13 貧困街へ
話は全然進まないけど……いいんだ。
百合がたくさん書けたから。
朝ご飯を作ってくれたドーアさんの居場所を首領に聞いてみたら、狩りに行ってしまったということだったので会えなかった。
お皿を洗い終わったついでに、置いてある調味料の在庫を確認してから、町の店でご飯のおいしい作り方を聞いてこようという話になった。
顔を隠すために昨日買った帽子を取りに部屋に戻る。
「かわいいよー」
ルクスルに褒められたので帽子の位置は良いみたいだ。
「ルクスルは帽子とか、被らないんですか?」
「……落としちゃいそうだし。走ったり、飛んだりするから」
獣を狩りに行くのが仕事だしね。……昨日今日と、仕事を休んでいるような気がするけど大丈夫なのだろうか。
ルクスルはこのままついて来てくれるみたいだし。
「……ルクスル、実はこの屋敷には裏口があるんですけど」
「そっちから出よう!」
……つまりはそういうことらしい。
屋敷の裏にある小さめのドアから外に出る。周りには誰もいないようだ、ルクスルが先に出た。
「よし、早く逃げよう」
なんだかわくわくする。
昨日も町には行ったけど、二人で隠れながら出て行くことに楽しくなってくる。
夕方には戻ります。
町までの道は砂利道だ。
両脇には背の高い草も生えてて視界が悪いので整備した方がいいかな。石畳にしたいけど、大きさじゃなくて、石は数が必要なんだよね。集めに行くのはめんどい。
「トテ疲れたよね、背中に乗っていいよ」
……出たばかりだけど。
でも、背中を向けてしゃがんでるルクスルは動く気は無いらしい。
おずおずと、ルクスルの肩に手を乗せてから身体を預ける。
「……重くなったねえ」
そんなに背負われたことはないんだけどね。
私を背中に乗せたルクスルが立ち上がる。
……もしかして、ルクスルは物凄い速さで走る気では? そんなことを思ってしまったけど、ゆっくりと歩いてくれた。
「……温かいね」
うん。
人って温かいんだ。
私が避けてきた当たり前のことを、ルクスルが教えてくれた。
「ルクスル、疲れない?」
「大丈夫! 今、補充中だから」
何を? とは聞かない。
私もだ。
「……安心する」
身体の力が抜けてしまう。
このまま眠ってしまいそうだ。
「……トテ、残念だけど、門が見えて来た。……門番が一人走ってくるよ、何だろうね」
見られるのは恥ずかしい!
「ルクスル降ろして!」
「……え? もう我慢しなくていいんだよね。トテが可愛いから背負っちゃってるって、詳しく説明してあげたいんだけど」
昨日はそんなことを言ってしまったけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。この真っ赤な顔は見られたくない。
「おい! 大丈夫か!?」
門番さんが息をきらして駆け寄って来た。
何か慌ててる。
「大丈夫、怪我して動けないとかじゃないから。背負いたかっただけ」
「ルクスル! 紛らわしいまねすんな!」
昨日と同じ門番さんだ。……怒られてしまった。名前はなんだったかな?
「……熱があるんじゃないか?」
「え!? 本当に!? ……トテの顔が赤い、おでことおでこで熱を測るしかなさそうだね!?」
わざとか!?
みんなの前でも我慢しなくなったルクスルはうざいらしい。
「本当に大丈夫ですから。……ルクスル降ろして」
触れ合っていた箇所が熱い。ぱたぱたと手で扇ぎ、身体の熱を冷ました。
「何でもないならいいんだけどよ。……町に来たんだろ、早く入れ」
ルクスルに背中を押されながら門をくぐる。
恥ずかしさの余韻がまだ残っていて、いつもと変わらずに繋いでくれた手の意味が、いつもと違う感じがした。
「トテ、どこから行こうか?」
「……家具から見に行きましょう。その後に、ご飯のことを調べよう」
「りょーかい♪」
今の私たちの姿を見られることに恥ずかしさを覚える。
お互いに好きだとは言っていたけど、私からも歩み寄ってしまったことを知られてしまったらと思うと、二人の関係が昨日とは少し違うと考えると、顔が赤くなるのを抑えることができない。
それでも、ここは屋敷ではない。
ルクスルは私のだとみんなに主張するために、離さないように強く握る。
ルクスルも、もしかして昨日こんな感じだったのかな。
「誰にも、渡しくたくない……」
「おっ、トテにもわかってもらえた? すごく不安だよね」
「……うん」
町にはいろんな人が行きかっている。
知らない店がたくさんある。
見に行きたい物、楽しそうに話している人がいると走り出したくなる。
「……だから、手を繋ぐんだよ!」
少し、ルクスルが焦っていた気持ちがわかる。
大好きな人が、他の人に興味を持たれるのが怖い。
「――――探しましたよ!」
ああ、大丈夫。この人に興味は無い。
「何か用ですか?」
ルクスルが機嫌悪そうに、いきなり会話に割り込んできた領主を睨んだ。
「……用がある、と首領に伝えたはずでしたが?」
「聞いてないって言ったら嘘になるから……、どうしようかトテ?」
「はっきり、会いたくなかったって言えばいいんじゃないかな」
昨日もこの人のせいでルクスルと遊べなかったのだ。邪険にしてしまうのも、しょうがないと思います。
「実は、トテに家を建てて欲しいのですよ」
領主は勝手にしゃべりだしてしまった。
家を建てるのは魅力的な話だけど、ルクスルより優先することなんてない。
とりあえず、聞く気はないという意思を示すために、両手で耳をふさいでおく。……ルクスルも真似してくれた。なんだか楽しくなって、領主を二人で睨む。
「その様子では、ルクスルの方の悩みは解決したようですね」
「うん、もう大丈夫だから。……あんたは帰って」
「それでは、お節介で考えついた話はやめましょう。純粋に、この町の人々の生活を守る領主からの頼みです。……この町では、満足に住む家もない人たちが集まるような場所がありまして……。俗に言う、貧困街というやつです」
……この町でも、そんな場所はあるの?
「トテの優しさにつけ込むなんて!」
「ははは! なんとでも言ってください! ですが、これでそういう場所があると知ってもらえたわけです」
……気になってしまう。私が居ればって考えてしまうのは、傲慢かもしれないけど。……手伝えることはあるはずだ。
「ルクスル、……行ってみたい」
「ああ、もう! ……トテの悲しむ顔が見たくないだけで、話を聞くのは今回だけだからね!」
ルクスルが私の手を引いて歩き出した。……案内してくれるようだ。
どんな人が住んでいるところなのか、想像はつくけど少し怖いかも。首領とかも一緒にいた時に行けばよかったかな。
ルクスルはどんどん人気の無い路地に入っていく。建物の高さが変わり、道は薄暗くなっていく。
……止めておけばよかったと後悔した。
「トテ、今度こそ本当に疲れてない?」
「……大丈夫、です」
繋ぐ手に力をこめる。
壁にひびが入っている建物が増えてくる。もう入っちゃったのかな……?
「おい! お前ら……」
路地の先で座り込んでいた人たちに声をかけられてしまった。ルクスルの後ろに隠れそうになる気持ちを抑える。……私が行きたいと言ってしまったのだ。
震える身体でルクスルの前に出た。
「……何、ですか?」
声の震えを抑えることは出来ない。
……どうやら私はここまでのようだ、ルクスルの身体にしがみつくしかなかった。恥ずかしさではなく、恐怖が勝った。
「……怖がってるトテが可愛い」
そんな場合じゃないでしょ。
男の人たちはゆっくりと近づいてくる。
……何か見覚えがある人たちだった。
「トテ、怖がってないで挨拶。大丈夫、同じ団員だから」
……一緒に屋敷のテーブルでご飯を食べた気がする。
「迷ったのか?」
「違いますー。トテが来てみたいって言ったから」
「え? じゃあ、ここにも屋敷を……」
「建てません」
仲良さげに会話している。
恐怖はどこかにいった。残ってしまったのは……。
「恥ずかしがってるトテも可愛い!」
ごめんなさい。




