1 家を建てる(一瞬)
小説書き始めました。
人を避ける為にこんな深い森の中まで逃げてきたのに、これ以上奥に進んでしまって本当にいいのかと思い始めたのは随分昔のことだ。それでも、帰る場所が無い私には獣の悲鳴に追い立てられながらも歩き続けるしかなかった。
ふと、周囲から音が消えたことで、自分の身体が疲れ切っていたことを思い出す余裕が出来た。だけど、背負っていた荷物を地面に下ろしてしまったせいで、逃げ続ける決意まで手放したように動けなくなる。
風の…音? ――――そう思った時には、私の身体は吹き飛ばされていた。ごろごろと地面を転がり、樹にぶつかりようやく止まる。
長い棘のような物がお腹から突き出ていて、恐怖から慌てて引き抜く。血が滲みだしたお腹から熱が広がっていくような感覚がするのに、指先だけは冷えたように震えだす。
……棘を飛ばしてきた張本人が樹の陰からのっそりと出てくる。大きなトカゲだ。背中からいくつも棘を生やし、笑っているかのように見つめてくる。
――――その口が、地面に縫い付けられた。
上方から降ってきた刃物がトカゲの口を無理やり閉じらせ、頭を支点に問答無用で地面に固定したのだ。
私は、動けなかった。
……だけど、ここで動かなかったら確実に死ぬ。
震える手で荷物から鉈を取り出し、私を受け止めてくれた背後の樹を輪切りにする。それでも、太さが数メートルにもなる樹はすぐに倒れることは無い。
「――――なに⁉︎」
何処からか声がする。
威圧的とも取れる速度で周りの木々を薙ぎ倒しながらゆっくりと傾きだす樹をただ見ているのもじれったくなり、さらに縦に割る。轟音を立てながら樹は四方に倒れ、恐怖の象徴でもあるトカゲの姿を一時でも私から見えなくしてくれると同時に、建築材料もこれで確保出来る。
家を建てるにはまず土台作り。穴を掘り、家を安定させるために整地する。地中深くまで突き刺した柱を基礎に、さっき切り倒した樹で私が籠城出来る程度の大きさの家を組み上げた。
「ちょっと……!?」
慌てた声を出しながら、樹の上から黒い人が降って来た。恐らくトカゲを抑えてくれた人なのだろうけど、獣ならともかく扉の取っ手の使い方を理解してる人間から身を守る術は私には無い。
……そんな絶望的な光景を、私は――――建てたばかりの家の中から窺っていた。
「……なに…これ?」
呆けたようなつぶやきを掻き消すように、頭上からは未だ切り倒した樹の枝が降り続けている。敢えて返答する気にもなれず、トカゲの様子を扉の陰から窺うと、身体に降り注ぐ樹の欠片も気にせず刃物を外そうと暴れていた。
「……さっきまで何も無かったのに…なんで?」
「私が建てましたけど……?」
理解してもらえなくても答えてあげなければ、この人はいつまでも棒立ちのままでいると結論付けた結果だ。トカゲが刃物を外してしまったので、戦意が衰えていなかったらまた向かってくるはず。その対処を是非ともお願いしたい。
「え…建てたって、どうやって……?」
その問いには答えられない。何故か指先だけだった震えが全身に周り、私は立っていることも出来なくなったからだ。
扉に寄りかかるように座り込んでしまった私にまさか手を伸ばそうとしてくるとは思わず、精一杯の虚勢で睨み返す。
「……家があるのなら安心だね。トカゲは私が何とかするから、あなたはここに隠れてて」
そう言うと、黒い人は新しい刃物を取り出しトカゲにゆっくりと近づく。トカゲはいつの間にか様変りしていた風景に辺りを見回し、自分の怪我の具合を確認してから視界に入った黒い人に狙いを定めた。
黒い人がトカゲに向かって刃物を投げつけ、トカゲはそれを口で受け止めようとして――――その時には、トカゲの頭は胴体から切り離されていた。振り下ろした刃をどこから取り出したのか、いつの間にトカゲの背後に回ったのか私には理解出来なかった。
「……この功績なら家に入っても許されるよね?」
「絶対に嫌です。言葉を交わせるから自分は無害だって主張されても困ります」
涙で滲む私の視界には刃物から滴る血しか見えていない。そんな汚れた身体で家の中に入って来てほしくはないし、殺意の塊のようなこの人を招き入れるなんてことは、人を信じられなくなった私には土台無理な話だ。
「お邪魔しまーす。……家の中はからっぽなんだね?」
「作ったばかりですからね!? がっかりされても困ります――っツ!?」
鈍い痛みが脇腹に広がり、私がそこを庇っていることを見咎められる。呆れたような表情で返され、黒い人は私が着ている上着に手をかけてきた。
「……勝手に私の服を脱がそうとして来ないでくれますか?」
「じゃあ、嫌がってみせて」
お腹の傷を確認され、全身の血を抜きたいかのように強く押された。何かの草が張られ、包帯のような物でぐるぐる巻きにされる。
「……何でこんな森の奥にまで来たの?」
治療完了の証として傷痕を軽く叩かれた。私の愛想がいつまでも悪いことに、内心怒っているのかもしれない。
「……私にはもう帰る場所が無いんです。……町から追い出されて、それなのに…逃げるなって追いかけて来て。……怖くて…この森に逃げ込むしかなかったんです」
「私と同じだね。仲間だから殺しちゃいけないなんて、人間は面倒……」
「……全然違います。私にはあなたみたいに張り合えるだけの力も無いですから……。言い訳する努力もしなくて、これ以上嫌われたくなかったから…誰かに助けを求めることも出来なくて……」
「助けられちゃったねー、この私に」
「……傷の手当、ありがとうございます。でも、もういいんです。……身体、動きませんから」
森に居るのに、空は見えない。
だけど、最後に見るのが私が建てた家の天井ならば本望だ。幸いにも私を看取ってくれそうな人はいるし、思い残すことも――――
「……死にたくない……助けて、いやだ、誰か……!?」
感情が溢れ、あらん限り叫ぶけど、頬を伝う涙を拭うことは…出来ない。
「あなたの名前はなんて言うの? このままじゃ、お休みを言ってあげることも出来ないんですけど」
「トテ」
「そっか、私はルクスル。……それで、さっそくだけどトテ。残念だけど、食べられる食糧があのトカゲしか無いのですよ。私がここで寝泊まりする権利を手に入れる為にも、トテにはあれをお腹いっぱい食べてもらいたいんだけど……?」
「最後の晩餐が私を殺した奴なんて絶対に嫌です」
「トカゲの麻痺毒はそこまで強くは無いから、しばらく動けなくなるくらいで死ぬことはないよ。……だったら、食べられるよね?」
「……死にたい、私を殺してください」
「私、トカゲの解体で忙しいから他の人に頼んで」
家の外に出て行くつもりのルクスルを眼で追う。置いて行かないでとか、寂しいとかではなく、理不尽なこの想いを少しでも理解してほしかったのだ。
トカゲの処理が始まったみたいで、ザクザクと肉を断ち切る音とともにルクスルの鼻歌が聞こえだす。そんなに私を辱めたいのか、死にたくなーいとか口ずさみながらトカゲを解体する姿は傍から見たら壮絶な光景だったろう。
「トカゲは肉にも毒はあるけど、そこは我慢して。毒消しと一緒に焼いたけどあとはもう寝るだけだろうし、また痺れても問題は…無いよね……?」
ルクスルがテーブル代わりの木材の上に外で焼いてきたトカゲ肉を並べだした。血抜き処理も満足にされていないので、焦げた血の塊がこびりついてとても美味しそうには見えない。何より、私を殺そうとした相手だ。誰が喜び勇んで食べたいと思うのか。
「私が食べさせてあげましょう」
「そこまでお世話になる気は無いって言ったら、考え直してくれますか……?」
「毒身は必要だと思うんだ」
「既に痺れて動けないのに、無駄に消費するのも悪いですよ」
「無駄な努力だと分かってるのなら、避けようとしないで。気が散る」
「……どれだけ集中してるんですか?」
トカゲの肉は苦かった。焼きすぎとか、毒消しと一緒に焼いたからとかではなくこういう味なのだろう。水っぽい体表も相まって、歯ごたえが抜群に気持ち悪い。
「……なんか臭い。味もやだ」
焼いた本人にも不評のようだ。これ以上は私も食べたくない。
「……この不快な味を洗い流したいから、水でも探してくるよ。ちゃんとした物も食べたいしね。それで、私が帰って来た時にお帰りって言ってほしい」
「……どこまでも無遠慮な人ですね。任せっぱなしなのも悪いので私も行きます。それに、手ぶらでどうやって水を汲んで来るつもりなんですか、ルクスルは」
「……!? トテだって何も持って――――桶があるね、拾ったのかな?」
「今、作りましたよ。私を家が建てられるだけの子供だと思ってほしくはないです」
百合が足りない。このままじゃ書き続けられそうにないので、次話は無理やり増やしたい。
追記
強くてニューゲーム!!
書き直しました。苦行だよ!?