十四話 因子が増えれば、道筋は増える
俺はイマイチ、事態を把握できてなかった。
密波は突然泣き出した。――いや、泣き出した理由はパーティを今回限りと言ったのが原因だろう。しかし、それだけで、泣くのか?
たった一回パーティを組んだ仲というのは、そこまで、泣けるほど――涙するほどの関係を生み出せていないはずだ。もしも、密波が俺にパーティを組むのは今回限りと言っても、泣くほどの事ではないはずだ。
「彼女、相当臆病だね」
今まで静観していた雛は、そう言った。
「臆病で、それでも、意地のような何かを持っている」
「……それは、雛――お前の能力で分かっているのか?」
「感情というか、なんだろうね。感情を通して仮の記憶を見てる感じなんだけど。彼女は輪離の価値観を分かっていない気がする」
今、俺に抱きついて泣きじゃくっている密波は、確かに俺の価値観を分かっていない気もする(まあ、出会ってから一日足らずなのに、価値観を押し付けるのは酷だが)。――というか、価値観というより、常識観か?
異世界に来て間もない俺でも、この世界で人間関係を築いてきた。振り返ってみると、人間関係の築きかたは、地球となんら変わりない――そう言っても過言じゃない。
人間に能力という要素が加わっただけで、それ以外に人間の変化自体はない――多分。
だからこそ、密波が泣いている理由が分からない。パーティが組めないからって、本当に泣くほど悲しいのか? それも、出会って一日足らずなのに。
「あたし、今回ばかりは上手くいくと思ってたのに!!」
声は相変わらず震えている。
密波の泣いている理由は、間違いなくパーティが組めないと知ったからだ。それは間違いないといってもいい。――なら、パーティが組めるようにすればいいのか?
正直なところ、悪人殺しが癪に障っただけで、それ以外なら、別に大丈夫なのだ。だから、
「俺は別に、お前の全てが嫌だからパーティを組めないって言ったんじゃなくて。悪人を殺すだけにとどまらず、徹底的に、死んでも解しつづけて、原型さえも保ってない状態にしたのが、気に食わなかっただけなんだ。だから、今度からは、悪人を殺してもそのあとに死体蹴りみたいに、死体を傷つけなければ、またパーティを組んでもいい」
「……本当? それを守ればまたパーティー組んでもいいの?」
「本当だ。俺は悪人を殺すのは嫌いだけど、だからって、悪人を殺さずに生かして捕らえるのは難しいのは知っている。だから、殺してもいい。だけどそのあと死体を攻撃するのは、止めてくれ」
「……分かった。そうしたら、今度もパーティを組んでもいいの?」
「ああ、当たり前だ」
「ありがとう……」
密波は顔を上げた。
そのとき見た密波の表情を、俺はきっと忘れない。
*****
『エイワーズの街』に戻ってきたあと、影先生のもとに行くために、俺と雛は病院に行った。
「もう全額返済なんて早いね。てっきり一カ月はかかると思っていたけど」
「自分もそう思ってはいたんですが、危険じゃなさそうなクエストで、かつ、破格な報酬があったので……」
と言っても、実際は安全じゃなく、野賊と戦ったが……。
「なるほどね」と言いつつも、影先生はあまり驚かなかった。
意外とよくある話なのだろうか?
「さて、返済も済んだことだし、これで君たちの借金はゼロ。気長に旅やら冒険やらしてもらっても、私からとやかく言う筋合いはない。だけど、ここは『エル』の世界だ。輪離くんの異世界がどうなのかはよく知らないし、あまり詮索もしないけど、旅や冒険というのは危険だらけだ。十分――十二分に気をつけるように。いくら方向量転移という能力を持っていても、簡単に死ぬ。それと、雛さんをしっかり守ってくれよ。これは忠告する必要もないとは思うけどね」
「お気遣い、ありがとうございます」
*****
影先生に借金を返した後日、密波と再び会い、クエストをした。
相も変わらずの金髪ツインテで、悪態のない性格で、「こん……ゴールデン密波」と、また本名を偽りながらも。クエストを一緒にこなした。
彼女はとても嬉しそうだった。その表情を見て、パーティを組んでよかったと感じた。できることなら、これがずっと続いて欲しいと。
*****
続いて欲しいと思ったことは、存外続かないものだと、改めて痛感する。
密波と会うことは無くなった。何処で落ち合うとかは話し合ったことはないが、冒険者同士だから『ギルド』に行けば出会うと思っていた。でも一週間たっても一度も会うことは無かった。受付嬢に密波がいたか聞いても、いないと言われ、冒険者を辞めたと俺は思った。
だけど疑問は残る。先日、あれほど嬉しくパーティを組んでいたにもかかわらず、急にいなくなるなんてあるのだろうか?
*****
日付が変わり朝を迎えた。いつも通り雛と一緒に『ギルド』に行くと、騒ぎが起きていた。
『ギルド』に入る手前に、スピーカーのような道具を持っていた男性がいた。
服装は金を主体とした色で、指輪を幾つにも嵌めていている。――王族、だろうか?
王族の男性、そしてその隣には女性――こちらも服装もろもろで、王族だと判断できる。
王族と思しき男性はスピーカーを持って話し出す。
「私の娘――金剛密波が行方不明になった。冒険者諸君は娘を探してほしい。報酬関連の話は後で話す。参加してみたい者は今から私のあとについて来てくれ」
金剛密波。それが偽名だったゴールデン密波の本名だと反射的に分かり、俺は愕然とした。
……どうして、こうも俺は不幸の中にいなければならないのだろう?
「輪離。行こう?」
雛は手を差し伸べる。小さな手がこのときは大きな希望を持たせるものへと変わり希望を持たせてくれた。
雛の手を取りながら「もう、大丈夫だ」と言った。
もちろんそれは偽り。大丈夫なんかじゃない。
でも。
密波を助けるために、俺は全力で彼女を探す。それは間違いない。
以上で二章は終わりです。
続きは気長に待っていてくれると幸いです。




