10 領主
ルクスルの性格がまだつかめません。
トテは悩ませとけばいいって感じなのですが、ルクスルが勝手に動かない。
「お邪魔します」
私は声をかけながら店内に入る。ルクスルは無言。
店の中では数人が皮の鎧のような物を手に取ってみていた。
「トテ、こっちがコート」
楽しそうにおしゃべりできる雰囲気ではないので、大人しくルクスルに駆け寄る。
「可愛い奴、可愛い奴……。トテこれ着てみて」
ルクスルから受け取ったコートを着て、その場でくるくる回ってみる。ルクスルは何故か顔を隠してうずくまっているが、できれば顔を隠せるフード付きのがいい。着ているコートを戻して、自分でも探してみる。
「……こっち? いや、こっちか!」
一通り着て選び、最終的に薄茶色のコートに決めた。
「トテ、サイズはどう?」
「肩のところが少し大きいかも……、丈は、……大丈夫だけど」
「よし、直してもらおう! すいませーん、おじさん」
店番していたおじさんが鬱陶しそうな視線をこちらに向けた。
「なんだよ、ルクスルか。……お前とは話したくねえ」
……嫌われてるようだ。
「私とは話さなくていいよ。でも、この子の話は聞いて、肩のところを直してほしいんだけど」
「ほう、素材はいいな」
「でしょー、可愛いでしょ? トテ、回ってあげて!」
……そういう意味じゃないと思うよ。服の材質とかだよ。
「小さくて、いいな! 俺のことはお兄さんと呼んでいいんだぞ」
駄目な人だった。
一歩、距離を取っておく。
「肩だな、そこを直して……、もっと着飾った方がいいんじゃねえか? ……帽子被ってみるか?」
以外なことに、その眼は真剣だ。
帽子か……、暑い地域じゃないみたいだし、いらないんじゃないかな。
「ふんふん! 他はどうすればいい? 私、そういうことはわからなくて……」
「可愛い子に可愛い服を着せるのは義務だぞ! だが、ただ可愛い服を着せるだけじゃ駄目だ。どの服が可愛いか、それが似合うかどうか願いながら探すんだよ!」
「よくわからないや、可愛いならいいんじゃないの?」
「だから、お前は駄目なんだよ!」
私も言っている意味がよくわからない。
職人ってこういう物なのかな?
「とりあえず、これを被らせてみてくれ」
渡せれた帽子を被ってみる。自分では似合っているのかわからないのは残念だ。
「……いいな!」
「……いいんじゃない!?」
二人に褒められて、少し上機嫌になる。
買う気は無かったけど、似合っているならいいかな。
「嬢ちゃん、武器は何を使うんだ?」
「トテは戦えないよ、……本当にそうなの、トテ?」
「……戦えません!」
はっきりと否定しておく。
前線に出るなんて、怖くて無理。
「その小ささなら、大剣を背負わさせるのがロマンなんだが、それだと可愛いコートには似合わんと思ってな」
「重いと振れないじゃん」
「……だから、ロマンなんだ! まあ、せいぜいナイフくらいか。普段は背中に隠しておくんだぞ」
だから、戦いません。
「ナイフも可愛い方がいいかな?」
「命にかかわることだから軽々しく言えないが、ナイフまで可愛いと弱く見られるからな、装飾が綺麗な奴の方がいいんじゃないか」
「よし! 次はトテに似合うナイフを探しに行こう」
似合う奴じゃなくて、使える奴を探してほしい。……使えそうにはないけど。
「ルクスル、ナイフはまた今度でいいよ」
「……それもそうだね、私がいるから大丈夫か。部屋に麻痺毒付いたナイフあるから、それはあとで渡しておくね」
それもいらないんだけど。でも、護身用としてなら持っておいた方がいいのかな。
コートと帽子の代金を払って店から出ると、誰かが叫んでるのが聞こえた。
もしかして町中で戦ってる? 獣が入って来たとか……。
「広場の方かな? トテは私から離れないで……」
他にも多くの人が集まろうとしている。ルクスルからはぐれないようについて行くと、町の広場にはたくさんの人がいた。中心に居て話をしているのは、盗賊団の首領、おじいさんだった。こんなところで何してるんだろう。
「……うあー、あれたぶん、勧誘してるんだよ。盗賊団に……」
こんな町中でそんなことしていいの? 領主とかに怒られない?
「トテ、あそこに居るのが領主。……あの人の居るってことは公認なんだね、戦闘とかじゃなくて、屋敷関係の仕事っぽいから、こんなとこで勧誘してるんだよ」
「じゃあ、大丈夫なんだね。……そうだ、私領主に聞きたいことがあったんだ」
「ええー、トテに近づけさせたくない。私が変わりに挨拶してこようか?」
「駄目だよ、ルクスルは専門的な話できないから。……お風呂入りたいでしょ?」
「……お風呂!?」
ルクスル、うるさい……。
周りの人がみんなこっちを向いてしまった。視線に耐えられなくて、ルクスルで隠れようとしても無理だった。
「ルクスルじゃねえか、こっち来い」
ほら、おじいさんにも見つかった。
大人しくゆっくり近づいて行くと、ルクスルが領主に見えないように私を後ろにかばう。でも、領主に用があるのは私だ、その一歩前に出た。
「私はトテと言います。……あなたが領主さまですか?」
帽子を取ってから挨拶する。私の顔を知っているかも知れないけど、礼儀を怠って盗賊団のみんなにまで迷惑はかけられない。
「そうだ。……君か、屋敷を建ててくれたのは」
「はい」
恭しく礼をする。しばらく森にこもっていたが、作法は忘れてはいなかったようだ。
「トテ、やめて!」
「そうだ! トテやめろ! かゆい!」
え?
領主と話しているんだから会話に割りこまないで!
「……教育がなっていないようだな。ムカイ?」
身体が強張る。……領主を怒らせた?
「悪いな、まさかここで領主に会うとは思ってなかったもんで。……トテ、こいつがここの領主だ。こいつ呼びで構わないぞ」
「いいのですか?」
「違う! 聞く時は、いいんじゃね? だ!」
「イインジャネ?」
「良いわけないだろう!」
私が首領に言葉遣いを誘導されていると、領主が膝立ちで目線を合わせてきた。
「……私のことは、お兄ちゃんと、そう呼んでくれるか?」
「やです」
変な人だった。対応は素でいいらしい。
それなら、聞きたいことだけ聞いてさっさとここから離れよう。まだ、家具を見ていないし。
「屋敷にお風呂を作ったんですけど、川から水を引いてもいいですか?」
「お兄ち、……え?」
「風呂だと!? 俺が許す!!」
おじいさんに許可をもらっても……。
「トテ! 風呂があるのか!?」
「ありますよ。……屋敷の中を見てないんですか?」
「んな暇ねえよ! こいつに、屋敷がもう出来たって自慢しに来るのに忙しかったんだ!」
うわあ……。それは駄目でしょ。
このままじゃ、屋敷の部屋の意味を知らずに、領主の部屋を倉庫にしかねない。仕事部屋と寝る部屋は別に作ってあるって教えておかないと……。
「……トテ」
ルクスルがそっと後ろから抱きついてきた。……何かしおらしいけど、どうしたの?
「トテが、すごく遠い存在に見えた……」
「領主だもん、礼くらいはするよ」
「それでも、もうやめて……。トテはここじゃなくても生きられるって感じちゃうから」
そんなことは無い。私はこの盗賊団にお世話になるって決めた。
ルクスルの隣に居るって決めたのだ。
「……ルクスルだって、この町にたくさん知り合いが居るんだね?」
少し意地悪してみる。
言葉は間違えない。
やきもちなのは自覚している。
ここはルクスルが住んでいた町だ。私よりルクスルを知っている人が居るのは当たり前だ。それでも嫉妬してしまう。
「……だから、私にルクスルのことをもっと教えて欲しいんだ。ルクスルを一番好きなのは私だって、みんなに教えてあげたいから」
「……いいの? もう、我慢しなくていい?」
我慢、してたの? 今もみんなの前で抱きつかれているけど。
「私もルクスルのことで負けたくないから……」
……結局、ルクスルが好きなところに行けてない。私のための物を、ルクスルはずっと探してくれてた。
みんながルクスルのことを知ってて、私の知らない、昔のルクスルを知ってて。
……でも、ルクスルは私を守るのに忙しくて。そんなルクスルは、いつものルクスルじゃなくて。
「好きな人のことは、全部知りたいんだよ?」
……余裕が無いルクスルを知っているのは私だけかな。
でも、そんな姿も見られちゃってるからなあ。
次話はお風呂回の予定。
同性なら一緒に入るのは合法だけど、真面目な話をさせるつもりなので、変なことは起きませんよ。




