23 雨の日
忘れてたけど、首領が殴ってましたね。
……フォローしておくか。
親父にもぶたれたことないのに!
今日は雨らしい。
薄く雲が広がっているだけで陽の光も窓から入ってきているのだけれど、断続的な音だけが鳴りやまない。
ルクスルはまだ起きていなかった。深く眠っているようで身じろぎ一つしない、身体のあちこちに巻かれた布が昨日何があったのかを思い出させる。
熱はもう下がったみたいだし、布を巻いた箇所がひどく腫れていることもない。骨折とかも無さそうだ。
「……おはよう、ルクスル」
おでこで熱を測ったので、ルクスルの顔はすぐそこにある。これほど近くで言ったのに返事が無いことがひどく寂しい。
酷い意見の食い違いがあったのに、一晩寝てしまえばただただ心配なだけだ。
痛がらせるわけにもいかないから、強く抱きしめるわけにもいかない。目の前に大好きな人が居るのに何もできない自分が歯がゆい。
「ご飯行ってくるよ」
本当は起こしてごめんって謝りたいのに、起こしてまた無理をさせたくはないので小さな声で行ってきますを告げた。
食堂は昨日の戦闘の名残が残っていた。
薄く床を削って、微かな血の跡を消しておく。異臭もしているが、廊下にあった花は用意できていない。それほどみんな忙しかったということだろう。
「ルクスルの具合はどうだ?」
テーブルに居たのは首領だけだった。……いつも居るね?
私が壊してしまったので、テーブルも大人数が座れる大きな物ではない。小さなテーブルで食事をしている首領は、何だか可愛く見えた。
「切り傷くらいで、……まだ眠っています」
「そうか」
厨房に食事を取りに行くとまだ大量に残っていた。もしかして、忙しすぎてみんなもまだ寝ているのかな。ルクスルの怪我が心配であの後のことは何もしていなかった、悪いことをしてしまったかも。
私も椅子に座って食事を食べると味がしない。今日のご飯はハズレらしい。
「……俺のせいかもしれん」
「何がですか?」
首領がうつむきながら語りだしたので相槌をうっておく。ここには私しか居ないので、反応してあげるしかないだろう。
「俺が昨日殴ってしまったから、ルクスルが眼を覚まさない……!」
そういえばすごい音がしてた。……まあ、そんなわけは無いだろう。
殺し合いをしそうになって、気を張ってしまい疲れてしまったんだと思う。このまま目が覚めないなんてことは、絶対に無い。
目が覚めた時には、そばに居てあげたいと思ったので食事は手早くとる。
ルクスルに食事を持って行ってあげようかと考えたけど、まだ起きてなかったら冷たい料理を食べることになりそうなのでやめておいた。
「……心配なら、後で様子を見に来てください」
落ち込んでしまっている首領は置いて部屋に戻った。
首領に聞けなかったけど、侵入者はどうなったんだろ?
ひどく出血していたし、応急処置が間に合わなかった可能性もある。……その時はその時だけど、無事だったんなら一発殴っておこう。……拳で。
「……ルクスル、起きてる?」
部屋に戻ると空気がヒンヤリしていた。雨のせいかな、今日は寒くなりそうだ。
「…………」
微かな衣擦れ。起きてるのかも?
「ルクスル?」
ベッドに腰かけて、ルクスルの顔を見ようとする。
出て行った時とは違い、身体が大きく動いていた。首領と同じだ、ふさぎ込んでいる。
「……トテに嫌われた」
心配してたのに、第一声がそれか……。
「もう怒ってないよ?」
「……やっぱり、怒らせてた」
「もういいから、ルクスルは怪我の方は大丈夫なの?」
「……頭、痛い」
首領のせいかな?
「ほら、撫でてあげるから」
「……うん」
綺麗な髪だ、と言いたいけど所々に乾いた血がこびりついてる。お風呂に入らないと駄目だね。
「……うう」
「ごめん、痛かった?」
ルクスルは返事をしてくれない。
声を出せないのだろう。
震えているってことは、泣いているってことだ。
ルクスルが落ち着くまで撫でてあげる。泣かせたのは私だ。
一度言った言葉は取り消せない。
「昨日はありがとうね。……それとごめんね、変なこと言って」
別の言葉で上書きしようとしても、記憶には残る。
「……私もトテにひどいことした」
「気にしないで」
「トテは私が人を殺すところを見たくなかったのに……」
……うーん?
違うって言ってもいいのだろうか。それはそれで、私も酷い人ってルクスルに嫌われてしまうかも。
「えーと、ルクスル?」
「ごめん、トテの気持ちを考えないで……。今度はトテを後ろに下がらせることを優先するから、大人しくしてて?」
「――――それだよ!」
「うわっ! なに!?」
「私はルクスルのお荷物じゃないから!」
私だってルクスルを守りたいのに、そんな……子供みたいに!
「ええ? トテ戦えないじゃん」
「それでも! ルクスルだけを危険な目に合わせたくないの!」
「気持ちはうれしいけど、はっきり言って……」
「わかってるから邪魔になるのは! それでも……なの!」
昨日の戦闘では私はまったくついていけなかった。
壁を作れたのも、ルクスルは止めを刺そうと動かなかったから、攻撃をする場所がわかっていただけだ。
「トテが尻餅ついて泣いてたのは可愛かったな……」
それは、私が思い出したくも無いことだ。
「……もっかいやって?」
「やだ」
恥ずかしすぎる。
二度とやりたくは無いし、あんなことが起きないように頑張りたいのだ。
「そういえば、ルクスル動ける? ご飯食べれる?」
「動けないから、トテに食べさせて欲しい」
「はいはい」
それくらいなら、お安い御用だ。
「――――ほんとに!?」
「……大人しく待っててね?」
食堂に行ってご飯を取ってくる。
首領が変わらない場所に居たので、ルクスルが起きたと伝えておいた。
「ふーふーってして?」
「……そんなに熱くないよ」
「あーんってして?」
「お願いが多い!」
仕方ないので、やってあげた。
そうだ、今日のご飯は美味しくないんだった。塩くらい入れてくれば良かったかな。
「……美味しい」
「無理しなくていいよ」
「美味しいよ、トテが食べさせてくれるんだもん」
本当に? もしかして、ルクスルが心配だったから味を感じなかったのかも?
……そんな恥ずかしいことを考えながら、スプーンを自分の口にも運ぶ。
「……間接キスだね?」
何をいまさら。
「味ないけど?」
「違うよ、私がやってあげるから」
手に持っていたスプーンがルクスルに奪われた。
「あーん?」
「ご、ごめん。味あるから!」
「あーん?」
「……う」
……観念するしかなさそうだ。
「どう?」
「……美味しいよ」
自然と言葉が出た。
誰にも見られてないのに、顔が赤くなる。
「ルクスルの具合はどうだ!?」
「ひゃあ!」
誰!?
首領!?
……見られた?
「この通り! 元気いっぱいです!」
「そうか、良かった。……悪かったな、殴っちまって」
「いいんですよ、私たちの喧嘩を止めてくれたんでしょう?」
……あれをただの喧嘩と言ってしまうのか。
「今日は休んでろよ、早く怪我を直せ」
「首領、あいつの死体はもう埋めてしまいましたか?」
「死んでねえよ! 今は領主のところで治療して、監禁してある」
「……なんだ、生きてるのか?」
ルクスルが人殺しでも構わないなんて思ってたけど、がっかりされるのは少し引く。
そうか、あの人生きてるのか……。
私にはできることは無いし、後は領主たちの仕事だ。
何かわかったのなら教えて欲しいけど。
「トテ、今日はお休みだって。……何する?」
「ルクスルは寝てて!」
飯食っただけだぞ!?
話を進める気は無いのか!?
百合優先!!




