表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
劣等抱く方向量転移者 ~α世界線~  作者: ザ・ディル
二章 千変万化者
14/21

八話 退院


 夜。

 病院で、雛の部屋に行き、あることを話していた。

 それは、これから――エルの世界で何をするか、その話。


「お前……本当に冒険者になるのか?」


「うん」


 声に淀みはない。顔は相変わらず無表情で、どこまで真剣に思いそう言っているのか判断しにくかったが、雛はそう決心している。


「例え、俺が冒険者にならなくてもか?」


「うん。私、冒険者になりたい」


 顔をずいッと、俺のほうに近づける雛。あまりに近すぎて一歩後ろに下がる。

 声は荒げていないが、今の行動から、本当に冒険者になりたいのだと伺える。

 その原因はもしかしたら、俺にあるかもしれない。再生者(リジェネーター)の闘いのとき、俺がヒーローのように振る舞った結果、彼女はヒーローらしいことをしたくて、冒険者になろうとしているのかもしれない。だから聞く。


「俺のせいで、冒険者になりたいと思っているのか?」


「違うよ、輪離。私は私の想いで冒険者になりたいだけ。輪離のせいじゃなくて、私がなりたいから、なりたいだけ」


 ……雛の考えを曲げることはできる気がしない。それでも、一応対話を試みよう。


「雛、冒険者になったら、死ぬかもしれないんだぞ?」


「私は貴方に助けられなかったら、死んでた。だから死なんて怖くない」


「それはオカシイだろ。死にかけたなら、死ぬのが怖いと思うはずだろ? 俺はそう思う。お前は、違うのか?」


 俺は死ぬことが恐かった。正直言えば、あり得ないほど怖い。それを克服させてくれたのが、雛の(エンド)感情(エモーション)だった。いや、克服じゃない。あれは一時凌ぎだ。

 今、俺の前に異常な危険が迫って、死にかける直面に立たされれば俺は絶望して、生きる気力を剥ぎ取られるだろう。

 だからこそ、思うのだ。再生者(リジェネーター)に殺されかかった雛も、死への怖さを理解しているはずだ。


「私は冒険者になりたい。何故だか分からないけどそう思うの」


 何故だか分からないけど、冒険者になりたい?


「それってどういう意味だ?」


「なんていうのかな。例えていうなら、それが天啓に導かれる感じ、かな?」


 記憶も何もないのに、天啓か。いや、記憶がないからこその天啓か?

 どちらにしろ、


「俺がもし、冒険者にならなくても、お前は冒険者になるんだな?」


「うん。それでも輪離とはずっと仲間? 友達? 奴隷? とにかく、輪離のことは忘れない」


「奴隷って言葉は使うな。俺とお前は対等な関係だ。仲間か友達かはどっちでもいい。……本当に、何があっても、冒険者になるんだな?」


「うん」


「じゃあ、俺も冒険者になる。そんで、お前を助ける仲間になる」


 これはもともと決めていた。もしも、雛が冒険者になろうとしているのなら、俺自身もなると。

 俺が冒険者になるという理由で、雛が冒険者になるなら、俺は冒険者になる予定はなかった。

 しかし、雛は絶対に冒険者になりたいと言った。それなら、その安全面をいくらか保つように、俺も冒険者になったほうがいいと思っていた。それは、俺が転移(テレポート)方向量(ベクトル)などの、すぐさまに逃げる(すべ)と護りの術があるからだ。それがあるだけで、雛を外敵から守りやすい。……それを考えると、やはり俺は雛の隣にいるべきなのだ。


「ホントに? ありがとう」


 表情に力はなくとも、行動の力が凄まじい。俺に抱きついてくるのだ。顔に表情は出ず、声に感情がいくらか現れるが、一番感情が分かり易いのは行動だ。

 抱きつかれて少し恥ずかしいが、少し年の離れた従妹だとでも思っとけば、案外可愛いものだ。


「輪離、今可愛いって思ったでしょ? 嬉しいな」


「……よくわかるな」


「私、ある程度なら感情読み取れるから、多分私の能力の応用? のような感じで、分かるんだ」


 雛の声は嬉しそうだった。行動は嬉しさを存分に前面に全体に出していて、俺はこの少女を絶対に護りたいと思った。





 *****





 次の日。

 俺と雛は病院の診察室で、(シャドウ)先生に言われた。


「怪我は完治したよ。まあ、雛さんはとっくに治っていましたけど。そして、重傷だったと思えた輪離くんも意識が戻ったときにはもう元気だったから、数日間容態は見たけど、やっぱり治っているようだ。だから、退院しても大丈夫だ」


 俺は一度、再生者(リジェネーター)との相討ちで死んだが、しかしそのあとに起きた時には、多少の怪我は有れど、不思議とそこまでの痛みはなかった。それは多分、神様の櫛玉(くしたま)がいろいろと、辻褄を合わせた弊害なのだろう。

 エルの世界でも死ぬことが当たり前というのは、この数日間で理解した。そして一度死んだ俺を生き返らせるのは、たとえ神様の仕業でも相当な不具合が起きたのだろう。

 だから、に怪我は重傷だったが、不思議と痛みはなかった。

 この数日間、シャドウ先生からは、走ったり運動するのは厳禁と言われてたので、安静していた(と言っても、『エイワーズの街』を散策するのは大丈夫だった)。


「しかし前にも言った通り、治療費分はどうにかして返してもらうよ。まあ、衣食住は生活が安定するまで無償で提供するから。頑張ってね」


「衣食住までいいんですね……。てっきり、駄目かと思っていました」


「『エイワーズの街』では、衣食住が困難な人間はこういう待遇をしているんですよ。まあ、さすがに働いている人を対象としますが……。冒険者になる場合は、特殊な場合が多いですが、輪離くんは異世界人だということもあって、今回は僕の独断で衣食住の提供を可能にしときました。だから、変な心配はしなくていいです。ゆっくりと治療費を返してくれればいいですよ」


 ゆっくりと治療費を返す。この言葉に少し怪しんだ俺は、(シャドウ)先生に質問する。


「この国って利子みたいなものってあるんですか?」


「利子? どうしてそんな話を――ああ、そういうこと。治療費の返済期間が長引けば利子を払う金額が増えるかってことね。大丈夫だよ、今回の場合は、治療費に利子を払えなんて言わないよ。輪離くんの信用度が下がってしまえば、そういうのは付いてしまうけどね。異世界人は別だ。未知の世界にいきなり飛ばされているんだ。輪離くんの世界がどうなっているのであれ、少なくとも、王国(メソッド)によって異世界人は一時的に優遇対象だからね。罪を犯したならともかく、今の輪離くんなら全然心配要らないよ」


 それを聞いてほっとした。

 そのまま俺の本題に持っていく。


「利子が必要ないのはありがたいです。それで、ここから質問したいことがあるんですがいいですか?」


「なんだい?」


「公開されていない情報ならいいんですが、……冒険者になって、衰弱死以外に、冒険したことによって出た死者率を教えていただけますか?」


 この質問は、医者(ドクター)だからこそしている。冒険者にこれを聞くのは、忍びない。それでも、無闇に住民に訊くのも癪に障りかねない。誰にこの質問をぶつけるのがいいかと考えると、(シャドウ)先生しかいなかった。


「……5パーセントだよ。補足を付けるなら、冒険中に怪我をしたことで不自由な体になってしまった人も5パーセントだ。『街』の住民も知ってはいるが、口には出さない。無闇にそれは言わないほうがいいね。王国(メソッド)から毎年発表されてはいるが、口にするのは禁忌に等しい」


「……そう、だったんですね。すいません」


「大丈夫だ。しかし、くれぐれも他の人には言うなよ。雛さんも」


「うん、わかった」


 ちょっと癇に障ったかもしれないが、これでこの世界の冒険者の安全度を知れた。これはかなりの収穫だ。5パーセントで、死ぬか。思っていたよりは、低い。

 ただ、5パーセントで死ぬのはやはり怖いな……。まあ、9割とか言われなくてほっとしたが。


「他に質問はないかな?」


「俺からはありません。雛もないか?」


 雛はうなずく。


「では、これから『ギルド』のほうにいきます。ここにもまた、何日かお世話になると思いますがよろしくお願いします」


「ああ、検討を祈ってるよ」


 俺と雛は病院から去っていく。

 それは『ギルド』に行くためで、冒険者としての初仕事をするためだ。

 俺は絶対に、雛を護って見せる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ