25 補修依頼
降り続く雨の音は夜中まで続いた。月の光が雲の隙間から見え隠れするのを、ぼんやりとした意識の中で私は見ていた。
徐々に白く染まっていく部屋が、朝が来たのだと教えてくれる。窓にはまだ水がぽたぽたと落ちているけど、強い太陽の光がすぐに消してくれるはずだ。
動けなくて何もできないから一緒に寝てくださいってお願いしてきたので、昨日はルクスルと抱き合うように眠った。
瞬き一つしていないのに潤んでいた瞳が何かを待っているかのように向けられていたけど、ルクスルの体温で温められた私の身体はしばらくしたら眠りにつけたようだ。
起こさないように注意して、絡められたルクスルの腕の中から抜け出す。
窓からはひんやりとした空気が入ってきていた。このあたりは雪が降ってしまうのだろうか? 怪我をして体力が落ちているルクスルが風邪をひいたりしないように慌てて窓は閉める。
「……おはよう、ルクスル」
いつもは騒がしいルクスルも朝は弱いらしい。おでこに軽くキスをして、動けないルクスルの代わりに朝食を持ってこようと着替えをしようとした時だった……。
「――――トテがキスしてくれたーー!!」
「ルクスル起きてたんですか!?」
「トテが! キスを! してくれたーー!!」
「ルクスル、うるさい!」
恥ずかしさを誤魔化そうと私も大きな声になってしまう。
何で寝たふりなんかしていたのだ。大人しく眠っていると思ったから、まだ本調子では無いんだと心配してたのに……。
「動けないって言ってるのにトテから全然してくれないから、ずっと待ってた甲斐があったよ!」
「……じゃあ、後のことは全部ひとりでできますよね!? 私はご飯食べに行ってきますので!」
「急に動いたから傷が痛いよ。トテ、助けて……?」
いきなり弱気にならないで、自分のせいでしょ!? ……それも演技だろうし、もう信じられないよ。
「……トテ、私が悪いのはわかってる。でも本当に痛かったし、怪我の具合も見たいから、傷口に当ててる布を変えるのを手伝ってほしいんだけど……?」
「……今回だけですからね」
私を守るためについた傷だから無視するわけにもいかなくて、仕方なく手伝うことにした。
押さえている布を取ってから、傷口の周りを清潔な布で軽く拭く。
……全然治っていない。血は出ていないけど、よくわからない液体がにじみ出していてとても痛々しい。薬を新しくぬりなおしてからまた綺麗な布を巻く。
「……無茶しないでって言いましたよね?」
こんなくだらないことで傷口を広げて欲しくは無い。
怪我を早く治すのが最優先だ。頼むから大人しくしててほしい、こんなに心配しているのに何故わかってくれないのか。
「大丈夫、わかったから。大人しくしてればトテからしてくれることがわかったから、……これから私は落ち着いた女の子になるよ」
……そんなことで自分の性格を変えて欲しくは無い。
「ルクスルは普段通りでいいんです!」
怒りながら部屋を出たらルクスルが私の後に着いてくる気配がない。扉をそっと開けると、痛そうに身体が満足に動くかどうか確認しているのが見えた。
朝食は部屋まで持ってきてあげた方がいいようだけど、私の分も運んで一緒にここで食べた方がいいかと考えながら一人で食堂に向かった。
「おう、トテか。……ルクスルはどんな感じだ?」
食堂に入ると、首領がいつものように食べながら聞いてきた。
テーブルは小さいままなので、大き目の物を作った方がいいかもと考えたけど、食事中だし埃も舞ってしまうと思うから後でにした方がいいよね……。
「起きてますよ、傷もだいぶ治りかけてます」
「そうか、だったら今日も仕事は休んで寝てろって伝えておいてくれ」
「わかりました」
「……まあ、そんなことができたらの話だがな」
首領が意味深なことを言ってくる。
私が大人しくさせておくから大丈夫だとは思いたいけど、ルクスルだからなあ。
「……昨日の雨で、雨漏りしている家が何か所かある。トテに手伝いを頼みたいんだが……」
無理だ……。
ルクスルは絶対に付いてくる。
「断ってもいいんだぞ?」
「……ルクスルに聞いてきます。動いても大丈夫かどうか」
「依頼を受けてもいいか……じゃないんだな?」
「私だって、離れたくはないんですよ?」
襲撃事件でルクスルとは少しギクシャクしてしまっているので、改めてお互いの考えを話し合いたい。それに、ルクスルが動けないのをいいことに自分の判断だけで動き回りたくは無い。
「――――トテが!」
え?
「私と離れたくないってーー!?」
……いつから聞いていたのだ。
いないと思っていたから、恥ずかしい言葉も言えたというのに。
「……動いても大丈夫なんですか?」
「トテが先に行っちゃうんだもん。そりゃあ、追いかけるよ!」
「無理はしないでって言ってますよね?」
「トテが離れたくないって言ってくれたから、傷もふさがったよ!」
ルクスルは元気いっぱいだ。
「それなら、ルクスルは仕事しても大丈夫だな。飯を捕ってこい」
首領の無慈悲な言葉。
「あたた、腕の傷が痛む……」
「……無理しないで休んでいた方がいいですよ?」
「――――そんな!?」
ルクスルが私のお留守番宣言に悲観な態度を見せた。
「……で、実際はどんな感じなんですか?」
ご飯が捕れないのは困るけど、ルクスルが歩けるというなら出来ればついて来てもらいたい。無理をさせる気は無いけど、ルクスルも昨日は一日中屋敷の中に居たし、気分転換も必要だと思う。
「うーんとね、腕を上げると痛みがくるけど動くのは問題ない感じ。武器は振れないかな」
「……だ、そうです。おじいさん」
「俺からは無理はするなとしか言えねえな。……ルクスルを心配してんのはトテだけじゃねえってことは覚えとけ」
「トテとお出掛けー♪」
「……私は仕事に行くんですけどね」
ご機嫌なルクスルにあきれながらも、ついてきてもいいと言われたことに私もうれしくなる。まだ痛みはあるようだけど、町の中だし戦うようなことは起きないはずだ。
「じゃあ、仕事の話だ。先の狼の事件もあって、痛んだ家が増えたんでその補修だ。直す家の正確な数は不明だが、町の住人も手伝ってくれるし手の空いている団員もそっちに回す」
数がわからないのは少し困るね。いつまでやればいいのか考えちゃって疲れが出てくるし、終わったことがわかりづらい。
「まあ、無理に今日終わらせようとしなくてもいいんじゃない?」
「そうだな、気長にやってくれて構わない。狼とは関係なく壊れていた家もあるし、この屋敷から手助けしてくれる奴らが来たと知ってもらうだけでもいい」
いきなり建った屋敷に黒いコートを着た人たちが出入りしだして、狼の肉を捕りまくれるくらい戦えるので怖いイメージを持たれてしまっているらしい。
一応、領主の別荘という扱いのことは町の人たちには伝えているけど、町からの距離もあって近づきにくく、何をやっている人たちなのかあまり知られていないようだ。
「昔は穴倉生活だったが、今はこんな立派な屋敷に住んでんだ。実は町が出来た時からのお隣さんだってことをわかってもらいたい」
「……買い物も、盗賊団ってことを隠さないといけなかったんで、こそこそとやってましたもんね」
結成の歴史がけっこう長い盗賊団だったようだ。
「この盗賊団っておじいさんが作ったんですか?」
「そうだな、最初は何人かの集まりで、そっから人数を増やしていったんだ。……人攫いとかしてな」
なんだか、やばい話になりそうだ。
「その時に私も拾われたんだよ?」
団員を増やすのは必要なことだね。
「盗賊団の団員も募集をしているし、あとは町への移住者が増えてくれればいいんだがな」
「トテが居るから、楽勝だね」
「頼りっぱなしになるわけにもいかないけどな。……変な奴も増えたし」
人がこの町に来てくれるのはいいのだけれど、屋敷にちょっかいをかけてくる人が出てくるのは困る。私も前に出過ぎて、ここに居ることが知られるわけにはいかない……。
「トテは私が守ってあげるから大丈夫だよ。……今はまともに動けないんだけどね!」
トテが一人で町に行けるようにするにはどうすればいいのか。
馬車の定期便も考えてたけど、そこまで距離があるイメージでは無いし。
屋敷まで城壁を伸ばせればいいんだけど、そこまで大仕事をする理由もない。普通の人なら歩いて行けるしね。




