30 解体
狼がどこから町の中に入って来ているのかが分かれば今後の対策を練れるので、当初の予定通り町の南側の中心街へ向かうことにした。
「ルクスルのことは私が護ってみせますので安心してください!」
トテが満面の笑みで張り切っているが、私はトテに背中を任せるつもりは無い。自分も戦えると強情に言い張るトテに負けて、このままじゃ進むこともできないので渋々話を合わせることにしただけだ。
「トテは頑固だったのか……」
「聞こえてますよ」
トテの以外な一面を知れたけど、もっと安全な時に理解してあげたかった。
「……トテ、あまり前を走らない」
先行しすぎるトテを何度も引き留める。守ることに意識がいってしまって、遅れがちな私との距離が離れていることに気づいていない。
トテが戦いなれているはずも無く、お互いがどういう役割で動くのか話し合ったことも、話合う時間があるはずも無い。
「前に出ないと護れないんですけど……」
「トテと離れたくないから、そばにいて?」
「……しょうがないですねー」
私の手の届く範囲にいてくれるように頼むことで、トテの走る速度を緩めさせるが、後ろで大人しくしててほしいという気持ちは変わっていない。だけど、走るトテに追いつけない私は言葉でしか止める方法が見つからなかった。
「狼が走ってくる音はしませんね?」
ずっと2人で言い争っていたけど、声に釣られて狼が姿を現したということはない。油断はできないけど、木材で壁を作ってこの道には狼が通らないようにしているのかも。
恐らくだけど、それはここが住宅街だから。
狼たちをどういう理由で走らせているのはわからないけど、さすがに自分たちの家が傷つくのは嫌らしい。
「……南側って、どういう人たちが住んでるんですか?」
「簡単に言うと、知らない。トテも今日初めて来るでしょ? 私たちがいつもいる北側で大体の用事は事足りるし、……こっちの人たちとは接点が無いんだよ」
会う理由が無ければ来ることも無い。道は繋がってはいるが、わざわざ他の町へ行く人もそうはいない。それぞれの町の人たちが、独自のやり方で、他の町とは関わること無く暮らしている。
それを束ねて治めているのがあの領主だ。
……領主の屋敷は北側にある。
まさか領主が私たちの町ばかりにかまけているから、狼を仕向けたなんてことをするはずもないし……。
「でも、南側の人たちに今から何でこんなことが起きているか聞きに行くので、知り合ういい機会ですね?」
「トテは優しいね。家に木材を打ち付けているのに、家の中には人が普通にいるみたいだよ?」
家から出れないようにされてるのに外さないってことは、外が危険になるってわかっているってこと……。町の人たちも、間接的ではあるがこの騒動に協力してしまっている。
「もしかして、町の偉い人に命令されて仕方なく……」
「一番偉いとなると領主だね。さっきまで町の修理に忙しかったから、その腹いせに私たちを走らせるなんていい度胸だよね? ……南側の連中には、もう殺意しかわかないよ」
トテに南側の連中の悪意を教えていると、南側の中心街にようやく着いた。商品に傷がつかないためなのか、固めの木材で店を囲っているのが見える。
「ここもか……」
中心街まで木材で塞いでいるとなると、町全体が私たちの敵ということになる。街中の狼を殲滅できた報せが来たら、早めに屋敷に戻った方が良さそうだ。
「ルクスル! 門番さんが!?」
トテの驚いた声で、ここにある南の門を見る。門番は領主に指名されて任されるし、町を守るという責任重大な仕事だ。私たちがこの騒動を何とかしたいと伝えれば、もしかしたら協力してくれるかも。
「門番さんが、……いません!」
……どうりで狼が町中を駆け回っているはずだよ。怪しい奴を止める人も、監視している人もいないんじゃ誰でも通り放題だ。
さすがにうちの北の門番でも、めんどくさいから帰るなんてことをするはずがない。
「……狼が町中に入ってきちゃったから、誰かに手伝ってもらおうとお願いして回ってるんですよね?」
「トテ、あきらめて。……この町の人はもう敵だよ」
「……でも、もしかしたら……」
「門番が無断で門を離れるのは重罪だ。だから2人以上で門を守ってるの、何か用事が出来た時にもう1人が対処できるように。町も壁だらけでこんなんだし、しかも……それを止めようとしてる人もいない」
町を大きくすることに気を取られて、ここにどんな人が住んでいるのかを領主が把握してなかった結果がこれだ。……どうせ前回の狼騒動も、ここの門番に異常は無かったとか言われて鵜呑みにしてしまったのだろう。
「ああ、そうだ。トテ、この門 閉じられる?」
私たちの屋敷に戻りたいけど、このまま開いたままの門を放置していたら狼がどんどん入って来る。そのうちここの門番も帰って来ると思うけど、それまで待っているつもりはない。
「……この町の人を助けるんですね?」
「正直ここがどうなろうと、どうでもいいんだけどね。私たちの町の方に被害をこれ以上出したくないから……」
「……被害?」
「戦えないお肉屋さんのおばさんとかが怪我したら嫌でしょ?」
盗賊団員だけが住んでいるわけではないけど、こんな辺境に住んでいるので、それなりにみんな戦えはする。それでも、家の修理中で戦う準備も無しに、いきなり町中で狼に襲われたら怪我だけで済むはずも無い。
「……門を、直します」
「お願いね。……あ、そうだ。嫌がらせに、この壁にしてる木材を使おうよ」
私の提案を聞いて、トテが小さなナイフを取り出す。木材はしっかりと釘で打ち込まれて作られているようなので、ナイフじゃ釘は抜けないだろうと思ったけど、トテは釘を避けて木材だけを切り外してしまった。釘の部分だけが家に打ち込まれているのを見ていると、こういうデザインの家なのかなと思えてくる。
「……なんか、大きくない?」
門は木材で塞がれただけではなく、高さが更に水増しされていた。土台も補強したようで、自重で倒れるようなことも無さそうだ。
周りを見渡すと門を直すのにかなりの木材を使ったようで、壁が取り払われて普段の街並みに戻っていた。
「……おい! 何だよ、これ!?」
叫び声の出所を探すと、壁が無くなったことに気づいたのか、家から人がぞくぞくと出てきていた。
「いきなり暗くなったと思ったら、こんなのがあったら家の中に陽の光が入って来ねえじゃねえか!?」
そんなことはどうでもいい。やっと会えたこの町の住人だ、言いたいことが山ほどある。
「……この町の人ですか?」
「そうだよ! 早くこんな壁壊せ! ……って、家を守ってた壁も無くなってるじゃねえか!? どうすんだよ、狼どもが家に入ってきちまうだろうが!?」
……狼が外にいるって知ってる。
自分たちが何をしたのかわかっているのか?
こんな大騒動にまでして、覚悟はできてるんだよね?
この人だけが悪いわけでは無いことはわかっている。
それでも、我慢はできない。
またこんなことを起こさせるわけにもいかない。
あなたが見せしめだ。
……シネ。
「――――陽の光が入って来てない家なんてありませんよ?」
静かな、トテの声。
「……そんな家なんて、なかったんです」
家が、……跡形も無い。
トテが解体した?
「なんで!? ……まさか、お前が何かしたのか!?」
「だって……いらないじゃないですか、こんな町」
見渡す限りの更地。
さすがにやり過ぎだ、トテ!?
「狼が町に入って来たって聞いて、私すごく怖かったんです。……それがここの人たちのせいだってわかっちゃった気持ち、わかりますか?」




