三話 方向量転移
俺がテレポートで移動した先は、物置小屋。広さは六畳くらい。
不法侵入なのでは? そんな考えが頭を過ってしまうが、今はそんなことはスルーだ。法律よりも生命優先。
それよりも。
問題は抱えている少女をどこに隠すかだ。安直なところに隠せば、再生者に絶対殺される。少女を起こすのが一番楽だけど、気絶状態の人を起こすすべを俺は知らない。
気絶状態で足手まといなら――
――この少女を囮にして、この小屋に再生者が入ってきたときに返り討ちにさせる戦法でも取るか――、
「それはヒーローとは呼べないな……」
飽くまでも、このときにおいてはヒーローとしてやっていこう。短期間のヒーローなら、多分問題ないしだろうし。
ヒーロー、か。
「ヒーローというか、正義というか――俺はそこらに属さないほうがいいんだよな」
ヒーローにはなりたかったが、大抵の人はそれを正義ごっこだと言うだろうし、何より今までの経験則から俺はヒーローとか正義とか、それらに属さないほうがいいことを、理解していた。
もし、もしも俺が正義の役をやれば、周囲に不幸が降りかかる。
正義のために動こうとしたら空振り。いや、空振りどころの話じゃない。俺は人を殺してしまうほどに、正義には向いていない。
……。
そんなどうでもいいこと、今は考えるな。
切り替えろ。今はこの少女をどうやって助けるか、だ。
俺は物置小屋内を見渡す。
戦闘に使える道具は、無さそうだ。
ならどうする? この少女を殺せば面倒な考えをしないで――――
「――少女を殺すなんて……、それは完全な悪役の台詞だ。もっと、悪役のようで、それでも正義であるかのような――ダークヒーローよりのアイデア……」
地球で考えなかったことを考え過ぎて、頭がどうにかなってしまいそうだ。それでも、少女を助けるために、頭を働かせろ!
――もう少し、ロジカルがあって、だけど若干狂暴な考えを持て。それが俺が正義を貫くための最適解だ。ヒーローよりもダークヒーローのような考え方!
……。
…………。
――見つけた。
完全な悪役ではないけど、悪役ではあるような策。
この物置小屋も家屋の例に漏れず、"木造"建築物。そして今の俺の能力……。多分、ベクトル操作とテレポートを巧く行えば、再生者も倒せるし、この少女も救えるはずだ。最も、ベクトル操作とテレポート、これら二つを同時に、かつ、巧みに操れるなら……だけど。
ならまずは、
「できるかどうか、確かめるか」
呟き、そして行動に移る。
適当な木材をテレポートの対象に指定。
木材をテレポートしたとき、目の前に現れることをイメージ。
そして最後に――、
「できるんだな……」
内心、驚いた。驚愕した。
本当に実現できるのだと、感嘆した。
テレポートする物を指定して、思った場所にテレポートしたと同時にベクトル操作を行った。それが、今の俺にはできた。
これなら大丈夫なはずだ。問題ないはずだ。
この少女を助け出せる。
問題があるなら、自分。
ヒーローになれない、そういう性質を持っている自分。
……言い訳をするなら、自分の性格に問題がある。問題しかなかったから、ヒーローになれなかった。まあ。ともかく。
「成功を祈るしかないか。俺自身が正義の味方になるために、わざわざ回りくどい解決方法にしたんだから――ヒーローとは呼びにくい解決策を用意したんだから。きっと成功する」
声に出して、そう言い聞かせた。
そして。
そして。
息を整えて策を実行する。
自身をテレポート。
地上から十メートル離れた場所に移動した。こうした方があいつを見つけやすい。
男はどこにいる?
そう思い、辺りを見渡し、そして眼前に映ったのは、
「マジかよっ……」
いくつかの家屋があった。その家屋が数軒、数軒だが、破壊されていた。そしてその場所に再生者がいた。この破壊すべてを、再生者がしたのだと痛感した。
獰猛。狂暴。凄絶。
見境なく。適当に。虱潰しに俺とあの少女を探していた……。
これからやることを考えれば、そのほうが罪悪感は薄くなる。ここはポジティブな思考を持とう。
だけどこれ以上、あのスキンヘッドの男の行動を、好きにはさせない。
まずは、俺自身を囮にして、相手の思考を束縛する。
「おい、お前っ!!」
声を出す。それも俺なりの全力で。
奴は、俺の方を向く。
俺は地上に下りた。計画通りに事を運ぶには、こうすることがベストだ。
そして、あいつが俺を襲うなら直線だ。緊張するな。集中しろ!
鼓舞する。そうでないと、プレッシャーに押しつぶされそうだから。
少女を助けるまで、ヒーローになれれば、それでいい。そしたら俺は適当に、この世界を生きているだけでいい。だから今回だけは、ヒーローをさせてください。
そう願った。
「ガルルルルッ!」
その瞬間。獣声を上げながら獣はこちらに来た。
もはや、人間とは言い難い。それほど獰猛で、猛獣のような雄たけびを上げて、こちらに向かってきた。
体力が残っているのか、先ほどの速度と変わらない速さで襲ってくる。時速百キロメートルを超えていると言ってもいい。それほど迅い。
だから、襲ってきたと、感じたと同時にすぐに空中に移動する。地上との距離を先ほどの十メートルよりももっと低く、五メートル程度の場所にテレポートした。
再び獣は大地を蹴り上げて、俺を追ってくる。もちろんテレポートで逃げる。
そして獣は、俺を襲わなくなった。
一番の獲物である少女を見つけたからだ。
物置小屋――少女がいる場所。俺はここに誘導するためのテレポートをしてきた。
獣はシニカルな笑みを浮かべる。もはやスキンヘッドの男の面影なんて見当たらない。それほどまでに獣になることに慣れてしまったようだ。骨格を自由自在に変化させるゆえの影響だろうか?
「これじゃあ再生者と呼ぶよりも骨格変化者とでも言ったほうが適切かもな……」
再生と、骨格変化。骨格変化というよりかは、リジェネートの応用力を活かしているのかもしれないけど。そんな戯言は兎も角として、だ。これからのことに集中しないと。
すでに獣は物置小屋を見ていた。それは今いる上空から視認できる。
ここまで事を運べたのは、上出来だ。だけど、この先はスピーディ・オブ・スピーディに事を運ばないとゲームオーバー。もちろん、この場合のゲームオーバーはイコールで死ぬ、そんな意味がある。
数瞬で、獣は物置小屋に向かって最大の速度で走り出してくる。初速だけで最高速度をたたき出す。本当に異常だ。
だけど、今回ばかりは良い方向に働く。
獣だから、本能のままに行動することは読んでいた。そして、小屋をぶち破ろうとしてくる瞬間を狙って……俺は自身の能力を――二つ同時に発動する。
方向量と転移――方向量転移。
それによって、ある物を転移させて、さらには転移と同時に方向量を操る。
今回、方向量転移させた物は、木材。それも物置小屋すべての木材を対象にした。木材で建築された物置小屋――木材の量はハンパではない。
ありったけの方向量を出力し、木材同士を擦らせる力を極大に。
摩擦熱を意図して引き起こした。
木材自らが燃える温度まで引き上げるのは、人の力なら不可能なレベル。だけど、俺自身の能力を巧く扱うことができれば、バーナーで木を燃やすよりも早く火を――炎を作り上げることが可能。そして何よりも、小屋を作れるほどの木材の量。それは簡単に言ってしまえば業火となりて、獣を襲うものとなる。そしてそうなることを俺は予想していたので、既にテレポートで、物置小屋にいた気を失っている少女を回収していた。
全速力で小屋に走った獣は一瞬で止まることはできたとしても、その事象を認識できるまで、ワンアクションの時間ができる。そこをついた。
策戦は成功した。
業火の海に再生者は飛び込んだ。あれで生きている人間は普通はいない。
再生者のケガは、攻撃を受けなければすぐに回復できる。だけど、延々と攻撃を続けていれば、治る速度よりもダメージの速度が早ければ再生者はあっけなく死ぬ。
しかし、一つ見逃していた。
「ホントにコイツ……人間なのかよ……」
この策戦が成功しようとも、肉体回復の伝播速度が勝ってしまえば、炎で延々と炙ろうが、ほとんど意味はないこと。そんな見落としてはいけないものを、見落としていた。