五話 ドラゴンマスターVSドレインソーサレス
『ギルド』の外。そこから少し離れ、見晴らしの良い、広い場所。小屋などは建てられていなくて、障害物となる物も見当たらない。冒険者が喧嘩をする場所にはうってつけの場所だ。
そこに今、野次馬が十数人ほど集まってきた。冒険者同士の戦いを観戦する人たちだろう。
これは好都合だと思い、その中に混じろうと考えていた。そのとき、彼ら野次馬の声が自然と耳に入ってきた。
「おいおい、龍王と生命操操作者の戦いが見れるとかマジかよ」
「熱いよな。きっと白熱した戦いになるぜ!」
「それにしても相変わらず変態だよな生命操作師。名前は麗美だってのに麗しいという感じじゃねえよな。どっちかっていうとビッチだよな?」
「馬鹿野郎。あれは、生命操作師だから仕方ねえんだよ! もしそうじゃなかったら、少なくともあの格好よりはマシになった格好になっただろ」
「はあ? 俺は違うと思うね! あれは変態アマだよ!」
「それはシュレーディンガーの猫だろ。麗美さんは能力故に、ああいう格好を受け入れるしかないか、それとも変態だからあんな格好して『街』中を歩いているかわかんない――それがいいんだろ?」
「なんかわかる」
「俺も」
「それよりもシュレーディンガーの猫の意味間違ってないか?」
……何この野次馬たち。
この野次馬に加われる気がしなかった俺は、少し野次馬との距離をとった。
麗美――またの名をドレインソーサレス。自分の考えでモノを言えば、ドレインが相手の力を奪うって解釈。ソーサレスは女性の魔術師……でいいのか?
だから俺が思うに、ドレインソーサレスとは、相手の生命を奪うことからその異名が付けられたのだろう。
片やドラゴンマスター。ドラゴンのマスター――ドラゴンの頂点といったところだろうか?
しかし疑問。あのときの――少年が割って入ってきた会話のときに聞いた限りでは、ドラゴンマスターと呼ばれる彼に本名はないのかという、些細な疑問。
そんな疑問は、先ほど仲介に入った少年の声によって中断される。
「いいですか龍王さんに麗美さん。これから決闘を始めますが、ルールとして、龍王は龍人化なしです。これは報酬をすべてもらえるから、ということで納得してください」
「関係ない。俺様が敗けるわけないからな」
「かなりの自信ですね。さすがは龍王、縛りがあっても敗けることはないと思っていますね。対して麗美さんは特に縛りはなしで。ですがここは『エイワーズの街』です。極力危ないことは控えてください。僕としてもあまり面倒ごとは起こさないでほしい」
「分かったわ、次元。こんなやつ、さっさとやっつけるから」
というが、俺から見て、麗美という彼女は本当に戦えるのか気になった。ドレインソーサレスとはいえ、よくある異世界ならMP上昇のような羽衣を着ていたりするイメージが強い。そのような魔法強化の防具、あるいは強化系の防具を着用しないで、本当に問題ないのだろうか?
その考えを自分の胸にしまい込む間に、少年は「では」と付け加える。
「決闘を始める前にもう一つ。龍王さん、このままでは麗美さんが勝ったとしても、ただ均等に報酬を分けることになってしまう。なので、麗美さんが勝った場合、龍王さんには報酬はなしで、僕と麗美さん二人で報酬を分ける、それでいいですか?」
「いいだろう。俺様が敗けるわけがないからな」
「いいですわ。報酬を待っていてくださいね、次元」
次元とかいう少年。中々に狡猾な男だ。確かに道理は通っていて、ドラゴンマスターは断れないだろう。さらに、麗美の性格を把握している故、あのように報酬を分割にすることまで口約束だが、取り付けた。
「では『そこまで』というまで、思う存分に戦ってください。では、始め!」
次元の合図とともに決闘は始まる。
始めに駆け出したのはドラゴンマスター。対して麗美――ドレインソーサラーは動かない。
気づく。麗美が動かない理由。それは動く理由がないからだと。
麗美の足元――そこを原点とするように、地面に芽吹く生命――植物たち。急成長する生命。
麗美は新たに与える生命――植物を麗美の眼前の直線状に増やし、伸ばしていく。そしてその直線上にいるのはドラゴンマスター。植物たちはその場所に到達する。蔦がドラゴンマスターを絡み取る。そしてドラゴンマスターは動かなくなってしまい――
「こんなものか」
――普通に動いている。なんの障害もないかのように平気で動く。それはあまりに速いからで、そしてドラゴンマスターの速度が速すぎて故に、植物は燃えていた。この速さは再生者を凌ぐ、否、超えているかもしれないほどの速さだ。
その間に麗美は――、
「――いつの間に……」
そう思えるほど数秒で地上から十メートル以上離れている。それは植物の急成長――そして急成長した植物の上に乗っているから、地上から遠く離れているのだ。さらに、いつの間にかこの何もなかった場所に、植物があふれる。まるで突然水たまりができたかのように、意識していない数秒で、植物が全体に出現した。
そして当然、俺がいる場所にも植物は急成長していた。異常な力――これが、この世界の冒険者。異能を使用することによって、ここまでの芸当を為せるのかと、驚愕する。
麗美の猛攻は止まらない。フィールドすべてを植物で埋めるほどに満たした彼女は、それらをすべてドラゴンマスターを絡めるために使用する。さすがのドラゴンマスターも動けなくなる時は、ほんの数瞬訪れる。
その数瞬でどうやら、彼女にとって十分の時間だったようだ。
「やはり龍王の力は美味しいですわね」
ドラゴンマスターを巻き付けていた蔦が、ピンク色に光り輝いた。そしてそのピンク色の光は音速を超えるほどの速さで、地上から遠く離れている麗美のもとに導かれた。
舌なめずりをする音がここでも聞こえそうなほど、舌を出していると錯覚させられる。無論、遠すぎて麗美がその動作をしていても見えないが、そう聞こえてしまうほど恐怖に感じた。
「これが生命操作師! 相手の生命を奪って自身のチカラにしてしまう恐ろしい能力! 初めて見たぜ!」
なぜか野次馬はそんなことを言っているが、その野次馬が言っている意味を解釈すればなるほど、生命操作師だなと思える。生命を操作し、植物を育て、それを自身だとみなす。そうすることによってドラゴンマスターの力を奪い取ったのだろう。それが彼女の戦い方……か。
「その程度で、俺様に勝てると思ったのか、貴様?」
ドラゴンマスターは不敵に笑う。
凄まじい圧に襲われる。異常な、圧。こちらに敵意を剥きだしているわけではないのに、これだけの圧を場全体に出力できるのは日本人には絶対にいなかっただろうし、もちろん海外にもいない、それこそファンタジーの世界。それを今の俺は見ている……。
ドラゴンマスターは足に力を溜めたのかと思うと、いきなり、跳ぶ。植物の妨害を有無を言わずに、蔦は引きちぎられた。凄まじいドラゴンマスターの跳躍を止めようと、蠢く植物が麗美までの道のりを拒む。しかしドラゴンマスターは一蹴するように、何もそこに無かったかのように、勢いを殺すことなく、軽く十メートル以上跳んだ。
そしてその勢いのまま、ドラゴンマスターは生命操作師に拳を――、
「『そこまで』!」
少年の声が聞こえ、二人は戦いを中断。麗美は植物を巧みに使いふわりと着地。対してドラゴンマスターは植物をクッションの代わりとしながらも、ズシンと音が轟きながら着地。……十メートルから落ちても無傷なドラゴンマスター。俺は転移や方向量があるから問題ないけど、アイツ生身だろ……。
麗美はどうやら、決闘を中断させたことに不満があるようで文句をいう。
「次元、どういうこと? 危険だと思ったら止めるんでしょう?」
「そうですよ。危険だと思ったからストップかけたんです。あのまま殴られれば、麗美さんの皮膚に触ったから龍王さんの精神エネルギー等は奪えたとしても、それと同時に麗美さんの頭が吹っ飛びます」
なるほど、生命操作師は相手の攻撃を受けながらも、相手の力を奪おうとしていたのか。
そして、次元という少年の話が本当なら、どんだけだよ、ドラゴンマスター。威力が桁違いだ。桁違い甚だしい。有象無象でくくれない存在すぎる。まるで因果を蹴散らす人間。殴るだけで頭が吹っ飛ぶのはおかしいにもほどがある。
「でもあいつ、まだ龍王足る所以の力を発揮してないんだから、私の頭吹っ飛ぶはいいすぎなんじゃない?」
「言い過ぎって……。これでも最低限の考えなんですけどね。龍王の力を解放すれば殴られた場合、殴られた相手の身体が爆発するんですから、まだその表現だと生易しいと僕は思いますけどね」
殴られたら身体が爆発って、何それ怖い。僕が考えた最強の人間じゃないんだから……。それともあれか、相手の頭の中に爆弾でも仕掛けて作動させて爆発、みたいな。
……考えるのやめよう。考えても無意味だ。それほどまでにドラゴンマスターは規格外だと、この短時間で実感できている。
「勝者は龍王です。ですから、報酬は全て彼に渡します。でも、麗美さんは納得いかないでしょう?」
「そりゃ当然。それも龍王はまだ力をセーブしてたから、一発殴られるくらい大丈夫だと今もそう思っているわ。だから私がまだ勝っていた可能性だって十分にありますわ」
「ですよね。ですから、僕のほうから今回の報酬の全額の三分の一の金銭をお支払いします。これで文句はなしです」
「むう。わかったわ。それで許してあげるわ、次元」
こうして、壮絶な決闘は終わった。
それにしても、次元という少年。腹黒だと思ったが、二人に振り回されて、なんか可哀そうだった。