四話 ヒーローになる覚悟
焦る。
あまりにも、予想外過ぎた。異世界を舐め過ぎていた。再生者を舐め過ぎていた。
策戦は失敗しなかった。けど、再生者は死んでいない。
再生者は生きている。炎で焼かれながらも、平然と生きている。
俺は愕然とするが、しかし再生者はそんな俺に慈悲をもたらすことはなく、こちらを嘲笑うかのように捉えていた。
炎を纏った獣は俺の方に突進。
俺は慌ててテレポートをするが、慌てた結果、
「ぐっ……!」
移動先の座標を誤ったのか、地面に足が埋まっていた。
テレポートした後も、そのまま走って移動しようとしていた俺に、凄まじい足の痛みが襲う。
その間に、再生者は俺の目の前。
走馬灯のように過去を思い出しそうになるが、それと同時に時の進みは遅く感じた。
時が遅ければ、情報量もいくらか早く得られる。相手の行動もよくわかる。相手が何をしたいかがよくわかる。
再生者はやはり、俺の隣にいるこの少女を襲おうとしている――抵抗をしない少女を襲おうとしている。
俺はテレポートによって少女のみを移動。再生者は標的を変えて俺を狙う。今度は冷静に、自身をテレポートさせた。場所は、再生者の真後ろ。
再生者の頭を蹴る。ベクトル分の重みを乗せたので、威力は壮絶。しかしながら、相手を殺すほどの威力は出していない。――相手を殺したくないから。
俺は、自らの手で人は殺せない。自覚している。
俺は、人殺しのできないヒーロー。
ヒーローは時に、残酷になれる。正義は時に、残酷になれる。
でも俺は、残酷には……なれない。
前世、優しい人だと他者に言われたかったから、俺はヒーローをした。でも結局は残酷にならなければ、ヒーローになれないことを知った。
正義に犠牲はつきもの。正義を貫くために、悪人の命を一つ無くす。それは思いのほか難しい。
ヒーローになるために犠牲は――悪を殺すことは日常茶飯事。悪を殺さなければ、ヒーローになることは不可能だ。
ほら見ろ、再生者を殺さないから、再生者はまたこっちに来る。
俺はヒーローになれない。だから、逃げて、逃げて、ある程度懲らしめて。それで終わり。
みずからのチカラで人を殺したくない。さっきのだって、細胞をむしり取るほどの業火で、殺そうと考えていた。みずからの手を下してないと錯覚させるために、遠回りの人殺しをしようと考えていた。
でも、殺せなかった。
俺は最悪な運命の中にある。運命の輪から外れることもできず、離れることもできず、だからヒーローにはなれなかった。ヒーローになれない運命は、いつでも俺に纏わりついてくる。運命を断ち切ることは……できない。
その考えを頭の片隅で巡らせながらも、再びテレポートで逃げる。今度は再生者との距離をかなりとった。
思う。
――もしも、甘い感情を――相手を殺したくないなどという考えを捨てれば、俺は人を殺せるのだろうか?
もしも――
「――感情を殺せるなら、運命は断ち切れるのだろうか……?」
思わず、呟いてしまった。
あまりにも、俺は、人を殺す覚悟がなさ過ぎた。
俺は所詮、人を殺せない。悪人を殺す覚悟がないから、ヒーローにはなれない。
だから、感情がなければ人を殺せるなどという、幻想を抱いてしまった。
感情がなければ、ヒーローになれると、そんな幻想を抱いてしまった。
「私がその運命、断ち切ってあげようか?」
「――!?」
少女はいつの間にか、意識が戻っていた。そして、少女はそう言った。
運命を断ち切れると言った。
「どう、やって…………?」
「私の能力、多分、感情を操作できる。だから、貴方の感情を消せる。そうすれば、きっと勝てるよ」
無感情になれば、俺は再生者を殺せる……か。確かに、感情がなければ、再生者を殺せるだろう。
しかし今の俺に、その覚悟はあるか? 正気でなくなる前の俺に、人を殺す覚悟はあるのか? 自棄にならずに、覚悟して、人を殺せるのか…………? 人を殺したあとも、後悔しないのか……?
問う。問う。問う。
…………。
俺は、今までヒーローになれないと思っていた。だからこそ、一度はヒーローになりたい。いや、なりたいんじゃない。人を護るためにヒーローになれ! そのための覚悟――覚悟をしろ!
生半可な覚悟じゃない、完全な覚悟――覚悟を完了しろ!
そんで、この少女を助けろ!
恐怖を完了する。
自虐を完了する。
心の支配を完了する。
そして――覚悟は完了した。
「その能力を、俺に」
「うん」
少女はうなずく。
その瞬間、少女への感謝が消え失せた。
つまりこれが無感情。それが今の自分の状態だろう。
少女をテレポートする。それは、向かってくる再生者から距離を離すため。
ここから先は、再生者を殺すだけ。
再生者は俺に肉薄した。
俺はベクトル操作によって、再生者を吹っ飛ばす。
瞬間、吹っ飛んでいる再生者のもとへ、転移。
再生者の場所より上に移動した。
身体を捻り半回転。足を再生者の頭に当て、方向量操作。相手を地面にたたきつける。地面がクレーターと化した。だけど、方向量のチカラを出力してなお、再生者は意識を保っている。再生者が顔を上げたところで、俺は両手を合わせ、拳の形を作って、それを再生者の脳天に喰らわせた。
あまりのエネルギーを出力した結果、俺の身体にガタが来た感覚。
多分、激痛が走っている。激痛が俺の身体を貪っている。それでもそれを感じさせないのは、少女の能力――無感情の効果。あまりにも、少女の能力は危険だと認識できる。
だけど、今の俺には関係ない。むしろ、恩恵。ヒーローになれなかった自分が、ヒーローになれるかもしれないのだ。そのためなら、感情などという存在は捨て去ろう。
地面は地割れを起こすかのような怒号が鳴り響き、既に俺は、地面を三メートル以上陥没させた。
それでも、再生者は気絶しない。頭から血が流れているというのに。既に戦闘不能であるはずなのに。再生者はこちらに敵意を向け続けている。戦闘不能でありながら、それでもなお、こちらに敵意を向ける――普段の俺なら絶対に殺せなくなる行為はしかし、俺にさらなる覚悟を与える。
俺はもう、自分が死んでも、再生者を殺せればどうでもいい――そう思っている。
身体を粉々にして、分子程度のサイズにまで細胞を破壊すれば、再生者だろうが何だろうが、間違いなく死ぬ。それを理解して、既に覚悟を終えていたから、俺は後悔も何もしていない。
相手にベクトル操作の最大出力に拳を乗せて殴る。ベクトル操作の最大出力によって、自分はその反動をもろに喰らった。身体の節々からガタがきているのが分かった。
方向量の能力の反動か、副作用のようなものなのか――意識も途切れかけている。でも、そんな些細なことは考えない。
ヒーローとして、一人の少女を護るため、ひいてはこの村の住民の安全を護るために死ねる――本望だ。
再生者――お前は死ね、俺も死ぬ。それで、俺はヒーローになれて、終わりだ。
後悔はしない。既に覚悟は決まっていたから。一度、ヒーローになれて、俺は、幸福だ。最高だ。
再生者の意識は既にない。だけど、再生者はリジェネーター、異常な回復力がある。意識がない程度では死なない。
だから、殺す。完全完璧に殺して解して――細胞全てを分解するほどに、再生者を破壊する。そして、それほどの威力をベクトル操作で出力している俺は、その反動で、死ぬ。
方向量の間断ない攻撃を続けた。そして再生者に多大なダメージを与える同時に、その反動が自身に返ってくる。
再生者を壊し続け、壊し続けて、回復力など皆無な破壊を俺は続け、――ついに再生者は死んだ。
跡形もなく、消し去った。
それを確認し、俺は意識を――
今回で一章は終わりになります。
次回以降は断章が少しあってから二章を書く予定です。