十二話 千変万化者
俺は、盗賊に襲われる前に、二つのプランを立てた。一つはモンスターが襲ってきたとき。
そして盗賊に襲われたときのプラン。
そのときに、ついでに聞いていたのは、ゴールデン密波の能力だ。
「アタシは千変万化者よ! 驚きなさい!」
「状態変化者? 名前はとにかく、それは攻撃的な能力として使えるのか?」
「当たり前よ。変幻自在自由自在千変万化として使えるわ! なめないでよね、こん……ゴールデン密波を!」
もはや、こんこん言うのはわざとじゃないかと疑いたくなるほど、言い間違えているが、彼女の言葉を信じよう。
「分かった。取り敢えず攻撃的な能力でもあるんだな。それなら盗賊がきたとき、俺は商人を優先して護ることになるから戦いは密波に任せるよ」
*****
盗賊から襲われているこの状況を完全に打破するには、アタッカーの密波が盗賊を倒すしかない。俺は、防御と攻撃を一緒に上手く扱えないから、攻撃側には参加できない。だから商人と雛を護る。
俺は疑問に思う。密波だけで五人全員。倒せるのか? そんな疑問。
密波は馬車から飛び出る。
そして、ゴールデン密波は自身そのものを霧散し始めた。
そして、姿を韜晦。
密波は姿を完全に消した。
「えっ?」
と、思えど、整理するとなるほど――状態変化者は気体、液体、固体の全てを扱える人間なのか? などと、推測できる。
何かつっかかりを感じるが気にしないでおこう。
盗賊たちもビビっていた。
しかし、こうなると俺もマズイ。
密波が消えたとなれば、狙われるのは俺たち三人。気体となって消えたように見えたとしても、この場合は逆効果。密波が見えなくなったなら、ヘイト的な考えで言えば、俺が狙われる。
しかし、その考えは杞憂に終わる。
一人の盗賊の後ろに、密波が現れる。水蒸気が水になりそしてそのまま氷になるように密波が現れた。
そして、
「まずは一体ぃ!」
手をまるで刀のように、盗賊の首を斬るように入れ、そして密波の手は振り切る。
盗賊の首は、簡単に落ちた。
溢れ出る――盗賊の血。
「あがっ!?」
何が起きたか分からない本人は、しかし痛みはあって、驚きを隠せない。
「うっさいわねー。さっさと斃して次々ぃ!」
そう言って、密波は再び霧散。
そして次の瞬間。首と胴体が切り離された盗賊が、さらにバラバラに解体された。
誇張を抜きにして、それが生易しい表現だ。実際はもっと酷い。
脳が溢れ、
腸が溢れ、
血も溢れ、
地面にべたべたぐちゃぐちゃと。
吐き気を催すほど、酷い惨状が眼前にあった。
まるで人体模型をすべて崩したような、酷い状況。
他の盗賊たちはその状況を見て、呆然している者もいれば、恐怖で泣き出す者もいた。
そう思っているうちに、死体は増えていく。
二人――三人――四人。
全ての死体が端から端まで粉々にされた人間。巨大なミキサーに入れられて、シェイクされた人間だ。
皮膚も関係なく
肉も関係なく
骨も関係なく
内臓も関係なく
肺も関係なく
血管も関係なく
無造作に粉々になった固体やら液体やらが地面に落ちる。人間が殺った行為だとは思えない。盗賊は人間だったのかと思えるほど、原型がない。
気持ちが悪い、気持ちが悪すぎた。吐き気がするが、必死に抑える。
しかしあまりに気持ち悪かったことで、戦闘中にもかかわらず、戦闘場面を目撃するのを拒否して、俺は横を振り向く。そのとき、視界に商人を捉えた。
商人は盗賊が無残に残酷に殺されるのを同様もせず、静観していた。
何故だ?
商人だろうが、狼狽えたりするだろ、この場面。
あの悲惨な状況をまじまじとしていて見ているこの商人も、狂ってる……!
「お前ら、よくも母ちゃんを、父ちゃんを、兄妹を……許さない!!!」
残り一人の盗賊は、雷系統の能力だったようで、自身に雷を纏う。
さらには全体に、雷を辺り一面に撒き散らす。
空を悠々と飛んでいた鳥たちが巻き込まれ、黒こげとなって、落ちる。
いつの間にか、密波は俺の隣に現れていた。
「輪離、あいつ無理ぃー。私アレ斃せないやーごめんねー。だからアンタはアレ殺っちゃって。アタシここで見張りしてるからぁー」
ここまでしておいて……、最後には俺が殺せ、と。お前はそう言っているんだよな?
そんなの
そんなの
そんなの――馬鹿げている。
密波。お前が人を簡単に殺せるなら、俺は簡単には人を殺さない。
もう人を殺すのはコリゴリだ。人を殺すことの愚かさは、もう十分に理解している。
だからこそ、愚かな行為など、するものか。まして、助けられる状況なら。
「やってやるさ」
俺は一度、人を殺したが、あれはどうしようもなく、どうにもならなかったから、殺してしまった。日本ならきっと罪に問われるが、この世界では、盗賊を殺しても大丈夫だと言われた。だから、確かにこの世界なら、盗賊なら殺すことが効率的で、正しいのかもしれない。
だけど、あいつは、雷使いの少年は――残りの盗賊は助けることができる。あいつは、家族が殺されて怒った――怒っている。
だからあれは――あいつは、まだ、間に合う。終わっていない人間だ。家族愛というものが、生きているのだから。悪の中にも確かな、大切なものが、大切な光があるのだから。
転移。
一瞬で盗賊の目の前に。
近くで見ると、少年だと分かる。いや、少年よりも、幼い。雷にはさっきから当たっているが、自動的に雷の力と方向を逆ベクトルにして跳ね返す。
「お前がしてきたことはいけない。盗賊の行為だからな。いけない。だけど。それは環境がいけなかったから――そうだろう? 人間は産まれる環境を選べない――育つ環境を選べない――何が悪で何が善なのか分からない――きっとそういう環境で育った――そうだろ? じゃないと、お前は家族愛をもっていない。今も狂っているのに、それでも両親や兄弟が殺されたことで怒ってんだから。お前は悪かもしれないが、正義になれる素質もあるよ。――俺が助ける。絶対。
――絶対に殺さない」
決心して、行動に移す。
少年の後ろに、瞬時に回って、裸締めをした。
雷はベクトル操作で受け流す。速さは光だとしても、重さはそこまで感じない。再生者ほどの重さじゃない。だからこそ、裸締めを続けていられる。
そして、雷の少年は思ったよりも早く気絶した。
その場に少年を置く。
俺は移動した。場所は商人の目の前。
「すいません。電話……じゃなくて、通信機のようなものってありますか?」
「使って、どうするんだ?」
「盗賊たちを逮捕する機関ってありますか?」
「当然あるさ」
「そこに通信して、あの少年を捕らえてください」
「……分かった」
狐面を被った商人は、浴衣のどこにあったのか、通信機を取り出した。
型で言えば、スマホのような端末機ではあるものの、石のようにも見える。
その石は光り輝き出す。魔法石の一種か? と、俺は思いつつも、さらにその石は輝きだす。
そして、どこかに繋がったようだ。
「よお、俺だ。『トリスティスの街』と『エイワーズの街』の丁度中間点のあたりで盗賊一人を確保した。至急、来てくれ。切るぞ」
プツっ、などという音は当然聞こえない。やっぱり、スマホなんかではない。
魔法石のような物は光の強さを弱め、ただの石のように輝きを失った。
「これでいいか? お前?」
「ありがとうございます。それで、いつ頃来るんですか?」
「すぐ来るさ」
商人がそう言ったとき、すぐに、衣服が黒ずくめの人間が現れた。フードによって、男か女かさえも見分けがつかない、人間だ。
商人は、雷の少年を指さしながら言う。
「あれが盗賊だ。適当に捕まえておいてくれ」
商人がそう言うと、黒ずくめの人間は一瞬で少年のもとに移動し、一瞬でどこかに行ってしまった。
少年は一緒に連れていかれたのだろう――気絶した少年は既にいなかった。
人を殺さずに済んだ。そのことに俺は心底安堵した。