26 運動不足
「ルクスル、本当に大丈夫なんですか?」
屋敷から出て町へ向かっているが、ルクスルの歩みは遅い。少し歩いただけなのに疲れてしまったみたいで、浅く呼吸する音が少し離れた私の方にも聞こえてきていた。
「町なんてすぐそこだから大丈夫だよ。……トテは、足が速くなったね」
それでも笑おうとしてくれるルクスルを見ていると胸が苦しくなる。離れたくないなんてわがままを言ってしまったのは私だ。
「……しょうがないから、手を繋いであげます」
押しつぶされそうな感情を誤魔化すために、ルクスルの助けになればとこちらから手を伸ばす。私が連れだそうとしなければと、後悔ばかりが押し寄せる。
屋敷に戻ろうかとも考えたけど、今から戻るより、町で休んだ方がいいと思ってルクスルの歩幅に合わせてゆっくり歩く。
「……トテの手はあったかいね」
「ルクスルは……冷たすぎ、です」
いつもと体温が違うことが辛い。
大切な人のちょっとした変化に戸惑って言葉が出づらい。
「……ごめんね」
ルクスルが、謝らないで……。
「……トテを困らせてる。私が、守るって言ったのに……」
――――ズッ、と……。
空気が、重く。
「……ルクスル?」
何か……、嫌、な……?
「私が、トテを泣かしちゃったね……?」
屋敷に侵入者が来た時に、ルクスルと……対峙してしまった時のような?
ルクスルの瞳は遠くを向いている。
私を見てもいないのに、隣にいるだけで、……怖い。
「……ルクスルって、本当は怖いって聞きました」
「えー、誰に? ……あいつか!?」
声色は戻った。
雰囲気もいつもの明るさなのに、私だけが、その演技のような表情に疑問を持ってしまう。
「……本当のルクスルって、どれなんですか?」
あの時の恐怖を思い出して、つい聞いてしまった。
私が知っているルクスルと、みんなの評判は違っていて、私だけが本当のルクスルをわかっていると思っていたのに恐怖がそれを否定する。
……私はルクスルのことを何も知らないんじゃないかって。
「トテの隣にいる時のが、本当の私だよ?」
その答えは、とても嬉しい。……だけど。
「私が知ってるルクスルは、強引に抱きついて来て、実は甘えん坊で、私を一番に助けてくれるかっこいい女の子です」
「それは、……とても嬉しいね」
「でも、……最近、ルクスルが怖いんです」
私の気持ちを隠したくなんかないから、全部 言う。
それでも変わらないって、大好きなんだって伝えるために全力で抱きつく。
「……怖がらせちゃってたか。トテが傷つけられそうになって、少し余裕が無くなってたかもね」
優しい顔で私の頭を撫でてくれるルクスルは、いつもの感じに戻っている。
大好きな人の知らない一面を見てしまって、こんなルクスルは知らないなんて、自分の理想のルクスルを押し付けるつもりは無い。
「いつか、……ルクスルの怖い時の顔も、涼しい顔で睨み返してあげますので待っててください」
「いや、怖かったら言って、落ち込むから」
これでも女の子なんですからねって、わざとらしくうなだれているルクスルの手を引く。立ち止まって話し合えたおかげで少し休憩ができたみたいで、ルクスルはいつもの調子で歩き出してくれる。
「トテは優しいね」
「知らなかったんですか? ルクスルからの背筋が凍るような視線も慣れっこです」
「……そうなの?」
「ひいっ!? これは怖さの種類が違います!? ……食べられそうです!」
怖がってみるが、私の悩みなんて寝不足にならないか心配だ、とか……それくらいだ。
「……最近はトテの身体ともご無沙汰なんだよねー?」
本日の安眠のためにルクスルの舐めるような視線を何とかしたいと、日常の中でも漏れ出している嫌な感じの正体について聞いてみる。
「……ルクスルは何か悩んでいますよね? 空気が変わってしまうのがわかります。……怖いので、私にできることなら、言っちゃってほしいんですけど……」
「トテが足りない」
「……そんなことじゃないですよね?」
「――――トテを、守りたい」
……息が、苦しい。
「それなのに、こんなことで動けなくなるなんてね、自分が情けなくなるよ」
「見てて辛いですので、早く怪我は治しちゃってくださいね」
「……何か、すっごく心配されちゃってるけど、運動不足なだけだからね。寝てばかりだったからなあ。……早くトテを追いかけまわしたいよ」
ルクスルの視線が鋭くなるけど、その雰囲気はいつものじゃれてくる感じだ。こんなことにまで怯えてしまうなんて、苦手意識がついてしまったらしい。
それを振り払いたいけど、そんなことをしてしまったらルクスルに見境が無くなってしまうので、これはこれでいいのだと自分を納得させた。
町の門にようやく着いた。
「……なんか、増えてますね」
入口にいる門番の人数は多くなっていた。狼の侵入もあったし、警戒しているのだろう。向けられる視線を気にしてしまって、カチコチになりながら門をくぐろうとしたら声をかけられてしまった。
「おい! 怪しい奴らめ! 顔を見せろ!」
「ひゃっ! ごめんなさい!」
慌てて帽子を取る。
「なんか、歩き方が不自然だったな。……ルクスル! 靴の中に武器でも隠し持ってるんじゃないのか!?」
「靴には無いけど、服の中に持ってるよ」
ルクスルがコートから刃物をいくつも取り出す。
……なんでそんなに武器を持ち歩いてるんですか!? 体力が落ちてたから、それで重くて歩くのが遅くなったんじゃ?
「……なんか、身体が軽くなった気がする」
ほらぁ!
「……どうする? 一本くらい置いていくか? なんなら屋敷に届けてくるぞ。……暇でしょうがないんだ、走らせろ!」
「ありがとねー。でも何かあると嫌だから持ってるよ」
「……そうか。怪我してんだから無理すんじゃねえぞ」
「気持ちだけもらっておくよ」
「トテ……、こいつ屋敷に縛って置いといてた方が良かったんじゃねえのか?」
いきなり私に話を振られて困惑してしまった。
ルクスルと仲良さそうに話してるってことは、怪しんでは無かったってことで……。
見たこと無い人たちだけど、私たちの名前を知っていたってことはもしかしたら団員なのかもしれないし、愛想良くしておいて損はない。
「ルクスルを一人で置いて行くなんて、できませんでしたから……」
「なんて姉想いの妹さんだ!」
「――――どうよ! トテは優しいでしょ!?」
「……それに付いてくるお前は、どうかと思うぞ」
まあ、私から離れたくないなんて言ったけど、どのみちルクスルは付いてきそうだったし、いつまでも気にすることも無いか……。
「他に何か隠してることは無いか!?」
「暇だから話相手になれよ、おら!」
「異常無しで死にそうだぞ、こら!」」
……無茶なことを言う人たちだ。
「私はトテを眺めるのに忙しいの! トテは建物の修理で忙しいし……」
「ルクスル、暇じゃねえか!? 何しに来たんだよ!?」
「……トテの護衛だよ?」
「ここまで来るのに手を引かれてようやく歩いてただろ!? 完全にお荷物じゃねえか!?」
「――――ッ、そんなことないよね!? トテ!?」
「……えーと」
……返答に困ってしまった。
その間のせいで、今更何を言っても助けにはならなそうだ。
「……確定だな。4人に増えてもやれるゲームって何かないか?」
「ルクスルは置いていきませんよ!?」
せめて、私が見えるところで休んでてほしい。
「トテ、話の流れがマズイ方にいってる!? 早く行こう!」
「……そうですね、逃げましょう。……ルクスル、足、遅いです!」
「やっぱり、邪魔なの!?」
相手を想うのは百合だけど、怪我人を心配するのは普通のことです。
倒れて動けなくなることは無えです。




