14 包囲戦
ルクスルから詳しく聞いてみると、貧困街と言われているけど、実際は私たちが所属している盗賊団のアジトらしい。
「支部みたいなもの?」
紛らわしい!
「建物は古いけど、ぼろぼろの外壁の中はちゃんとした家だよ」
ルクスルが言った通りに、壁に穴が開いている家はあるけど、その隙間からは中の様子は見えない。崩れそうな壁を補強したうえで、中に何故かちゃんとした家を建てているらしい。
こんな建築方法もあるのかと感心するけど、何でこんな面倒な作りに……。
「わざとこんなぼろぼろの街並みにしてるの。……盗賊団のアジトだから」
日光が遮られて、路地が暗くなってるからね。普通の人は怖くなって引き返すか……。
「そのために、俺たちが見張ってるんだよ」
怖そうな男の人たちは仕事中だったらしい。
「たまに興味本位で入ってくる奴がいるからな。出られないのを俺たちのせいにするのもいる……」
道が微妙に曲がってたりしてて、方向感覚が狂いやすいらしい。私もここから一人で帰れる自信は無い。
「それで、どうするトテ。家、建ててみる?」
少し興味はある。
新しい見た目の家なら簡単に建てられる。
でも今回は、すでに建っている家に合わせて、ぼろぼろの家を建てる必要がある。
「おもしろそうだから、建ててみたい」
「それなら、本当に誰も住んでいない空き家がある。そこから、俺たちは木材をひっぺがして使ってるんだ。……それでも、新しく建てるなら材料がまだまだ足りないな」
「領主の依頼なら材料費ぐらいもらえるんじゃない? 私、探してくるよ。まだその辺にいるだろうし」
……そういえば領主はついて来ていない。
きっと私みたいに、ここに来るのは怖かったんだね。
「空き家はこっちだ。何件かあるから、そこの木材を集めれば家の一個くらいは建つだろ」
走り出したルクスルを見送ってから私は男の人たちについて行く。……離れるのは寂しいけど、それ以上に、同じ団員の人たちにいつまでも怯えていては悪い気がした。引き攣った笑顔にならないように、不安気な顔にならないように注意した。
「トテってさー、何でここまでしてくれるんだ?」
男の人に話しかけられてしまった。
別に今まで男性と話したことが無いわけではないけど、緊張してしまう。私より年上だし、やっぱりまだ怖い。
珍しくルクスルが近くには居ないし、知らない場所で男の人たちに囲まれているのだ。
それでも、当たり前だけど、会話くらいできる。
「えーと、……困ってそうだったから?」
「これでも今まで問題無くやってきたんだぞ。新しい家は欲しいけど、そこに誰が住むかってなると正直面倒な話になる」
新しい家には誰だって住みたいものだ。私の力は、ここでは争いの種にしかならないようだ。
「……私も本当は、ここにいるのは怖い」
「だろ? 無理すんな、帰ってもいいんだぞ」
優しい人だ……。
それなら私も本音で伝えるべきだ。
私は他人のことを、そこまで考えていない。
だから一度、……全部捨てて、逃げた。
領主の話なんか聞いて、暗い路地の中まで入って、さっきまで怖がってた人たちを、私は手伝おうとしている。それでも、私がここに居る理由……。
「でも、……がんばったら、ルクスルが褒めてくれるから」
それだけだ。
大好きな人がいたから、私はここまでついてきたのだ。
「そうか……」
満足な答えであるはずがない。
「……言っておくがな!」
前を歩いていた男の人が、歩く速度を抑えて私に並ぶ。囲まれてしまった。……怒らせたかな?
「男だって、恋愛話は好きなんだぜ」
その笑い方は首領とどこか似ていた。
「ルクスルのことが本当に好きなんだなー。甘えてる姿が姉妹みたいで可愛かったし、……どこが好きなんだ? お兄さんに言ってみ?」
「かっこいい、とこ……かな?」
「格好良いっつーか、怖くね? たまに殺気飛ばされるけど、何かいつも怒ってるんだよな、あいつ」
怒ってる……かな? いつも笑ってるけど。
「ルクスルはすごく優しいですよ」
「そりゃあ、猫かぶってるからだろ。いつか躾とか言って、刃物取り出すぞ、きっと」
え? ルクスルって本当は怖いの?
「最近は笑ってるけどよ、あの笑顔が逆に怖い」
「ルクスルだって、可愛いところがあるんです! 離れたくないーって泣いてましたし!」
「泣くの? え? あいつが!?」
すっっっごい、なきますよ。
たとえば……!
…………。
……たとえば?
「何で、赤くなるんだよ?」
「……いえ」
言ったら怒られると思う……。
昨夜のことなんかを思い出してしまって、うつむきながら路地をさらについて行く。
「……着いたぞ。ここだ」
周りにはいくつか廃墟みたいに崩れてしまっている家があった。屋根も無ければ、壁も一部が無くて、中には余った木材が積み上げられている。
「資材置き場みたいになっちまってるから、ここを何とかしてほしい。土地はあるんだから有効活用しないとな」
まずは廃墟の家を綺麗に解体にして更地にしようかな。使う木材を一か所に集めて、一軒づつ造っていこうか。新しく造る家の壁は、ぼろぼろの家の木材を使えば周りの家と景観は合わせられる。
「これならすぐに造ることはできそうですけど」
「……俺はあの屋敷が建つところを見た。すぐって言うならすぐなんだろ? 家が出来ちまった後のことは気にすんな、こっちでなんとか話し合うさ」
建てるならやっぱり頑丈な家かな。他の家には二階もあるようなので、高さを合わせるように造ってー。
……何か動いた気がする。
置いている木材から、カタンと音がした。
「大丈夫だと思うが、一応離れろ。この辺りはネズミとか猫とかが住み着いてるんだよ」
じっと見ていると、倒れている木材の隙間から小さな猫が顔を出した。
……しばし、見つめ合う。
「……猫だな、どっから町中に入って来たのやら」
猫は逃げるでもなく、木材の間に座り込んでいる。それでも、その瞳は私たちから逸らされることは無い。
ぴーーーー!
……笛の音?
どこかで聞いたような。
盗賊団が使ってた笛かな?
「――――デザンヌの笛だ!」
音色で誰の笛かわかるらしい。……そういえば私の分は貰ってないや。森でルクスルから渡されたのは、返してしまったし。
「……何かあったらしいな。……トテ、俺らから離れるなよ」
ルクスルは居ないしちょっと怖いかも。
私は何もわかってないのに、みんなは緊張していて疎外感を感じる。
「――――どっから入ってきた!?」
……何が!?
殺気が私を包みこむ!
わけもわからずに、怖くて立っていられなくなる……!?
男の人の背中が視界いっぱいに入ってきた。……かばわれている?
「ギャオン!」
突風からの咆哮。
何かに襲われそうになったことに気づいたのは、男の人が刃物を抜いて、何か大きな物を受け止めてくれた後、それが後ろに飛んで距離を取り、双方が睨み合ってからだった。
……狼?
どこから来たの?
……疑問に思うのが遅すぎる。
やっぱり私は戦えない。
相手は攻撃の意思を牙に込め終わっているのに、私はどこかに隠れてやり過ごせないかとしか考えられない。
「――――離れるなよ!」
逃げ出したい気持ちを落ち着かせる。
……それでも狼だ。さんざん森で狩って食べたのだ。
さらに何匹かの狼が合流してくる。
……何匹いるの?
囲まれてしまっている気がする。
あちこちから、低い唸り声がする。
「――――ルクスルに頼まれてんだ!!」
その名前を言わないで。
叫びたくなる。
何でこんな時に居ないの!?
深く息をしようとすると、喉が小刻みに震えるのを感じた。
笛の音がいくつも聞こえる。
煩いくらいに鳴るそれは、何かが起こってしまったことを伝えた。
――――猫はとっくに逃げ出していた。




