二話 『エル』の世界に転移するための条件
ちょっと意味が分からない。
意味不明な空間――すべてが白で覆われているこの空間にいたのは俺と、もう一人の彼女。
その彼女は神なのだという。あり得るだろうか?
しかし、そう思わないと、この意味不明な空間に飛ばされたのは不可思議だし、何より異世界にいた俺と、地球にいた俺を知っている。だから、神だと信じる他ない。
「……神様。そして名前が櫛玉。聞いたことのない名前ですね」
「はい、当然なのですよ。私は地球を統括できる神様の、謂わば代替品の一柱なのですから、私の名前は秘匿にされているのですよ。そして、地球で公表されている神様は上級の位に位置する神様。そういう位置づけをしてしまえば、私は中級に位置する神様、ということになります。下級という話になると、話はややこしくなるので止めますね」
「そう、か。じゃあ、その話は一先ずいいけど。櫛玉、どうして俺はここにいる?」
俺は、俺にしては珍しく頭が冴えていた。異世界――『エル』の世界で命懸けの闘いをしたからだろうか?思考が鮮明だ。いつもより、冷静に物事に対処できている。
その現状故、俺はとりあえず現状を把握しようとして、「どうして俺がここにいるか?」という質問をした。
「簡単ですよ。地球で能力を得て、死んだからです」
「どういうことだ? もう少し、詳しく」
「はい」と言って、櫛玉は再び言葉を紡ぐ。「地球で能力を獲得し、死んだ場合の人で、強制的に『エル』の世界に転生……転移と言った方がいいのですか? 兎に角ですね、地球のときの記憶と外見上の肉体を引き継いだまま『エル』の世界に行けるのですよ」
「待ってくれ、櫛玉。その回答は、俺が異世界に行った理由で、俺がどうしてここにいるかの答えじゃないだろ?」
「続きがあるのですよ。
貴方は鉄骨に押しつぶされると同時に思った――ベクトル操作とテレポートが使えれば、と。しかし、です。もう一つ、欲しかった能力がそのとき、その条件のとき、死ぬ間際だからこそ発生してしまったのですよ。それが一度限りの――死者蘇生。最も、生き返るのは貴方自身ですが」
「…………」
俺は鉄骨に押しつぶされる前、ベクトル操作とテレポートが使えれば、とは思っていた。だけど、無意識に、生きたかった。死んだとしても、生き返りたかった。そう思った、だから、櫛玉はそう言っているのだろう。
死にそうになった時、生きたいと思うのは人間の性なのかもしれない。
俺の場合は、中二病のなごりで、生きたいよりも、死んでから生き返りたいと思ったのだろう。
これが、辻褄を合わすなら、一番しっくりくる。
「そして」と彼女は再び言葉を繋いで、「本来ならばそれは地球上で発動されなければいけない能力。ですが、死ぬ直前に貴方がそう思ったことで、地球上であなたの第三の能力、それも、一度しか発動可能でしかない能力が、不発に終わってしまったのですよ。
だから、今回、生き返るのは、特別ですよ」
「生き返る? 俺は生き返ってもいいのか?」
「今回だけ、なのです」
内心、嬉しかった。歓喜できる。だけど、
「櫛玉、その報告は嬉しい。けど、一つ質問させてくれ。どこに生き返るんだ? 地球か、『エル』の世界か?」
「『エル』の世界なのです。地球で生き返るのは、いくら私でも齟齬を生じさせてしまうので、それは変えることができません。ついでに言ってしまうと、場所も決まっています。現在貴方の肉体がある場所ですよ」
ということは、……家族と会えなくなってしまった、のか。いや、寧ろそれ以上。家族を悲しませてしまっているのだろう。日本で俺は死んだことになったのだから。別の世界で生きているのに、それが伝えられないのは、辛い。
「大丈夫ですか? 泣いてますよ?」
「え、……ああ、気にしないでくれ。ホコリが目に入った」
涙を拭う。
異世界に転生やら、転移やらというのは、小説上では楽しいのかもしれないけど、家族という現実を想えば、それは楽しいとは思えなくなってしまうのだな、と俺は思った。
「一応、いつでも貴方を『エル』の世界に飛ばせる準備はできていますが、どうしますか?」
「もう、飛ばせるのか?」
「もちろん、なのですっ! なぜなら私は神様ですから!」
胸に手を当てて、ドヤ顔。なんか、駄目神っぽいような気もする。
ただ、この神様にいくらか聞きたいことが他にもたくさんある。
「その前にいくらか質問させてくれ。俺がなんでベクトル操作とテレポートが使えたんだ? 正直言って、出来過ぎていると思うんだ。
凡人の俺が、いきなり能力を貰えたのはおかしいと思うんだけど」
天才に能力が与えられるのではなく、凡人の俺に、それもヒーローにもなんにもなれない平凡で、ありきたりな中二病人間だった俺が、死ぬあのときに能力を得られたのはやっぱり可笑しい。まるで神にでも愛されているかのようにおかしい。なら、何か理由があるはずだ。
例えば、俺が何か天賦の才覚があって、死ぬ間際に発現した、とか。
「少し勘違いしていませんか?
私が能力を与えたのは確かですけど、別に貴方が天才である、なんて必要はないのですよ?」
天才である必要はないらしい。
「じゃあなんで俺はこの能力がある? 死ぬ前に能力が欲しいと思ったから能力を得られた、その理由だけだと、なんだか腑に落ちない」
「そうですね。確かにそれでは腑に落ちないと言われても、仕方ないですね。…………実は、能力を得られ、『エル』の世界に行けるには、複数の条件があるのですよ。
まず一つ。日本で死ぬこと。そして二つ目、能力を持っていること。そして最後、これは判定が曖昧なので先に許して欲しいとは思うので、先に断っておきますですね」
最後の条件を除いたとしても、その二つの条件で、多分、該当する人間はかなり絞られるだろう。と言っても、能力者は地球上の何パーセントいたかなんて全く知らないけど。
そしてやはり気になる、最後の条件。
「櫛玉、それで最後の条件ってなんだ?」
櫛玉が若干もったいぶっているような、言いにくそうな顔をしているが、それは寧ろ気になる要因になり、そう訊いてしまった。
そして櫛玉は口を開く。
「輪離、貴方が中二病であることなのですよ」
「えっ?」
「この『エル』の世界は、能力、魔法、何から何まである。ですが、風景等を照らし合わせると古臭く感じてしまいがちな、そんな場所なのです。そして、技名やら、能力やらの名前は中二病に『設定』されているのですよ。これはもう、変更できません。ですから、条件に中二病を加えなければ、『エル』という世界は崩壊しかねないのですよ。それだけ、不安定な世界、なのですよ」
中二病で、日本で既に能力を獲得していたから、『エル』の世界に飛ばされた。
腑には落ちる。確かに、俺はその条件全てに当てはまっている。
あの少女を護っていたときの記憶を掘り起こす。言葉は間違いなく日本語だった。能力を持っていた少女、それに互いに死に合った再生者。
なるほど、ゲーマーや中二病でなければ、すぐにあそこが異世界だと判断できない。そもそも異世界というのは日本の一般常識でもないだろうし。
「なるほど、な」
納得した。
そして、同時に思う。
それならば、そんな世界で、俺が方向量転移者なら、ヒーローが、ヒーロー役が務まるかもしれない。この能力を持っているのなら、ヒーローに、なれるかもしれない。
「納得してくださいましたか?」
「ああ。十全に、納得できた」
「では、今度こそ、『エル』の世界に移動させてもいいですか?」
「ああ、そうしてくれ」
俺は、異世界でいろんな人を救おう。
日本では、様々なこと、艱難辛苦あって、ヒーローを諦めた。でも、『エル』の世界ならヒーローになれるかもしれない。この能力と、『エル』という異世界の世界観なら、多くの人を救えるかもしれない。
「では、飛ばしますね」
そして俺は『エル』の世界へと、転移する。
以上で断章(死章)終了です。
次回から二章です。
予定では、一章の五倍以上の文字量となります。