18 襲撃があったようです
百合ってのはね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。
誰かに助けてと呼ばれているような気がした。
私には何もできないと耳をふさいで心を閉ざしても、それでも入ってくる悲痛な叫びは消えることは無かった。
「トテ、おはよー」
暗い視界の中で聞こえてきた明るい声。
怖くて萎んでしまった私の心はそれを求めた。
目の前には目蓋をこすりながらも、笑顔を向けてくれたルクスルの顔がある。その安心できる存在が欲しくて私は手を伸ばす。
「――――った!?」
変な所に触れてしまったようだけど、そんなことには構わずに、さらに手を伸ばしてその温もりに抱きついた。
「……トテ?」
ルクスルは困惑気味だったけど、それでも優しく私の身体を引き寄せてくれた。
「……どうしたの? 震えてる」
ルクスルの背後に朝の青空が広がっているのが見えていたけど、気持ちは未だ残る恐怖に引きずられてしまっている。洗脳されてしまったように残る寂しさが、置いて行かれてしまったような喪失感が、忘れるなと言わんばかりに囁いていた。
心配してくれたルクスルが私の頭を撫でてくれる。
「……熱は無いようだけど、もしかしてまだ麻痺毒が残ってるのかな? 昨日、全部吸い出したと思ったんだけど……?」
トカゲの時のように、直接肌から毒が入ったわけではない。食べたスープで動けなくなってしまったのだ。……つまり?
「苦しそうにトテがうなってたから、服がきついのかなって思いまして、ゆるめた姿を眼に焼き付けてたら、……我慢できませんでした!」
楽しそうに性欲が爆発したと告白してくるルクスルの言葉も今はありがたかった。
昨日は狼に追いかけられたし、毒も飲まされた。
殺気と悪意を向けられた。
昨夜の怨嗟の声も重なって、目が覚めた時怖かった。
「意識が無くても必死に逃げようとするトテは、とてもよかったです!」
そんな情報は聞きたくなかったけど……。
「……トテ、怒っちゃった?」
だけど、ルクスルと会話をしているだけで大分落ち着いた。
心配そうに尋ねてくるルクスルには非難の眼を向けておく。
「ああ! トテの残念な人を見るような視線が痛い!」
それでも、目が覚めてしまえば大好きな人が目の前に居るのだ。怖い夢の余韻など、簡単に溶けて消えた。
いつもの感情が戻って来て、ようやく自分が恥ずかしいことをしてしまっていたと自覚できた。
赤くなった顔を見られないように、ルクスルから逃げるように離れる。
深呼吸を一つ。
「怖い夢を見ちゃった……」
失敗したから言い訳を語る。
……もう夢の内容は覚えてないけど。
「なになに? 人の怖い夢ってよくわかんないから聞きたい。一緒に怖かった理由を考えようよ。何故かおもしろいよ」
私が怖くて泣いてたのを、笑い話にする気?
「助けてって……聞こえた気がしたんだ」
「……それ、正夢だね。昨日トテが寝た後、夕ご飯を食べたみんなも毒で動けなくなったと思って攻めて来た奴らが来たんで、私たちで返り討ちにした時のだね」
――――現実なの!?
私が意識を失っている時に、そんなことが起きたなんて!
「おかげで、ご飯を作った私たちの疑いも晴れて、結果オーライだったね」
……そっか、私疑われてたんだ。
そうだよね、知らなかったとはいえ、毒入りの食べ物を作ったんだもの。
「――――トテ、いるかー?」
…………。
――――!?
「ひゃっ!?」
いきなり部屋に入って来るなんて!?
「何で服着てないんだよ!?」
「ふやぁあああ!!?」
服、着てなかった。
通りで寒くて震えてたわけだ。
服を着て目覚めるなんて、当たり前のことができる日は来るのだろうか。しかも全部脱がせられているなんて、ルクスルは本当に自重して欲しい。
「――――いいから出て行って!!」
ルクスルの叫びで現実に戻された。
部屋から逃げ出した後ろ姿は、昨日私に告白してきた人だった。
「……うう」
何をされたか理解した時には、ポロポロと涙がこぼれていた。
――――見られた?
「トテ大丈夫だよ、記憶を消す毒とか持ってるから!」
「……ほんとう?」
「うん! 心臓も止まる系だけど、全部壊しちゃえばいいんだよ!」
…………。
しょうがないね!
「嫌な会話が聞こえるんですが……?」
扉が少し開けられて、声だけが聞こえた。
それ以上は開けないで! まだ着てないから!
「トテ早く着替えて。直接毒を飲ますには追いかけられないと」
……もぞもぞと服を着る。
朝から酷い目にあってしまった。
「悪かったって! もう忘れたから」
そんな言葉を信用するわけはいかない。
「……というか、お前ら仲が良いってそんな関係なの? 家族ごっこじゃなかったの?」
「そんなんで足りるわけないでしょ。恋人なの!」
その言葉を聞いて驚きのあまりルクスルを振り返る。
真剣な顔で私たちの関係を伝えた顔には、言い切った達成感だけがあった。嬉しいやら恥ずかしさで、私の顔は熱くなっているというのに……。
「……今日はトテを、デートに誘いに来たんだけど」
「――――帰れ」
取り付く島もない言葉で、追い返そうとするルクスルはかっこいいと思う。ようやく着替えを終えて、私もお断りの返事をしようと半開きの扉から部屋の外に出る。
「トテ、ごめんな」
……謝るのは私だけ?
裸で仁王立ちしているルクスルにも謝って。
「……お前は恥ずかしくないのかよ?」
「あんたは私の対象から外れてるから」
「……ルクスル、服着てください。好きな人の羞恥心が死んでるなんて悲しすぎます」
めんどくさそうに服を着に部屋に戻るルクスルを見送った。
「トテ、あんなので良いのか?」
この男の人も女性の裸を間近に見たというのに、何も反応を示さない。その哀れみの眼を、私にも向けないでください。
「? ……何か、変な臭いがします」
廊下からは微かに異臭がした。
何故か昨日まで無かった台が置かれていて、その上には花が置かれている。その匂いではなさそうだけど。
「ああ、昨日襲撃があったからな。血の臭いを誤魔化すためだ。綺麗に拭き取ったんだが……」
さっきのルクスルの話の通りだった。
誤魔化さないといけないほどに血が出たなんて、団員のみんなは大丈夫だっただろうか……?
「なーにトテを凝視してんの!? あんたは!?」
いつもの恰好でルクスルが会話に交じってきた。
「普通に話してただけだろ!?」
「何か、目つきがやらしかった……。何想像したのか言って! 殺すから!」
慌ててルクスルの後ろに隠れた。そんな視線を向けられていると知って、男の人の目の前に立っていたくない。逆にルクスルの方が見られてしまって恥ずかしいかもと思ったけど、さっきの感じではそんなことは無さそうだ。
「……トテ、ルクスルは女だぞ」
「知ってる」
「これでも女なんだぞ?」
「どこ見て言ってんの!?」
胸が無いのは知ってる。
何故か、毎朝確認する羽目になっている。
「恋愛ってのは、男と女でするものだ」
そういう説教はいい。
何となく、気づいてるから。
女の子同士はおかしいって。
「それで……?」
ルクスルの眼が鋭くなる。
殺気が空間を満たす。
「……ルクスル、お腹空いたからもう行こう?」
正論なんて、聞いていられない。
何を言われたって関係ない。
私には殺気なんて出せないけど、その話には興味がないと眼で伝えることくらいはできる。
「……トテはどうすれば、俺を見てくれる?」
「悪いけど、私はルクスルが好き。変わることはないよ。……それはあなたも同じじゃないの?」
「そうだよ、俺はトテが好きだ」
その想いに答えることはできない。
「――――っていうか、なんであんたはトテが好きなの? 会ったばかりでしょ」
「……若いから?」
「シネ!」
……そんな理由だなんて。
どうやら真面目にこの人のことは考えなくていいみたいだ。
「でも、ルクスルも私とそんなに変わらないと思うんですけど?」
「え゛? …………これは無い!!」
……私が好きな人をこれ呼ばわりしないように!




