22 喧嘩
首領は任せろって言ってたけど、ルクスルは私をかばうように立っていたので、戦闘を代わることが出来ずにいる。でも、武器を構えているルクスルは楽しそうに笑っていた。
「私の四肢を飛ばすと?」
侵入者の声だけが広い食堂に響いた。周りの団員はもうふざけられる状況が過ぎたことが分かっているようで、私も含めて空気は静まり返っている。
「トテを殺そうとしたんだから、……仕方ないよね?」
その自分の言葉で覚悟が決まってしまったのか、無表情に相手を見出したルクスルには、相手を殺すことしか考えていないように見えた。
「ルクスル!? 私は大丈夫だったから……!」
「――――だから、見逃せって?」
私を振り返ってくれたルクスルの瞳には感情がない。
落ち着いてって、そう伝えたかった手がルクスルの身体まで届けられない。そんな表情で見られたことは記憶の限りでは無かったから。
「……トテは私が怖い?」
寂しさの感情だけがルクスルに戻る。だけど、それは私も同じだ。
こんなルクスルは知らない。
「……嫌いにならないで」
ルクスルは泣いていた。
その涙を拭ってあげたいのに、私の身体は動かない。
「……余所見をするとは、余裕ですね!?」
侵入者が低く構えながら走り出した。
私に気を取られていたルクスルの武器が跳ね上げられ体制が崩される。
「やめて!!」
私の叫び声で、侵入者の武器が何かに引っかかったように空中に固定された。けれども、相手は強引に体勢を立て直して再び武器を振る。
「まずは!!」
侵入者が下から切りかかったが、武器ではなく、ルクスルは相手の腕を弾いて攻撃を受け流し肩で押し返す。距離を取らされた相手は、次の標的を誰にするか選んでいるかのように眼が動く。
団員がその視線を惑わすようにバラバラに動き出す。みんなも武器を持ち出していて、これから殺し合いが始まってしまうのが肌で感じられた。
「お願い、殺さないであげて!」
私の叫びを聞いてわけがわからないというように相手が睨んでくる。その視線で気づいた。私はルクスルたちが負けるとは微塵も思っていない。
それが気に障ったようで相手の位置が私寄りになった気がした。
「トテの言うとおりだ! 殺すな! ……そいつには聞きたいことが山ほどある!」
首領が私のお願いに同意してくれた。これで悲しい結末は無くなったかもと少し安心できたのに、ルクスルの低くなっている声が耳元で聞こえた。
「……ここで殺さないと、逃げられたら困る」
でも、私にはその姿をとらえることが出来ない。目の前でどこか他人事のように変わっていく戦況に、ついていくことすらできないでいる。
「――――トテが!!」
いきなりのルクスルの大声に驚いた。
「……死んじゃうかも、しれなかったんだ」
ルクスルの声に、感情が戻ってきていた。
「私は間違いたくないから、大事な人が倒れているのをもう見たく無いから、だからここでこいつは殺す。トテなら大事な人が居なくなる怖さがわかるよね?」
それならわかる。
……こんなルクスルは見たく無い。
「――――二度も!!」
侵入者が私の目の前に居た。
武器を振りかぶって――――下ろす。
突然のことで、私はそれを見ていることしかできない。
腕が、飛んだ。
「――――トテに近づくな」
恐怖で座り込んでしまった私の前に、ルクスルが立っていた。
「……ぐぅ!」
侵入者の肘から飛び散った血が辺りを汚す。
片膝をついて倒れた侵入者から尋常じゃない血が流れ出た。
「――――あなたはやりすぎだ」
ルクスルが止めを刺そうと武器を高く掲げる。
広がっていく血と、うめき声で戦いは終わったことに気づかされた私は、これ以上ルクスルに無理をして欲しくなくて、ようやく声は出せることを思い出す。
「ルクスル!? 駄目!」
「……トテは優しいね?」
私が言って欲しかった言葉だ。
誰かが死ぬのを見たく無いなんて言えば、優しい人になれる気がしたんだ。
ルクスルには綺麗な私を好きだと言ってほしかったから。
――――振り下ろされた刀を、……壁で防いだ。
「……トテ?」
倒れている椅子を解体してから組みなおした。
侵入者を守るように作った壁だ、……その前に、私も出る。
「……やめて」
その言葉で私の意思も伝わったはずだ。
人殺しなんて慣れてるよって言われても、そんな真っ黒な眼で、何も考えていないかのように行ってほしくは無い。
ルクスルの顔を正面から見る。ひどく濁っているように見える瞳が私に疑問を投げかけてきた。
「なんで、トテはそいつをかばうの?」
人が死ぬのを目の前で見たく無い……、そんなことを言うつもりはない。
私だって殺されかけたし、ルクスルだって、みんなだって殺意は向けられた。
ただ、ルクスルに正気に戻って欲しいだけだ。
「ルクスル、落ち着いて……、もう、終わってるんだから」
「……そいつが死んでない」
私の後ろで小刻みに痙攣している男に、みんなが駆け寄って腕の止血を始める。
「トテは私の後ろで震えてればいいんだよ?」
そのルクスルの傲慢な理想に私も頭にきた。
そうならないように頑張ってきたのに、私もルクスルを守れるように強くなりたいのに。
「……トテ、怖かったよね? 今、終わらせるから」
「もう終わったって言ってるでしょ!」
テーブルの破片を組み直して、ルクスルの前に壁を出す。こんなので止められないのはわかっているけど私だってゆずれない。
ルクスルに私の話をちゃんと聞いてほしい。
殺すのを見たくないんじゃなくて、侵入者に死んでほしくない訳でもなくて、ただ、ルクスルの隣で一緒に笑い合っていたいだけだ。
対等に、お互い頑張ったねって、言いたいだけなのだ。
「――――これ、邪魔だね?」
刀を振ることもなく、ルクスルが指を広げただけで私の作った壁は壊れた。
改めて化け物だと思う。私もたまに言われてしまうけど、殺傷能力を持っているという点で恐怖の種類は別物だ。
崩れ落ちた壁の向こうで、ルクスルが優しく笑っているのが見えてくる。そのほっぺたを一発ぺちんって叩いてあげたいだけなのに、私の顔は恐怖でゆがむ。
「泣いてるトテは可愛いね」
そんなこと言われたくなくて眼に力を込める。そのせいで、流れた涙の跡が私の弱さを残した。
好きな人に手が届かないことが悔しい。それなのに、いつも通りに包み込んでくる腕を払いのける力も無い自分に情けなくなる。
「お前ら遊んでないで手伝え! ……血が止まらねえ! 誰か領主呼んで来い!」
「……そいつなんてどうでもいいよ」
「――――いいわけねえだろ!」
ドゴンッ、とルクスルの頭に首領のゲンコツが落ちる。
「こいつの目的を吐かせねえと……。何で毒を入れたのか、狙いは何だったのか、……ただの金目当てならいいんだが」
頭を押さえてルクスルはうずくまる。その頭を撫でてあげたいけど、まだ私の怒りは収まらない。恨みがましい目で見下ろしていると、回復したらしいルクスルと目が合った。
「トテ、もしかして怒ってる?」
当たり前だ。
話を聞いてくれなかったことも、私がルクスルに敵わないことも……。全部、全部だ。
「……ルクスルなんて嫌い」
「ええー、許して? トテを守るためなんだよ」
「……一人でも大丈夫だった」
そんなわけはない。ルクスルが居てくれなかったら、何回死んでいたか。
「ほ、ほらトテおいでー?」
ルクスルが両手を広げて抱きつきやすくしてくれる。それを冷めた目で見ようとしたけど、私も我慢の限界だ。殺されそうになった恐怖も残っているし、ルクスルに泣かされるのもいつものことだ。
ルクスルのバカって言って、抱きついて、それで終わりにしよう。
「うわーん! トテに嫌われたーーーー!」
その前に、ルクスルの方がこの空気に耐えられなくて逃げてしまった。守ってくれてありがとうって感謝もできてないのに。
「トテ、追いかけろ」
首領の助言。もちろん、ってなんで拳を見せてくるの?
「……無傷ってわけが、ないだろ?」
その手には血が付いていた。そんなに強く殴ってしまったの?
――――そんなわけない!
「ルクスル!?」
慌てて追いかけた。
居るのは私たちの部屋でいいのかな?
ドアをそっと開ける。
「……ルクスル?」
部屋の隅で、狼の毛皮で作った毛布を頭からかぶって丸まっている塊があった。
「トテに嫌われたー」
「……大丈夫?」
「むりー、悲しくてうごけない」
近づいて、頭だろうと思う部分に触れた。
「――――ぎっ!」
「ご、ごめん!」
傷がある箇所に触れてしまったようだ。
「……ルクスル、服を脱いで?」
「え? トテがしてくれるの?」
「うん、ちゃんと血の汚れを拭き取らないと」
「ええー、してくれるんじゃないの? あうっ!」
桶に水を溜めて、布で丁寧にルクスルの身体を拭く。
また傷を増やさせてしまった。これが私のせいだと思うと涙が出てくる。
「……泣いてるトテは可愛いよ」
「ルクスルのせいでしょ?」
きっとこの傷跡を見るたびに私は泣く。私を守るためにルクスルに無理をさせてしまったことに、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「私は大丈夫だったから、……ルクスルのおかげで傷一つないから」
「そっか、……良かった」
そのままルクスルは寝てしまった。
起きないように注意しながら、傷跡を拭き薬を塗ってから布で止血する。少し熱があるみたいだったので、別の綺麗な布を水に浸してからおでこに乗せる。
強くなりたい。
大事な人の負担にならないように、無理をさせないように、身体の不調をわかってあげられるように。
――――強く。
トゥルーエンドを書いておきたかったのだよ。
全然違うね。
途中から別居エンドにしようと思ったんだよ。
悲しいのは嫌だね。
次回、修行編?
……いや、百合編!!




