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劣等抱く方向量転移者 ~α世界線~  作者: ザ・ディル
二章 千変万化者
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一話 真意見えぬ少女


 記憶ははっきりとしていた。しっかりと、エルという異世界に来てからの出来事を覚えている。

 殺されかけた少女を助け、悪である再生者(リジェネーター)を殺した。

 しっかりと、覚えている。後悔は、していない。覚悟を決めたから。


 死んだ後、櫛玉(くしたま)に出会った。俺は彼女にエルの世界に戻るか問われ、再びエルの世界に戻ることを決めた。


 そして現在。エルの世界に移動している、はずだ。

 体感速度が異常だ。

 転移と言っても、一瞬でエルの世界に行けるようではないらしい。あまりにも速いと感じる。しかし身体が悲鳴を上げて痛がることはない。不思議だが、神様のせいだと――神様のチカラだと思えば都合がいい。

 そして、体感速度零キロメートル毎秒。


 俺――遠藤(えんどう)輪離(りんり)は目を覚ます。


 木材で囲まれた部屋。

 天井を見ていた。布団の感触がする。枕に頭を乗せている。どうやら、ベットで寝ているらしい。


「大丈夫かい?」


 声する方を向く。

 白衣を着ている。顔に少しばかり皺があり、眼鏡をかけている年配の男性。医者、なのだろうか?


「自分の名前、覚えてる?」


「はい。遠藤輪離です」


「……、うん、可笑しな部分はなさそうだ。それに、意識が曖昧じゃなくてよかった。医者として、安心したよ。

 ああ、自己紹介しときますね。私は(シャドウ)嵩一(たかいち)だ。(シャドウ)先生とでも呼んでくれ」


 そう言いながら、彼は笑顔で握手を求めてきたので、期待に応えて握手を交わす。


「君のことは『街』の人々から聞いたよ。なんでも、盗賊を倒し、少女を救っただとか」


 少女はしっかりと救っていた。守り切っていた。

 そのことに、深く安堵した。


「そして君はこの『街』――『エイワーズの街』の人間ではないことを調べ済みだ。

君は……、どこからきたんだい?」


「どこからきた、ですか……」


 汗が浮かび上がる。

 果たして、異世界から来たなどという馬鹿げたことを言うのは、マズイだろうか? 否、マズイとしか思えない。

 異世界からきた――そう言って信用されれば、苦労はない。というか、異世界からきた、と言えば捕まっておさらば、なんて場合の異世界もある。

 だから、異世界から来たなどと、軽々しく口にできない。


「もしかして、異世界から来たのかい?」


「――!?」


「図星、と見ていいのかな?」


 異世界などという言葉知っていて驚く。が、櫛玉の言葉を思い出した。


 櫛玉は言っていた。日本で死んだ能力者で、中二病であればエルの世界に行ける、と。そして、なぜ中二病限定なのかは、端的にいうなれば『そういう世界が分かる世界』になっているから。エルの世界に行くには中二病じゃないといけない、という櫛玉の言葉の意味がようやく理解できた。

 そう考えると、なるほど、異世界という言葉は知っていても可笑しくはなかった。

 そして、異世界人だからといって捕まるだとか、考えていた自分が馬鹿らしい。例え、そのような世界観だとしても、俺は方向量転移者(ベクトルテレポーター)

 逃げることは容易い。だから、


「はい。俺は異世界から来ました」


 そう言った。


「やっぱりそうなのかい。それなら、少女の方も異世界からきた可能性があるな。少女は君の知り合いかい? それとも、あの場で初めて少女のことを知ったのかい?」


「後者ですね。この世界に来る前は彼女のことは何も知りませんでした」


「そうなんですか。しかし、珍しいですね。知らない少女を命懸けで助けた。

 中々できることではありませんよ」


「そうですかね……?」


 正直、どう反応していいのか分からない。

 あれは状況的に、少女を助ける状態に陥っただけだ。

 確かに、あれは命がけだった。そして、命を落とした。でもそれは――少女を助けた理由は、突き詰めれば、自分の人生で後悔なく死ぬためのエゴだったようにも思ってしまう。


「少女に、会いたいかい?」


 (シャドウ)先生の、その一言に俺はもちろん、食いつく。

 少女の容態を見たい。少女の安否をこの目でしっかりと確かめたい。

 だから、


「はい、会いたいです」


「じゃあ、彼女のもとまで連れていくよ。私のあとについて来てくれ」


 そう言うと、(シャドウ)先生は個室の扉を開ける。俺は(シャドウ)先生のあとを追う。

 (シャドウ)先生とともに廊下を歩くと出会う人々。皆が皆、(シャドウ)先生に挨拶していた。日本とはえらい違いだ。子供から、年配の方、それに俺と同じくらいの人たち皆が(シャドウ)先生に挨拶していた。


「この先が、少女の部屋だ」


 (シャドウ)先生の向く先、そこには扉があった。

 つまり、この扉の先に少女がいる。


 正直、あの少女とはしっかり話したことがない。

 最初に会話したのが、死ぬ間際。

 少女の能力――(エンド)感情(エモーション)を発動する前に交わした言葉のみ。

 だからこそ、思う。少女と会う、そんな行為、やはり俺のエゴなのではないのだろうか?


 自問自答する。

 俺は少女と会ってもいいのか?

 多分、会うだけならいいだろう。

 だけど、ヒーローとして少女の隣にいることはできるのだろうか?

 あの時は、きっとヒーローのような存在だと思ってくれたとしても、これから会って、ヒーローのような言葉を話すことができるだろうか?

 ……できない。ヒーローのような言葉など、俺は簡単には思いつかない。それはヒーローに向いている人が、本来やるべき行為。俺は、普通に、普通の人間として少女と対話すればいい。少女のヒーローになりたいのは、俺のエゴだ。そんなもの、押し殺せばいい。


 そのように、考える。

 考えた。



「開けても、いいですか?」


「当然いいですよ、そのために君をここまで連れてきたのですから。私は用があるから、しばらく少女と話していてくれ。多分、一時間もしないうちに戻ってくるよ」


「分かりました」


 (シャドウ)先生は去っていく。少女のもとを。


 俺は、ドアノブを回し、扉を開けた。


 俺が眠っていた部屋と大差ない大きさの部屋。

 ベッドがあり、一人用の部屋ならば、そこそこ広い部屋。

 窓があり、外の景色が見える。少女は、窓の向こうを向いていた。部屋の外を向いていた。

 長い黒髪が艶やかだ。あの時の、再生者(リジェネーター)に襲われていたときの痛々しい髪ではない。あまりにも綺麗だ。


 その少女は、俺に気づいたのか、振り向く。

 てとてとと、近づき俺の方まで来て少女は、


「私を助けてくれてありがとう」


 感謝の言葉を述べた。

 その声には、嬉しさを表すような、声。感謝の、声。


 しかし俺は、少女の顔を見て戸惑った。


 少女は嬉しさの表情を見せず、無表情だったから。

章タイトルの千変万化者ステートチェンジャーは9話辺りに登場します。


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