのかと、いつもとの違いに愕然とする。
休息を求めた身体が無意識にベッドに腰を下ろす。軋む音さえ許さないと堅固に作ってくれたトテの温もりがまだ残っているはずはない。
もしかしたらこの部屋に逃げ込んで隠れているかもと、少し期待してしまった自分を呪う。
「――――あ」
大切な人の持ち物しかないこの部屋で、寂しすぎるこの部屋で、独りで夜を明かさないとならない。
「あぁぁ」
喉から抜けた息が――――。
「うあああああああ!!」
……泣き声に変わるのに、そう時間はかからなかった。
独りで怖がっていないか、寒い夜の中で震えていないか……。
想うのは、いなくなった大切な人のことばかり……。
「――――トテ」
ただ、……会いたい。




