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辺境の地に大豪邸を  作者: ひろにい
16/82

16 料理

 いかん……。

 百合分が不足してきた。


 百合分が足りなくなると 疲労や集中力、思考力の低下等の症状が現れる。



 狼はまだそこら中で走り回っている。

 本来なら私は殲滅に駆り出されていたはずなので、トテを探しに行けたことには感謝している。副首領には報告くらいはしておかないと。


「……何で私が、一番前を歩かなきゃいけないんですか!?」


 トテはごねているが、なるべく男どもから離れた方がいいという私の配慮だ。


「帰り道はわからないんですけど……」

「私が覚えているから大丈夫。トテは前だけ見て、変な人を視界に入れないで?」


 告白については問題ないようだったけど、おさわりは厳禁だ。トテの背中は私が守る。


「……トテは、ルクスルと居て疲れないのか?」


 酷い言い方だね、この人は。


「……たまに、うるさい時があります」

「だよなあ、妹離れした方がいいんじゃないか? ルクスル」


 ……妹じゃありませんので。

 振られた人は、大人しく最後尾を歩いててください。


「……私って、ルクスルの妹なんですか?」


 それをここで聞いちゃうのか……。

 答えを間違えたらいけない気がする。


 でも、変なこと言ってトテに引かれでもしたら立ち直れない……。


「大切な人……かな?」


 無難な回答。

 逃げてしまった。さすがにこんな大勢の前では、恥ずかしくて言えなかった。


「……ふーん」


 トテはご機嫌斜めのようだ。

 ……失敗したかな?


 とりあえずトテの手を握っておく。


 伝われ、この想い。


 町の中心に近づいてきたみたいで、狼から逃げて来たような人がちらほら増えてきた。疲れているのか、路上に座り込んでいる。

 視線を感じたので目だけで探すと、屋根の上に人影が見えた。


 こちらの様子をうかがっているようなので、気づいたことを気づかれないように歩幅は極力変えないように歩く。いきなり走り出しでもしたら、相手を混乱させちゃうからね。

 ぞろぞろと大人数で、狩り仕事も参加せずに歩いているけど怪しい者じゃありませんよ。


「大通りが、もう近いな。あれから狼には会ってないが、だいたい狩り終わったかな」

「結局、どこから入ってきたんでしょうね?」


 普通に考えれば門を破って来たのだろうけど、他に抜け道があるのかも。でも、それなら今までは入ってこなかった理由はなんだろう?

 あるかもわからない抜け道を、団員総出で探すはめになりそうだから、門番の無事を別の意味で願う。 

 トテを安全な屋敷まで連れて行きたいし、領主に報告したら、すぐに帰ろう。


「ルクスル!」


 呼ばれた気がしたので探したら、相手は屋根の上だった。領主がいつまでもそんなところにいるんじゃないよ。

 綺麗に地面に着地してから走ってくる。


「トテも無事だったか?」


 ……トテが前を歩いていたんだから、一番最初に視界に入ったと思うけど。

 領主として振舞っていたから、トテだけを特別扱いして呼べなかったってことかな? でも、それなら領主が私を呼ぶのも変だ。ただの一般人ですよ。意識しすぎじゃないか、こいつ。


「みんなが助けてくれたので」

「そうか、……感謝する!」


 トテの無事を報告出来たようだし義理は果たせたかな。


 町の中央では狼の死体を集めていた。毛皮や使えそうな爪を剥ぎ取ってから燃やしてしまうらしい。

 これだけの戦闘だ。狼だっていろんな意味で暴れてしまったし、その肉までおいしくいただくのは少し抵抗があった。


 周りを見ると、黒いコートを着て顔を隠した団員が事故処理で走り回っている。


 いつもはそんな姿で町中には入って来ないが、こんな状況だから仕方ないんだろう。火事場泥棒のように動く団員を、領主は忌々しそうに眺めている。


「手伝ってくれてるんだから、許してあげてください」


 トテが優しい言葉をかけるが、領主のその顔は演技だからね。


 領主だから大っぴらに盗賊団に協力を持ちかけたりできないだけで、自分が治めている町だし手伝いたいに決まっている。町のみんなには隠しているけど、実は団員その2だしね。


「トテ、邪魔になりそうだし、帰ろうか」

「……はい」


 トテと手を繋いで歩きだす。領主が何か言いたそうな雰囲気を出しているが、この恰好で団員として手伝うわけにもいかないし、小さな女の子を送るという重要な任務だ。


 これから町中にいる狼の捜索と、侵入経路を探す仕事は他の団員に任せよう。





 まさか屋敷に帰ったらトテとだらだらなんてできないので、自分にも出来ることを考える。


 まずは屋敷にも狼が侵入していないかの捜索だ。寝ている時に襲われたら嫌だからね。


 あとは食事の準備か……。


 町中を走り回った後に、狼の死体を燃やすのだ。いい香りをさせながら、炭になっていく肉を見ているのは辛いだろう。


「ルクスル、私も何かしたい」

「うん。みんながお腹を空かせて帰ってくると思うから、料理を作ろう。最初にトテに食べてもらいたかったんだけどね」


 団員総出で町にいるはずなので、おそらく屋敷には誰もいないはずだ。手の空いている私たちがやるべきだろう。

 問題は食事の準備を手伝ってくれる人がいないので、ちゃんと美味しく作れるのか不安なことだ。

  

 町から屋敷までの道のりでは狼には会っていない。

 周辺の狼たちはみんな町に行ってしまったのだろうか。意図がわからないが、それは首領たちが探ってくれるだろう。


 陽が落ちてきた町を振り返りながら屋敷の中に入ると声をかけられた。


「おかえりまさいませ」


 やけにちゃんとした挨拶だ。

 ……見ない顔だ。新人かな?


「……挨拶ってこんな感じでいいんでしょうか? まだ手探り状態で……。ムカイ様は急いでどこかに行ってしまいましたし」

「いいんじゃない。私は『おっす』でも気にしないし。ただ、トテに手を出したら駄目だよ?」

「それはもちろんです」


 線が細い、長身の男の人だった。屋敷の入口で入ってくる人を確認してくれているのかな。


「私はトテって言います。よろしくおねがいします」

「こちらこそ。私はムイギと申します。……昨日、町の方で人員の募集をしていましたので、こちらにお世話になりに来ました」


 昨日のあれか? 首領が広場で大声出してた時の。

 団員としてではなく、屋敷の管理の方をしてくれているみたいだね。


「私はルクスル。ところでムイギさん、屋敷の中には誰かいたりしますか?」

「……正直言いますと、わからないですね。ムカイ様を含めてたくさんの方が出て行きましたが、残っている方もいるかもしれません。……帰って来たのはあなた方が初めてですが」


 なるほど、狼が入ってきているかもしれないから、軽く散策しながら残っている人がいるか探してみようか。……食事の準備を手伝ってくれそうな人を。

 ムイギさんは入口で仕事があるみたいだし、食事の手伝いは頼めそうにはないな。


「トテ、屋敷の中を少し散歩してから食事の準備しようか?」

「はい!」

「それではムイギさん、またあとで……」


 屋敷の中を探してみたけど、狼が入ってきている感じは無かった。

 鍵がかかっている個人の部屋までは探せないし、もしかしたら寝ている人もいるかもしれないので、駆け回りながら大々的に探すわけにもいかなかった。


「ルクスルー、こっちが厨房」


 ……広い。

 見たことも無い器具も並んでいるし、どうやって使うんだこれ?


「こっちが貯蔵庫ね、入ってるかな?」


 朝に食事は作ってたし、必要な物は棚に綺麗にしまわれていた。貯蔵庫の扉を開けて、ぶら下がっている肉の塊を取り出す。

 野菜やら調味料の場所を確認してから、大きな鍋に水を入れた。


「何人分作ればいいんですか?」

「作れるだけ」


 町で狼の捜索をしている団員の他にも、別の場所で仕事をしている人もいる。夜や朝に帰ってくる人もいるし、作り置きしておく分も必要だ。


「……それを二人でやるんですか?」

「大変な気がするけど、……今日は帰って来ない可能性もあるから、ゆっくりやればいいよ」


 まずは調味料をドバッと入れた。

 これでも足りない気がする。野菜から水も出るし、味は薄くなってしまうはずだ。隠し味なんて、危ない橋を渡る気はないので、今見える調味料だけを使う。朝にも使ったんだし特別な場所に置いてあることも無いだろう。


「ルクスル、それ大丈夫なんですか? 何を入れたかはわかってます?」


 ……まずかったかな? 不安になること言わないでよ、トテ。


「何か、ぐーってします」


 味見したトテがよくわからないことを言ってる。


「……ルクスル、お肉切ってもらえますか?」

「おっけい! 切るのは得意なんだ」


 トテは真剣な目で鍋をかき混ぜている。

 ……やっちゃったかな?


 トテがいろいろな調味料を鍋に投入していく。

 その都度、味見をしている。


 ……もしかして、トテは料理できるのか?


 浮いている野菜を鍋から取り出しているし。せっかく入れたのに、……とか言えるわけない。厨房の中は火を扱っているので熱くなってるけど、冷や汗が出てる。


「……トテ?」

「……何ですか、ルクスル?」

「怒った?」

「怒るのは、私じゃなくて、おじいさんたちです」


 ……がんばろう。


 鍋に切ったお肉を入れてさらに煮込む。トテは鍋から泡みたいな物をすくって捨てている。……何かもったいない。


「ルクスル、とりあえずですが、味見してみてください」

「……トテが作った物がまずいわけないじゃん」


 トテの手料理だ。

 味見だけど、私が最初に食べられるのは嬉しい。


 肉と野菜が煮込まれたスープを一口すする。


「…………」

「どうですか?」


 ……なんで?


「……おいしいよ」

「よかったです!」


 得意げなトテの表情。

 私はそれに笑顔で答えるしかない。


 ……なんで、スープの中に、毒が入ってる?


 一緒に作った。

 それなのに……。


 トテが頑張って作ってたのを、隣で見てた。


 トテ?

 

 ……。

 まあ、いいか。


 これくらいで死ぬ、やわな団員も居ないし。

 

 首領たちには、二人で作っちゃいましたって正直に言えばいいし。

 疲れて帰ってきたのに、毒入りスープを飲ませたら怒られるとは思うけど、首領は食材が無駄になるのを嫌がる人だから、しぶしぶでも食べてくれるはず。


 ――――問題は。


 ……トテがせっかく作ったのに、毒が入ってるからマズいって言われること。


 味じたいはおいしいのだ。

 本能は飲むなって拒否すると思うけど、頑張ったトテをがっかりさせたくはない。


 おまけとしては、何で毒が入っちゃってるか。


 どこから入った? トテが見てるのに食材を一つずつ調べるような変な動きはできないし、最悪、毒が入ってしまっているってトテにばれる。


 料理は作り終わってるし、食材を調べるのは後でもいいか……。


 あとは、……誰が毒を入れた?

 まあ、二人で作ったんだけど、そういうことじゃなくて、ここに毒を持ち込んだ人……。


 ……そうか、入れるのは簡単か。


 首領も含めて、屋敷から出て行ったみたいだし、入れるチャンスはいくらでもあった。

 狼が町に入って来たことと関係あるのかな?


 あ、そういえば居た。


 ムイギさんって新人が扉の前で入って来る人を確認してたはずだ。


 むしろ、あの人が怪しい。


 話を聞くついでに、毒入りスープを持って行って、どういう反応をしてくれるか試してみるか……。


 書きたかったことその1


 毒入りスープを作っちゃったトテと、それを誤魔化そうとするルクスル。


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