24 お菓子
会話多めです。
外に出れないから仕方ないね。
暗い話になるものだと思ったから雨の日にしたのに、そんなことは無かったぜ。
意識すると身体の中で音が鳴っているかのように、斬られた箇所は鈍い痛みを残している。
血は止まっているが、動こうとすると肉が離れてしまうような冷たい感触が走る。思わず不快感を口に出すと、そのたびにトテが心配してくれた。
「……私の右腕が、動かないよ」
「目一杯伸ばしてるのに、それ以上動くわけないじゃないですか。ナイフ持ってるので危ないですから、近づこうとしないでください」
トテは私から少し離れたところで家具製作の真っ最中だ。
雨が降っているので外に出たくは無いし、私も動けないので部屋に居てくれるようだ。せっかくなのでまったく揃えていない家具を作ると言い出してからは、黙々と作業を続けている。
「トテが足りない……」
「木材の削りカスが手についちゃってるので、終わるまで我慢してください」
私がしょっちゅう話しかけているのに、トテの作業が止まることは無い。珍しく低速で作っているのでどんな動きで作っているのかがよくわかる。
「いつもは鑢掛けなんてしてたっけ?」
「気分でしますよ、……やってると落ち着きます。樹って、切った時にはすでに表面はすべすべになってるじゃないですか」
……そんなわけない。
節があって、何度も刃を入れてたせいで表面はデコボコでささくれ立っていて、処理せずに撫でたりしたら木の棘が指に刺さってしまう。
「……トテの鉈って特別製?」
「普通の鉈ですよ。ルクスルなら手刀で叩き折れそうなので触らないでくださいね?」
……嘘だ。
絶対に曰くのある代物だからちょっと弄ってみたい。
……さすがに怒られるか。
「――――服を仕舞う箪笥できました!」
「おお、ありがとー」
「重くて私じゃ動かせないので、後で運んでもらわないと……」
「おっ、トテの弱点発見」
「作った家具を動かすには、そりゃあ力が要りますよ」
つまり、昨日作ってた盾のような物もそこから動かせない、持って構えることもできないわけか……。トテには何が出来て、何が出来ないか確認しておかないと。
トテを抱えて逃げたら、振動で酔いましたとか言われたら大変なことになる。
「次は薬を入れておく箱でも作りますか」
「おおー」
拍手しようとしたら腕に痛みが走った。涙目になっているのを悟られるわけにはいかない、バカなんですか? って冷めた眼で見られてしまう。
……それはそれでいいけど。
「ルクスルはまともな薬は持ってますか? ついでに入れておきます」
「あるけど、使い方次第だよ? トテは毒草に詳しい?」
「……別に保管しておきます」
「大丈夫、暗殺用だから昼間に使うと笑い話になる」
「どういう理屈ですか!?」
作り終わった木箱にトテが薬を放り込んでいく。中に仕切りがあるようで、用途ごとに分けられるみたいだ。
「トテ居るかー?」
ドアが合図も無しに開けられて部屋に入って来たのは首領だ。その後ろにシュアさんも見える。
「開ける前に声をかけてって言ったじゃないですか?」
「……無音で開ける練習中だ、慣れないドアだからな。今度やり方を教えてやる」
トテはその言葉にやけに真剣にうなずいてるけど……騙されてるよ。そんなの空き部屋でやればいいんだから、忘れただけだな。
「それで何の用ですか? ……仕事ですか?」
「そんなとこだ、トテ暇だろ? 町に食料の買い出しに行かねえか? 馬車を用意してある」
「いえ、……せっかくですけど、ルクスルの傍に居てあげたいので」
実際にトテは暇なので家具を作り始めたはずなのに、断る理由が優しすぎる。私が動けるようになったら、いっぱい可愛がってあげよう。
「そうか、そんなら何か必要な物は無いか?」
「……それなら、ルクスルに何か美味しも――――あっ!」
「なんだ!?」
トテ、いきなり大きな声を出さない! 昨日の今日だ、私が気づかなかった別の侵入者の気配でも感じたのかと不安になる。
「……ナンデモアリマセン」
「――――そんなわけねえだろ!?」
感情を殺して頑張って誤魔化そうとするトテが可愛い。何を隠そうとしているのかはわからないけど、撫でまわすことも満足にできない今の私の身体では、表情を愛でるしかない。
「トテちゃんの隠し事はなにかなー?」
後ろにいたシュアさんがトテに詰め寄った。
逃げられない絶望で、片言で呻くしかないトテは部屋の隅に追いやられた。シュアさんのとろけた顔に既視感を覚えるけど、楽しそうだからいいか。
「――――ルクスル、助けて!」
「シュアさん、すっごく羨ましいです!」
別に死ぬわけじゃないし、半泣きのトテを思う存分堪能できるならその行動には感謝したい。捕まって頬ずりしているのには嫉妬するけど、諦めずに私に助けを求めているトテを眺めているだけで癒される。
「すんすん――――これは!?」
匂いを嗅ぐだけで。何故かシュアにはわかるらしい。私も出来るよってトテに嘘ついてやっちゃおうかな。
「何か……甘い物を、隠しているね……?」
――――そうなの!?
「……はい、ハチミツを……持ってます」
「トテちゃん?」
「――――ひぃ!?」
「美味しい物は、みんなで分け合うべきだと思うな?」
シュアさんの眼は笑っていない。
ハチミツはそのまま食べてもいいし料理にも使える。甘いお菓子も作れるし、肉に使うと柔らかくなるしで万能調味料だ。料理が好きな人には、是非とも手に入れたい品だ。
「……美味しいの作ってあげるから。トテちゃんのリクエストにも応えちゃうし!」
「シュアさんって料理もできるんですか?」
「……私が不器用に見える?」
トテはその言葉に納得してしまったようで、バックパックからハチミツが入った小瓶を大事そうに取り出した。
「……ちなみに、どこで手に入れたの?」
「ごめんなさい、今は……言えません」
「えー、そんなー」
「後でなら、……ここはルクスルが居るので」
「なんで!?」
酷い! トテに秘密にされるなんて! ……トテが大事そうに保管してたってことはハチミツを好きってことだよね? 置いている店がわかったら買い占めないと!
「目を見開いてるルクスルには教えられません」
「えー、そんなー」
「……さっき助けてくれなかったじゃないですか」
一時の快楽で信用を失ってしまうとは……。
「それでトテちゃん、何作ろうか?」
「甘いお菓子を希望します!」
「おっけーだよ」
小瓶をシュアさんに手渡して、トテがお願いしますって頭を下げた。トテはお菓子を所望のようだ、どこかにお菓子を売っている店はあったかな?
「それじゃあ、お菓子の材料も買ってくるね?」
ほくほく顔のシュアさんは部屋を出て行った。
作ってくれるお菓子が楽しみなようでトテは終始笑顔だ。作業を再開してからは鼻歌なんて口ずさんでいる。
「お菓子楽しみです!」
「良かったね」
「……そんなわけで、身を清めに行きましょう!」
「なんで? そんなに楽しみなの?」
「はい!」
……これは、本気で考えないといけないね。この町の店に無かったら、王都まで遠征に行く必要もあるか……。
トテのためなら問題は無いけど、私が遠出したらしばらく会えなくなっちゃうんだよね、それは困る。
「……歩けますか?」
「無理しなければ大丈夫。……でも、身を清めるなんてどこでやるの?」
「お風呂でやりますよ。ルクスルは湯舟には入らない方がいいですね。ついでに身体拭いてあげます」
「はふー」
私の身体をある程度拭いてからトテは湯舟に浸かっている。怪我がお湯で沁みて痛むのは嫌だし、衛生上良くないので私は桶にお湯を入れて足だけ浸けていた。
「ルクスルー、怪我は大丈夫ですかー?」
「うん、それほど痛みはこない」
「よかったですー」
身を清めるとか言っちゃってたけど、湯舟に浸かっているトテの顔はとろけている。もっと真剣に瞑想でもするのかと思ってた。
「寒くはないですかー?」
トテの気は抜けているけど、それでも私を気遣ってくれた。
昨日は怒らせてしまったようなので、今日は口も聞いてくれないかと不安だったけど、そんなことは無かった。
余裕が無かったので早く戦闘を終わらせようと、トテの話に耳を貸さなかった自分のせいで大事な人の信用を失うところだった。
怒ってはいないとは言ってたけど、また同じようなことが起こってしまったらどうなるかわからない。今度こそ愛想をつかされてしまうかも。
「何か真面目な顔してますね? 傷が痛むんですか?」
トテが湯舟から身を乗り出して、心配そうに私の顔を覗き込んでくれる。
離れたくないと自分から言ったのに、トテも応えてくれたからといって甘えているだけじゃ駄目だ。トテの理想を演じるつもりは無いけど、好かれる努力はしたい。
「……幸せだなーって思って」
そんなことを考えられる余裕が出来た。
殺すだけの人生だった昔とは違い、今はトテのためにやりたいことが増えすぎた。それでも、この技術はトテを守るためには必要だ。
トテの周りには、色んな意味での敵が多いから。
「私が居るんだから、当然です!」
……本当にその通りだ。
そのトテを悲しませるようなことはしたくない。
私には何が出来る? 首領に何も出来ないと言われた私が、トテにしてあげられることがあるのだろうか?
綺麗になった身体でお風呂から上がると首領たちが買い出しから戻って来てた。あんまり動きたくない私は夕食を部屋で食べることになり、トテに運んでもらった。
「美味しいです。シュアさんは本当に料理が上手だったんですね。……そして、お待ちかねの!」
何だろうねこれ? 小麦粉を焼いた物かな?
興味深そうに突いた後、トテが上手に切り分けて口に運ぶ。
「――――!?」
驚きの表情の後、噛みしめるように食べているトテを見ているだけで、私も幸せになれる。
生地にもほのかな甘みがあってとても柔らかい。上にかかっているハチミツが優しい甘みで、いくらでも食べられそう。
「ルクスル! もっと味わって食べてください!」
「うん、美味しいね、これ」
「そんな一気に頬張らないで、大事に食べて」
「自分のペースで食べたいの」
「……それもいいですね」
ちょっと大きめに切った生地を満足そうに食べるトテは涙を浮かべている気がする。こんなことで幸せを感じてくれるなら、私の分もあげようかな。
「トテ、あーん?」
私のを切ってトテに差し出してみる。
トテは躊躇せずに食べた。
「ありがとう」
笑顔でお礼を言ってくれたことに、下心から食べさせた私の方が恥ずかしくなってしまった。
トテのころころ変わる表情をもっと見たいからついからかってしまうけど、普通の反応を返されると、どうすればいいのかわからなくなってしまう。
「え? ルクスルが照れてます!」
「……違うから」
「普通の女の子みたいです!」
「……どういう意味!?」
「ルクスルが可愛いってことです!」
お菓子を食べている時と同じような、キラキラとした瞳でトテは言ってくれた。
「ルクスルもそんな顔するんですね?」
「今のは油断しただけだから」
「いつもそんな顔をしてくれるとうれしいんですけど、……それじゃルクスルが人気物になってしまいますね」
「他の人の評価はいらないよ。私はトテだけが居てくれればいいから……」
「だったら、……もう無茶なことはしないでください」
トテが私の腕に巻かれた布を指で引っ張ってくる。
「……わかったよ」
「約束しましたからね!」
世界観は別にいいかなって思ってたら面倒なことに。
包帯って言っちゃっていのかな。
灯りはどうなってるのか考えてないし、電気は存在するのか?
魔法や魔石だけでも出しておけばよかった。




