2 森の中へ
百合はそこに行くまでの過程が大事?
まず、友達から始めましょう。
自ら、安全な家を出て付いて行くと決めたのだから、邪魔だと思われることだけは避けなければならない。
お荷物だと思われるのは構わない。実際そうだし、桶を運んでいるのだからという大義名分もあるのでお荷物上等である。
「よし! 準備はできたね、行ってみようか。絶対に私から離れないこと!」
夜の森の中は、月の光も届いておらず真っ暗だ。そのせいで、私は樹の根につまずいたり、持っている桶を樹にぶつけてしまったりと、周囲に音を響かせてしまっている。
迷惑もかけたくないのでルクスルの足跡を辿り、なるべく静かに歩くよう努めていると、足元しか見ていたかった私はルクスルの背中にぶつかってしまった。
「……ご、ごめん」
返答は無い。
身じろぎもせず佇む影が本当にルクスルの背中なのかと疑問に思い始めた頃に、ようやく手で撫で回していた物に動きがあった。
「近くにいる。離れないでね。……狼みたい」
がさりと茂みが揺れる音がした。私の眼では影すら捉えられない。
「囲まれてる…かな? 相手は獣だから言っちゃうけど、周りに糸を張り巡らせているからね。……絶対にテトは動かないで、切れるよ」
糸も獣も見えない私に手伝えることなど何もない。精々、恐怖で走り出さないよう、手近な物を力一杯握りしめて耐えることだけだ。
「――――ギャイン!?」
「……まず、一匹」
耳に残る悲鳴で身体が震え、数瞬後の私も無事であるよう願う。
「怖い?」
これが答えだと、より一層指先に力を込める。
幸いにも振り払われることはなく、むしろ私を抱き寄せてくれたので、過呼吸気味になっている息を整える。
さらに別の方向から狼が飛び掛かり、私を抱えたままのルクスルが振り向きざまに斬りかかり、片脚を切り落とす。倒れたところでルクスルがナイフをさらに投げ、狼の命を完全に絶つ。
しばらく狼と睨み合っていたようだけど、やがて諦めてくれたのか周りが静かになった。
「……すみませんでした、掴んでしまって」
「怯えて逃げ出された方が危ないし、大丈夫。……糸、回収するね」
……襲われている時に満足に動けなくなるようなことをするなんて、さっきの私は完全に邪魔でしかなかった。
このまま付いて行っても本当にいいのかと思うけど、ここからひとりで帰れるのなら、そもそも寂しさから同行を願ったりはしない。
「……さっきの私、格好良かった…かな……?」
私が意気消沈していると、暗闇の向こうから声が掛かる。
「……暗くて良く見えませんでしたし、怖くてそれどころでは無かったです」
「……そっかぁ、…………明日はちゃんと見せてあげるから。予定、空けといてよ?」
それから少し歩くと、森が開けて川が流れていた。ここから建てた家までは距離があるし、途中でまた獣の襲撃があるかもしれないけど、どうせこぼすならと目一杯水は汲んでおく。
「軽く身体も拭いておこうか、これ使って」
ルクスルが布を渡してくれたので、上着を脱いで手近な樹にかけておく。
水は冷たく、暗がりなので川との距離も分かりづらい。間違っても落ちる訳にはいかないと慎重に事を運ぶ。
「……ルクスルって、女の人だったんですか?」
衣服を盛大に脱ぎ散らかし、全裸で川の中へ入ろうとするルクスルの身体つきは女性のそれだ。
「そうだよ? 脱がないと気づいてくれないのは、お姉さん悲しいよ」
……元はと言えば、黒いコートを着て顔も満足に見えない状態のルクスルにも非はあると思う。しかも、トカゲの首を簡単に切り落とせる腕力もあるのに実は女性でしたとか、詐欺だと思われても仕方が無いと思う。
だけど、それならば、私の身体を拭いた布を大人しく返すのもやぶさかではない。綺麗に洗うことが出来るまで返却は待ってもらうつもりだったけど、女性であるのなら同性の好みで憂いなく返すことが出来る。
「狼がまだ近くにいると思うから離れないように」
出来るのなら、水をこぼさないに越したことはない。慎重に運ぼうとするけど汲み過ぎたのか、両手で持たなければいけないほどに桶は重い。
進みが遅いので置いて行かれるかもと恐怖が募り、手伝ってなどと弱音を口走りそうになるけど、さっき仕留めた狼をルクスルが肩で担いで回収し、ふたりの歩みがようやく揃う。
家に着くと周りに獣が数匹まとわりついていた。ルクスルが文字通り片手で追い払ってくれたけど、これでは安心して眠れそうにない。何か対策が必要らしい。
「……トテ、テーブルとかは作れる? この角材の上でもいいんだけどね、ちゃんと食事をしてるって雰囲気を感じ取りたい」
ルクスルにとっては獣の害意より、食い気のようだ。
木材で家の周りを囲うにしても、今ある木材の量ではとても足りない。この暗闇の中で大木をさらに切り倒すなんてのは危険だし、せっかく建てた家の方向に倒れでもしたら目も当てられない。
「……トテはさぁ」
回収した狼を解体しながらルクスルが聞いてくる。私と向き合ってくれていないのは手元が狂ったら危ないからか、それとも聞きづらいことを尋ねてこようとしているからか。
「追われてるって言ってたよね? ……何で?」
……話してしまっても本当にいいのか不安は残る。だけど、食事の準備の方に力を入れてるように見えるルクスルにとっては、場を持たせる為の世間話なのだろうと私も覚悟を決めた。
「……私はここからずっと遠いところから来たんです。街を出て一か月…くらい……?」
「……何でそんな遠いところからこんな森を目指すことになったの?」
「街に…居れなくなったから。……向こうでも家を建てて生活していたんですけど、人口が増えて、そのせいで家が溢れて。じゃあ、この空き家はいらないねって解体したら、怖いって言われてしまいまして……。それから、街の偉い人が来て、もしかしてこの街の家全部壊せるのかって聞かれて…はい…って……」
「それは怖がられるね。トテは街を更地にできるのかー」
「……それで、逃げ出しました」
「そっか、それではお返しに私の怖い話もしようか。私は盗賊っていう、人に言えない仕事をしてまして――」
そうじゃないかと思ってました。
「首領に拾われて、いろんな仕事をしてきて、でも…才能無いって言われちゃって」
「……あんなに強いのに…ですか?」
「強いだけじゃだめなんだよ、人の社会に溶け込まないと。……だけど、不器用だからお前には無理って言われて、そんなわけないって仲間のところを飛び出して。……その成果がこれ、召し上がれ!」
百合は成るものではなく、百合かもと疑われること?
じっくり書くしかないのか……!
追伸
再び書き直しました。定期的に直していきたいですね。ゲームチャットでしか文字を打ち込むようなことは無かったので、笑いもナニも起きなかったのも若さですね。