3 来客
朝、目が覚めると真っ暗だった。
「……ルクスル?」
控えめに名前を呼ぶ。
身体の疲れは取れてるようだし、眠気もない。今日はやることが一杯だ。暗い中、手探りで出口を探す。……やることに、窓を付けるを加えた。
「……トテ?」
出口の板を外す。陽はとっくに昇っていた。
「……だって真っ暗だったんだもん。いい感じに暗くて、落ち着くというか……ほら、暗殺者だから!」
それは寝坊の言い訳にはならないと思う。
出口から恐る恐る顔を出すが、獣の姿は無い。外に出て陽の光を浴びた。暑くなりそう。
「まずはご飯かな。昨日の狼の肉があるから。でもこれで食べ終わります、捕ってこないとね。……もう狼には囲まれてるから、そんな心配はないけど」
「そうなの!?」
全然わからない。私は家に隠れてた方がいいかな。
「それでね。私はご飯とか、水とか、まだまだ取りにいかないといけないんだけど、トテをここには置いては行けない」
……ついて行きたい。
「でもトテには他にやって欲しいことがたくさんあります。まずご飯を食べたら柵作りかな。自分たちの家なのに、危険なのは嫌でしょ?」
たしかに震えながら家に居るのは嫌だ。
ご飯を食べてからさっそく柵を作り始める。家の周りの樹を切って整地する。柵用の木材が大量に必要なので余らせても問題はない。釘もロープも無いので、木材だけで組み合わせて作る必要がある。さすがに、細かい細工をするならすぐには作れない。
柵だけでは飛び越えられる獣もいるかもしれないので、バックパックから小さなスコップを取り出して堀を作った。これで家には近づけないはずだ。
「何それ!? 魔法か何か!?」
普通に掘ってるだけだよ。とりあえず、これで家の中は安全かな。
「柵を頑張りすぎて私が外に行けないんですけど」
……渡し橋が必要だね。
ルクスルを見送ってから、家の加工を始める。
その前に、水を汲んできてくれるなら、それを貯める物が必要だ。桶一杯分じゃ足りなくなるだろうし。大きな物が必要なので、樹をくり貫くのではなく、組み上げる必要がある。飲み水にもなるので、野ざらしにできない。ちゃんと蓋は作った。
肉をしまっておく倉庫を家の隣に建てる。地下に作りたかったが、石もないし、二人分なので食料もあふれることはないと思うけど。
それから、改めて家の改築を始めた。
柵を作ったので、獣の侵入は無いよね。金属がないので蝶番は作れない。おとなしく、入口は引き戸にした。窓の部分に穴開けて作ってー。
一部屋だけでは寂しいので、もう一部屋ぐらい隣接して作ろうと家を出た時、外に人が居た。
「……はじめまして」
禿頭のおじいさんだ。
別に陸の孤島でもないし、来ようと思えば私たちみたいにここには来れる。それでも挨拶を返せなかったとか、堀を超えて来たのとか考える前に、昨日ぶりに死を感じた。
ぴーーーーー!!
ルクスルからもらった笛だ。
心配だからって渡されていた。ためらいもなく吹いた。
「なんぞ!?」
一瞬でおじいさんは目の前から消えた。眼で追うことは出来なかった。どこに隠れたのかわからないので、家の中にも逃げれない。
――――ルクスル!!
願いは通じたようで、すぐにルクスルは来てくれた。
「トテ!?」
「ルクスル!! 誰か居ました!!」
「誰かって!? こんな所に!?」
「おじいさんでした! 笛を吹いたら消えました!」
私はルクスルにすがりついて泣いた。
一昨日までは一人で生きるって決めたのに、やっぱり、私は弱い。一人は怖い。
「落ち着いて、トテ。……あの堀を越えられる相手なら、ここはまずい。樹が遠いから糸を張れない。トテを護れない。……おじいさんがこんなところまで来て、一人だけってことは無いと思うし」
私の顔がルクスルのお腹に当たる。私を抱きしめながらルクスルは周りを見てる。私もつられそうになるけど、もし、まだおじいさんがこっちを見てたらと思うと顔を上げれない。
「……どうする? その人と話してみるか。……ここから逃げるか。戦うか……」
話す? もし、また来たらルクスルが会ってください。私は無理です。でも、それでルクスルに何かあったら……。会わせたくない。そのためには……。
「……会いたくありません。ここに閉じこもります。掘をさらに深くしに外に出るのも嫌です。……柵を高くします。空に届くくらいに」
「できるの!?」
「……ウソです。でも、もっと高くします。誰も入って来れないように」
籠城作戦。閉じこもる。
私たちも外に出られなくなるが、関係ない。見知らぬ土地で、見知らぬ人がいきなり目の前に居たという恐怖が勝った。
「わかった。それで様子を見てみよう」
やることは決まった。手が届く範囲の樹を切り倒して柵を高くする。家にもう一部屋作るのは中止だ。その分の木材も使う。
家を壊すつもりは無い。これは二人で住むための家だ。
柵を作っていると笛の音で寄って来たのか、狼が堀に落ちてこっちを見ながらうなっていた。ルクスルがナイフを投げて倒したあと、糸を使って回収した。
肉はあるが、水は残り少ない。これでは長く籠城は出来そうにない。
「いるね」
ルクスルが柵に登って遠くを見てる。
「獣じゃないね、人の視線だ。けっこうな人数……」
こんな森の奥でも人は来る。
安住の地なんて無いのかもしれない。
「ルクスル……」
「大丈夫。護ってあげるから」
「うん」
私はルクスルに頼りすぎだ。
あと、私には何ができる?
ぴーーーー!!
笛が鳴った。私でも、ルクスルのでも無い。
相手か?
「ルクスル?」
「……まずい。この音、あいつらだ。……私を追って来た」
「ルク……」
追って来た? ルクスルが捕まったらどうなるの?
ここから居なくなっちゃうの?
「行かないで!?」
「ごめん、行かないと。あいつらじゃこの森は危険すぎる。あっちが持たない。……死んでしまう」
「え?」
「大丈夫、戻ってくるから。いい奴らだから、話せばわかる」
行っちゃうけど、行かないの?
「あと、さすがにこの高さの柵は怖いかな。柵っていうか、……壁?」
仕方無く柵を低くした。切り落とした柵は回収することは出来ずに下に落ちる。落下した音で、周りの樹から鳥が飛び立つ。
柵を低くしたことで、相手にも戦う気は無いとわかってもらえたのか、いきなり目の前に来ることは無く、森の中からぞろぞろと歩いてきた。
二十人くらい。ルクスルと同じ、黒いコートを着ていた。
「ルクスル」
先頭のおじいさんが名前を呼んだ。ルクスルのことを知っているってことは、やはり知り合いなのだろう。
ルクスルは右手に刃物を構えている。左手には私。
「お前が暴走してるんじゃないかって、様子を見に来たんだが……。その子は何だ?」
「……私の子」
「「えええ!?」」
私と相手。両方から声が上がる。
「お前、子供できたのか!?」
「相手は誰です!?」
「俺たちのお嬢が……」
「私、ルクスルの子供になれるの?」
私も含め、驚いている。
「そんなわけだから。私はこの子とここで暮らすから、みんなは帰って」
「……だったら尚更、手ぶらでは帰れん。その子をアジトの皆に会わせてやりたいし、皆お前のことを心配してる。飯も満足に作れないお前が、こんなところでその子を育てていくなんて無理だ」
「ルクスルが作ってくれたご飯はおいしいですよ。焼くだけですけど……」
調味料も無いので仕方ないが、おじいさんたちが来なければ、ルクスルががんばって探してくれたはずだ。柵もあるので命の心配も無い。十分にやっていけるはず。
「小っこいの。名前は?」
「トテ、……です」
「お前さん、ウチに来ないか? 不器用なルクスルがあんな柵作れるわけないし、お前さんだろ? あの建築技術はすごかった」
「いやです!」
ルクスルを連れて行こうとする人たちには、ついて行きたくはない。
「ルクスルは小さなころから、何をさせても駄目でな。建物の補修も、飯も畑も馬の世話も……」
「その話長くなりますよね。家の中で、ゆっくりしませんか?」
「あ、トテが裏切った!」
ルクスルをトテに惚れさせようと考えてたら、トテが先に堕ちました。
泣く子には勝てない。