31 暴走
町の平和を脅かしてしまった主人公の扱いに悩みました。
「おれはエー〇の命が大事だ!!!」
「トテ! 何してるの!?」
先に手を出すところだった私に言えないが、この光景を見てしまったら正気にもなる。
周りには家があった形跡が無くなり、木材ではなくてガラクタばかりが転がっている。良く見ると家財道具とかみたいだ、これは壊せないのか?
元が家だった木材はどうやら門に付け足されたみたいで、私の背後には入口も窓も無い城のような何だかよくわからない建造物が組みあがっていた。
「だって、……敵なんですよね? この人たち」
「それにしたってやり過ぎだよ!? 町が無くなったなんて知られたら……領主に怒られるよ!?」
いいや、違う。
そういうことではなくて……。
「町の人たちが可哀そうでしょ!? 住む家が無くなったんだよ!?」
「悪い人たちなんだから当然ですよ」
拗ねたように私から目を背けながら答えるトテはすっごく怒っている。
信じてたのに、裏切られたとでも思ったの?
焚火をしていた人たちからして怪しかったでしょ!? 町中も酷かったし、見たことも無い人を信じちゃいけません!
彼らもこんなお返しされるとは思わなかっただろうけど、私もトテがこんなに怒りだすとは思っていなかった。
「トテ、ごめんなさいして!?」
「……何で子供に言い聞かせるような口調で言うんですか?」
「トテが駄々をこねてるからでしょ!?」
私たちの言い争いを町の人たちは遠巻きに見ていた。町をこんなにする人に近寄りたくなんかないとは思うけど、そっちからも謝ってもらわないとトテの気持ちは収まりそうにない。
及び腰になっている町の人をなんとか会話に参加させようと視線を送ろうとした時に、遠くでうごめくそれに私はようやく気付く。
家が無くなって見晴らしが良くなってしまったせいで、道に迷っていたのか隠れていたのかわからないが、狼が遠くで所在なさげにうろついている。
「――――狼!? 逃げろ!」
「何処へ!?」
町の人たちが逃げようとするが、隠れられる場所が無い。
「トテ! 家を急いで作り直して!?」
「……嫌です」
断られてしまったが、なんとかなだめすかしてトテの機嫌を直さないと怪我人が大勢出る。
「自分たちには粗末な壁なんか作って身を守って、……それなのに無くなったら怪我したくないなんて、それなら最初からしなきゃ良かったのに……。狼を町に入れたらどういうことになるか、知らなかったわけでもないですよね?」
トテが珍しく辛辣な言葉を吐いている。
私もその意見には同意するけど、トテには悪い子にはなって欲しくない。
ここでこの人たちを見捨てたらきっと後悔する……。
人が死んでしまったことによる後悔ではなくて、トテにちゃんと物事を教えなかったことによる後悔だ。知り合いなら助けて、悪い人は助けないなんて、そんな線引きで人の生き死にを考えて欲しくはない。
「トテ、この人たちを助けるよ」
「ルクスル、どうしてですか? 町に狼が入って来たのはこの人たちの責任なのに……。うちの団員だって、無傷ってわけにもいかないのに!?」
「それでも! 助けないと、駄目!」
さっきまで自分も一人殺そうと思っていたし、私も自分の手が綺麗だとは思っていない。こんな自分以外の誰かが傷つきそうな場面は今までも散々見てきて、……私には無関係だからって、ただ眺めていたこともある。
「トテの教育上、良くないから!」
……それでも、今はトテが目の前にいる。
「ルクスルは私の先生とかではないはずですけど……?」
「ほら、人生の先輩だから?」
「そんなに歳は変わらないって言ってましたよね?」
……ごちゃごちゃうるさい。
「悪い人でも、見捨てるのは悪いことなんです!」
私の言葉でようやくトテが渋々といった具合に動いてくれた。面倒くさそうに、無駄に大きく建ててしまった門の木材を撫でている。
「……この木材はどこのでしたっけ? ここ? ……違うんですか? こいつの知り合いはいませんか?」
木材と話をしているようにつぶやいているトテは傍から見たら異常だ。使う木材を選んでからはいつもの早さで、寸法は狂うことなく家が次々と建てられ町が再現されていく。
「早く、家の中に!」
私の叫び声で町の人たちが家に逃げ込む。……狼と戦わなかったってことはそういうことだろう。危うく、犠牲者が出るところだった。
「――――おい! 何があった!?」
声がした方を見ると団員のデジーが走って来るのが見えた。
たぶん、狼を殲滅しながらここまで来たのだろう、そうすると後はここの周辺にいる狼たちで最後ということになる。
「町が一瞬見えなくなったような気がしたが、どういうことだ!?」
「……狼が壊してました」
「そんなことできる奴がいるわけねえだろ!?」
狼たちは追い立てられて逃げてきたみたいで、怪我していたり、身体が小さめだったりして弱そうだった。もっと大きいのがいたら、そいつのせいにできたのに……。
「私が解体したんです。この町の人たちのせいで今回の騒動が起きたようなので」
「――――は? トテはそんなことも出来たのか? 家を建てられるだけじゃないのか……?」
町を丸ごと解体した。
この情報が知られたら、それを行ったことを首領に伝えられたら……怒られる。
……でも、一度トテはちゃんと怒られた方がいい。
やっちゃいけないことを教えるのは、子供には必要なことだ。そしてそれを分からせるのは、一緒に住んでいる私たちの役目だから。
「トテ、悪いことをした自覚はある?」
「本当に悪いのは、ここの人たちなのに……」
「それをトテが判断するな。そんな面倒なことを丸投げされるために領主がいるんだぞ」
集まってきた他の団員が狼を倒していく。ようやく事態は終息しそうだ。
「……それじゃあ、屋敷に帰るか。トテ、怒られるのが嫌だからって逃げるんじゃねえぞ? ……ルクスルがしっかり捕まえておけよ?」
「――――え」
「トテ、一緒に怒られてあげるから?」
動揺しているような声に振り返ると、トテが青い顔をしていた。
「……どうしたの、トテ!?」
「捕まるのは、嫌……」
どこか遠いところを見ているトテは、倒れてしまいそうに身体がふらついている。
「――――いやああああぁぁ!!」
「トテ!?」
絶叫!?
トテ、どうしたの!?
「何だ!?」
――――建て直した家が崩れていく。
「トテ、落ち着け!?」
デジーが近づこうとするが、その伸ばした手も、声も、いきなり半狂乱になってしまったように叫び続けているトテには届いていない。手を振るたびに崩れ出す町も、今のトテには見えていない。
「……仕方ない、トテを抑えつけて! どこかに身体をぶつけたりしたら怪我しちゃう!」
私の提案にデジーの雰囲気が変わったことに気づいて、トテが顔を痙攣らせながら後退する。
今にも走り出しそうなトテを、閉じた門へ追い込むように動き出すデジ一の前に小さな木材で出来た小さな箱が転がった。
「何だこれ?」
「トテ、大人しくして!?」
私の声も聞いてもらえずに、トテがいくつも箱を作り出す。こんな物、少し歩きにくくなるだけだと一瞬考えた間に、目の前が暗く……?
「あああぁぁ!!」
トテが作った箱に閉じ込められたと理解できたのは、悲鳴がくぐもって聞こえたから――――。
「――――ッ!? トテ!?」
懐から刃物を取り出して目の前にあるだろう壁に突き刺す。肩に痛みが走るが、トテの声が遠くなっていくのを感じて、刃を握る手に力を込める。
私が通り抜けるような穴を空けた時には、トテの姿はどこにも無かった。
「……出られねえ!?」
役立たずのデジーは無視した、閉じた門に……再び大きな穴を空けられているのが見えたから。
「まさか、町の外に……!?」
……門から出て行ったように見せかけて、まだ町の中に隠れているはず。……そう思って周辺を探し出そうとした時、遠くで何かが大量に倒れる音がした。
本当に外に出ている!?
急いで追いかけようとして、身体中が悲鳴を上げていることに気づいた。
「――――ルクスル、待て!」
それでも走り出そうとしたが、強く私の肩を掴む感触で膝の力が抜けた。痛みで倒れこみそうになる私の身体は、デジーの片手で優しく抱き留められてしまう。
「俺が追いかける!」
しばらく出番が無くなる予定なので、百合には禁じ手の野郎を活躍させておきます。




