十三話 『常識』の違い
盗賊たちの件のあと、俺たちは何事もなかったのように馬を進めることで歩みを進め、ついに『トリスティスの街』にたどり着いた。
『トリスティスの街』も『エイワーズの街』と同様に、門があり、そして門番がいた。
「ここまで運んでくれればいい」と商人は言う。「帰りは他の人間を雇う。だからここまでで十分だ。感謝する。報酬をやらんとな」
いつの間にか、巾着袋を取り出していた狐面を被った商人は、俺たち一人一人に金貨一枚を手渡してくれた。
「商人さん。本当にこんなに貰っていいんですか?」
「ふん、男の癖に謙虚だよな、お前。だが、そういうのは嫌いじゃないぜ。今後も俺の依頼を受けてくれよ」
「そちらがよければ」
とは言うものの、正直この商人の依頼は今後、あまり受けたくなかった。名前さえ分からなくて、身元が証明できない。つまり、敵だった可能性はあったわけだ。今回は違ったが。
もしかしたら今後、何かしらのアクシデントがあって、この狐面を被った商人が牙を剥く可能性だって考えられる。それを考えると、身元を証明するのはそれなりに大事なのだと気づかされた。
「帰りは俺がいないから気をつけろよ。何かあるかもしれん。じゃあな、お前ら」
狐面の商人はそのまま『トリスティスの街』の正門と思しき場所に歩みを進めていく。
にしても、「帰りに俺がいないから気を付けろ」って、それはむしろ商人に対して言えることではないのだろうか? しかし、あの不思議な商人のことだ。実は強いかもしれない。だけどそうなると、なんで俺たちに護衛を頼んだのか……全く分からない。
まあ、あの商人のことは考えなくていい。
金貨をもらったことで、医療費の件は安心だ。
さあ、帰ろう。
*****
『トリスティスの街』から『エイワーズの街』に移動中。
俺と雛、そしてゴールデン密波の三人は一緒だった。それは、特に目的がなく、もう『エイワーズの街』に戻るだけでいいからだ。
だからこそ自然と三人で帰っている。
この機会に、あることを密波に問う。
「なあ、密波。どうして盗賊をあんなに殺したんだ?」
「えっ? どうしてそんなこと聞くの?」
「いやさ、いくら盗賊だとはいえ、そこまで殺す必要はないと俺は思っていたんだけど……」
「悪者は、殺したほうが被害が少なくなりやすいのよ輪離」
悪びれもなく、しかしそれは確かに当り前ではある。
「それはそうだ。だけどな密波、あいつらは全員殺すほどのことをしてきたか? 俺とお前の能力があれば、もっと巧く立ち回れただろうし、誰一人殺さずに捕縛できたかもしれないだろ?」
「あんた馬鹿ぁ? 一人は殺さなくてもいいとは思うわ。事情聴取とかのために捕縛するのは正解の場合が多いはずよ。でもね、全員を捕縛は夢物語よ。いくらアタシだって、それくらいのことはわかるわ。殺さずに生かしたまま、無力化させることなんて、一人ならまだしも全員捕縛なら不可能。あんたも分かっているんじゃないの?」
……そう、かもしれない。甘っちょろいことを口走っているかもしれない。でも、
「そうだとしても、殺されるほどのことを彼らがしたとは思えない」
「そう? アタシはそうだとは思えない。あいつらは盗賊――善人に害をなす存在よ。だから斃す。徹底的に斃す――殺して解して――元に戻すことなんてしないで、相手に懺悔させる暇さえ与えず、相手に後悔を韜晦させる暇され与えず、殺し尽くす。それが一番楽で、アタシたちに罪悪感を薄くする。そうじゃないかしら?」
「……お前の闘いかたはそうには見えなかったけどな……」
密波の殺し方は、罪悪感を薄くするような闘いかたじゃ、決してない。
密波が『能力』で彼らを殺すだけなら、あの一撃で――なんでも切れる手刀で終わらせば罪悪感は薄くなるだろう。ナイフで何回も刺して絶命させるより罪悪感は薄くなるだろう。
だけど、密波はそのあとに、死体を滅茶苦茶にした。
なぜか? 分からない。が、少なくとも、罪悪感を薄くさせる斃し方ではない。
「そう? アタシは罪悪感薄く感じるんだけどね。人によって感性って違うから、それは仕方ないわね」
感性が違うのではない。密波は――感性が崩壊している。
感性にいつ亀裂が入ったのかは知らないが、その亀裂は膨れ上がり既に破裂しているといっても過言ではない。
同じ言語を話せても、話が通じない相手がいるが、まさしく今の現状がそうだ。
彼女はどうにかなってしまっている。
だからこそ、俺は密波に聞く。
「お前は自分がやったことに、罪悪感を感じるのか?」
「そりゃあ人を殺したことに罪悪感は少なからずあると思うわ。いくら殺してもいいとは言っても、あいつらも人間だし。そう考えると、私たち冒険者ってのは、つくづくおかしな存在よね? 罪を犯すクエストがあったとして、それを淡々と行う人間を集めているなんてね」
「…………」
つくづく他人事だ。彼女はどうだっていいのだろう――人を殺したところで、密波という人間は、何もなんにも変化せず、人と交わらず我を行き、どこまでも突き進む人間だ。密波はそう言う人間だ。俺とは合わない。
人間、誰にでもこの人とは仲が合わない――そう言ったものはあるだろう。俺と密波の関係はそれをさらに極端にさせたものだ。
俺は性善説を信じている傾向にあるけど、密波は全くと言っていいほど考えていない。極端に離れすぎている。
「話は変わるけどね輪離。アンタ、アタシの能力詳しく知りたくない? アンタの能力を詳しく知りたいから、ギブアンドテイクってことで教えてくれる?」
確かに密波の能力はまだイマイチ把握できていない。だが、
「遠慮しとくよ」
「どうしてー? アタシの能力って意外と複雑だから、知っていれば今後一緒にクエストに行くとき役に立つと思うけど?」
「お前とは……もう組まない」
「……どうして?」
密波は特に悪びれもなく、首を傾げた。
そのことに、多少イラつくが、冷静を装って話す。
「お前と俺の考えは、極端っていうほどに、かけ離れてる。思想が違うんだ。悪人でも極力人を生かしたい俺と、悪人なら躊躇なく殺すお前は対極過ぎて、このままパーティを組み続ければ、間違いなく互いに支障をきたす。だから、パーティを組むのは今後一切、無い」
価値観の違いだ。
というよりも、基本的には密波の考えのほうが合理的だということくらい、俺も分かっている。だけど、俺はそうなってしまうのが嫌いだ。ヒーローという存在は、冒険者という存在は、どんな人でも見捨てない人間であるべき――その考えが俺にはある。
子供の我儘だといってくれればいい。罵ってくれればいい。だけど、その考えを捻じ曲げるのは、俺が死んでしまうのと同義だ。だから、その考えと対極の密波とパーティを組めば、その根幹が崩れる事態が発生するかもしれない。それを避けるたいから、密波とパーティを組まない。組まないというより、組みたくない。
「それは……駄目……」
「……は?」
何を言っているんだ密波は? 別に、俺と馬が合わなかったからって、他の人と組めば済むじゃないか。なんで駄々をコネているんだ?
「駄目なの。あたし、もう貴方しかいないの、輪離」
「えっ?」
そして急に、密波は俺に抱きついた。
「貴方しかいない、貴方しかいないの、輪離……! あたしはもう、人間関係がなんだかわからない。せっかく上手くできそうだったのに、せっかく良好な関係を築けそうだったのに――一体アタシの何がいけなかったの!? 顔? 体形? それなら、きつでもすぐにでも『直す』から! お願いだからアタシを見捨てないで!」
密波の涙は俺の服に濡れ、声も震え、泣いていた。