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辺境の地に大豪邸を  作者: ひろにい
15/82

15 恋は戦争

 小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK?



 不安そうに小さく手を振ってくれたトテと別れて、私は領主を探しに行くことにした。領主が走るだけで緊急事態かと町の人たちが騒ぎ出すし、いつも余裕ぶっているので走るなんてことはしないはず。

 見つからなかったら領主の屋敷の方に顔を出せばいいし、もとより急ぎの話ではないのだ、別に会えなくても問題は無い。

 

 ただ、トテに合流するのが遅くなるのはよろしくないので、仕方なく走っているだけだ。


「……ルクスルか? トテはどうした」


 領主はすぐに見つけられた。別れた場所からさほど動いていない。

 いつものように市場調査とか言い張って、店の椅子に優雅に腰かけて一人で食事を楽しんでいるようだった。


「あんたに確認したいことがあって。……最初にトテのことを聞くってどうなの?」

「貴重な人材だからな。気にするのは当たり前だろう」

「そういうことにしておくか……。トテに仕事を与えてくれたのは感謝してる。今のところは大丈夫だったけど、そのうち暇になっちゃってたと思うから」

「やるべきことを与えてやれば、町から去る理由は薄くなるからな」


 しかも領主の依頼で家を建てる真っ当な仕事だ。

 普通は家を建てる仕事なんて半年はこの近辺から動けなくなるものだが、トテならすぐに終わってしまうだろう。それまではゆっくりと、トテが自分でやりたい仕事を一緒に探せばいい。


「……トテとのことは、もう大丈夫だから。報告はしておく」

「どうだか。……お前は、トテが皆からどう見られているのか理解しているのか?」

「……どうって、……小さな女の子で? いつも私の後ろにくっついてる……見たことが無い子?」


 だからトテを町の人たちに紹介するために連れまわしているんだけど。こんな町だ、ちょこちょこ歩いている姿を見れば、戦うことはできそうにない無害な子供だとわかってもらえるはずだ。


 あと、私が一緒にいるのだから変なちょっかいはかけて来ないだろう。


 …………。


 今は、離れているけど?


 ぴーーーーー!


 笛の音!


「――――どこからだ!?」

「南の方かな? ……何か起きた!?」


 答えるように、いくつも音が鳴る。

 私もふところから笛を出して吹く、団員はここにも居ると伝えるため! 


「全員聞け! 領主のミュルティクレ・ジッ……!」


 ……噛んだ。


「……私がこの町の領主だ! 謎の音が聞こえている! 事態がわかるまで家の中に避難していろ! 決して外には出るな!」


 領主が町の人と話している間に少しでも情報を得るため、高い建物の屋根に飛ぶ。最初に音が鳴った南の方で土煙が見えた。


 ……何かと戦っている!?


「私が指揮を()ろう」


 領主が私の隣に並ぶ。

 笛を取り出し、低い音を長く吹く。何種類かの音が出せる特別性だ。


 音に気付いて、何人かの団員が屋根をつたって領主の(もと)へ集まろうとしている。


 何かが起こっているのが、遠くにいくつか上がった土煙で確認できた。


 怖がっていないだろうか?


 ……トテは!?


「副首領命令だ。ルクスルはトテを探しに行け」


 どうして、そこまでトテにこだわるの!?


「この混乱に乗じて、何か仕掛けてくる奴がいるかもしれん。……ありえない速度で屋敷が建ち、そこに現れた外から来た子。……勘付く者もいる」


 この町は王都からは離れてはいるが、噂くらいは耳にした人がいるかもしれない。凄腕の建築家がいると。……何より追われている身なのだ、トテは!


「了解! トテを探しに行きます」

「頼む」


 便利な道具?

 そう思っているだけならいい。


「……トテ」


 想い人の名前をつぶやく。


 トテから離れるべきでは無かった。


「あいつらに任せたのは失敗だったかも。……ん?」


 屋根をつたってトテと別れた貧困街に行く途中で、眼下の道で狼の群れが走っているのが見えた。相手もこちらに気づいたようで、元来た道へと戻り、私と並行するように走りだす。


「――――何で、こんな時に!?」


 こんな時だからだろう。もし、トテを狙っている奴がいるのなら、そいつが狼どもを町に入れたのか……!?


 私がこのままこいつらをトテの元へと連れて行くわけにもいかないので、屋根から道へ降りて、狼たちの行く手を塞ぐ。


 気合を出すための掛け声はいらない。

 こいつらに構っている暇も無い!

 邪魔になるので、刀身が長い刀は持ってきていない。それでも、小さな刃物なら無数に隠し持っている。


 飛び掛かってくる狼を小さな刃物で受け止めた。


 牙は止めたが、そのままの勢いで腕が振られ爪が顔前に迫る。頬の肉がわずかに削り取られたが、狼の股下に潜り込み刃物を腹に突き立てた。

 内臓で暴れるように刃物を狼の身体ごと蹴飛ばし、距離を取る。


「半端に切り刻まれる気分はどうかな?」


 刀身が短いので身体をバラバラに切り飛ばすことはできない。

 それでも、狼は腹の中を傷つけられ、口から血を勢いよく吐き出す。


「……近くに仲間はいないのかな? じゃあ、君たちはここまでだ」


 力が抜けてうずくまる狼の身体を使って、私の視界からは見えないように、別の狼が私との距離を計りながら移動を開始する。さらに別の狼が、抜き足で私の後ろに回り込もうとした……。


 その脚を、その身体を、(まと)めて切り飛ばした。


 何が起こったかわからない狼たちを置いて、私は糸を素早く回収して走り出す。


 狼の群れはただ歩けなくしただけだ。それでも、動けないのだから放っておけば出血多量で死ぬだろうと判断した。ここと反対の南側でも戦闘が起きているのはさっき見えた。いちいち止めを刺している暇も無い。


 まだまだ狼はそこら中に居る。


 ……向かっている道の先で轟音が聞こえた。


「――――戦ってる?」


 建物が崩れる。

 道が瓦礫で塞がれる。通れそうには無い。

 しかも、建物が壊れるほどの戦闘だ、この先には余程の大物がいるかもしれない。ここでも時間を取られる訳にはいかない。


「……あれ?」


 建物って、そうそう崩れるものか? 今は静かだし、何かが暴れている様子も無い。

 

 考えられるのは……。


(――――ここでお別れ)


「トテーーーー!!」


 叫んだ。

 声に釣られて狼が集まってくる考えは元から無い。


 ――――この向こうに居るかもしれないのだから!


「……ルクスル!?」


 ――――聞こえた!


 道が通れないなら、屋根づたいに行けばいい。


 屋根の上から崩れた向こう側を見る。


 私が好きな人が手を振りながら跳ねているのが見えた。


「トテ! 無事!?」

「大丈夫です。怪我は無いです。みんなが助けてくれました」

「……助けられたのは、俺たちだっての。まさか建物を壊して壁を作れるなんてな」


 やっぱりトテの力だった。


「ルクスル、何が起きてるかわかるか? この狼どもはどっから来た……」

「ごめん、わからない。笛の音が聞こえて、トテを探しに来て、……今は領主がここの指揮を()ってる」


 狼のことはもういい。トテを安全な場所まで連れて行くのが先だ。


「――――ルクスル! 怪我を!?」

「ああ、このくらいなら大丈夫。痛くはないから」


 トテがコートのポケットの中を探っているが、私はお構いなしに手の甲で顔の血の跡を拭った。

 私を心配してくれるトテを愛おしく思う。


 その姿を、私と同じ瞳で見ている人がいた。


 ……やけに、トテとの距離が近い、と思う。


「……トテ、とりあえず領主のところに行くか。怖くて歩けないとか言わないか?」

「大丈夫です。子供じゃないんですから」


 その男の手がトテの肩に触れた。


 嫉妬の炎が燃え盛る。


 ……私のトテに何をしようとしている!?


 戦闘の後だ、心はとっくに高ぶっていた。


「――――トテから離れろ!!」


 感情が爆発した。


 いつもなら何でもないことだが、状況が悪い。

 見過ごすことはできなかった。


「何だよ、ルクスル?」

「どうしたんですか!? ルクスル」


 危険だ!

 トテを私の背後にかばう。こいつから見えないように。


「ルクスル、この人はわけもわからない私を助けてくれて……。いい人です!」

「そうだとしても、こいつは私からトテを奪おうとしているかもしれない……!」


 そんな考えを許すわけにはいかない。

 トテは私のだ。やっと見つけたんだ!


「何で、わかった……」


 邪魔な物を見るように、私に敵意を向けるこいつの感情は読めない。諦めてくれればいいのだけど、気持ちが激しくうごめいているように見える。


「ちょっとトテに話があるだけなんだけどな。……いつもルクスルがそばにいるみたいだったから、今しかチャンス無いと思ったんだ……。お前、戻ってくるのが早すぎんだよ!?」


 こいつの他にも団員が周りにはいる。まさか、こいつらも話があるとは思えないけど。

 私の考えは当たったみたいで、他の団員は一歩引いた。


「おい、まさか……こんなとこでやる気か!?」


 それでも仲間だったみたいだ、事前に話はしておいたらしい。


「ルクスルに知られてるってことは、……早めに言ってしまった方がいいだろ? 俺としてはちゃんと段階を踏みたかったが」


 お互いを睨みつける。


 トテだけが蚊帳の外にいるが、本当ならこれはトテの問題だ。……私が横から言うべきではないが、ここでこいつらのすることを黙って見ていることは、私にはできそうにない。


 相手が直立不動の姿勢を取る。


 私はトテの頭を両手で挟み込んで――――。


「トテ! お前のことが好きなんだ。付き合ってくれ!」

「残念でした! トテの耳は塞いでいるから、聞こえませんー」

「あ゛ーあ゛ー、ルクスル聞こえないんですけど、どういうことですか?」

「ルクスル! てめえ汚ねえぞ!」


 ……ふう、危ないところだった。


「これは俺たちの問題だぞ! 姉ごときが横から出しゃばってくるんじゃねえ! トテが決めることなんだぞ!」

「トテは私を選んでくれたんですー。いきなり出てきたのはそっちでしょ!?」


 私だっていつもトテといるわけではない。どこかに呼び出されてしまうかもしれないし、連絡方法はいくらでもあるのだ。

 

 ……なので、こいつはここで黙らせる必要がある!


 ――――至近距離で睨み合う。


「だめーーー!!」


 トテが割り込んで、私たちを引き離した!?


「ルクスルは私のなんです!」


 ……勝った。


「……ああ、あなたトテに言うことがあるんだっけ? どうぞ言ってみて? 今度は耳塞いだりしないから♪」

「――――ちくしょう! 余裕の笑みしやがって!」

「二人だけで仲良く話しないで!」

「大丈夫だよ、トテ。私はこの人のこと何とも思ってないから。でも、その人がトテに話があるんだって、聞いてあげて?」 


 心配することは何も無かったみたいだ。

 ……トテもこの人に敵意を向け出したし。


「……? 話って何ですか? そういえば名前をまだ聞いてなかったですね」


 ……止めだ。ナイス、トテ!



 前話の猫は使いたかったなー。

 本当はトテを探している時にルクスルが見つけて、次話でトテが飼いたいっていう話にしようと思ったけど……。

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