四話 『ギルド』
影先生の話を聞き終え、俺――遠藤輪離は働く場所の偵察を行うことにした。
影先生がオススメしてくれた場所はいくつかある。
一つ、土木工事。これは、『エイワーズの街』の人口が増えている傾向にあるため、かなり重要になっているのだという。そのため、収入は思ったよりも高いものらしい。
一つ、農業。環境等の問題で、『エイワーズの街』でしか育たない野菜や果物などが意外とあるらしい。確かに、衣食住の一つを携わる食の部分を満たすには、飽きを生じないための変化が必要だ。それを考えれば、なるほど、農業という考えも悪くはない。収入自体は人によって大きく変わるが、アリだろう。
そして最後、冒険者になること。これは、俺だけにオススメしてくれたものだ。影先生は少女――恋情敵雛には冒険者になることをオススメしなかった。理由は雛の能力がエモーションしか操作できないからだ。雛の能力は攻撃を兼ね備えていない。せいぜい相手――この場合は盗賊やモンスター、それらの感情を操作、結果として怯えさせたりして、戦闘を避けられる程度だ。しかしながら、それだけではあまりにも危険だ。
俺は飽くまで知識ながらだが知っている――冒険者というのは、自由だ。しかし裏を返せばそれは、束縛されないということ。『エイワーズの街』に束縛されず、解放されて、危険に晒されてしまう。冒険者は『自由』で、危ない橋を渡すことだって、何度もあるあだろう。それ故に無論、死ぬ可能性だって十分に考えられる。それらのことから、俺がたとえ冒険者になったとしても、雛が冒険者になる道理はない。
たとえ、雛が俺の仲間だとしても、雛を危険に晒すのは話が違う。
閑話休題。
まず、土木工事の体験した。体力があまりない俺だったが、異世界にきた恩恵なのか、体力が増えているように感じた。裏を返せば、その程度しか体力が増えていない。まあ、チーターになったわけでもないし、さらには人間のままの異世界に来たのだ。補正があっても、体力が若干増えたのかもしれない、その程度だろう。
次に、農業。これもまあ、労働の一種のようなものだから、結果的には土木工事と同じ。
一日目はこの二つの仕事を体験して終わった。
雛も同行していたが、彼女は特段普通の少女と同等の体力だったので途中でダウン。雛には労働とは言っても、体力を使う仕事をやるべきではないと思った。一応、雛には労働とはいっても事務的な仕事も紹介された。その一つが、冒険者を支えるための会社のようなもの――『ギルド』だ。『ギルド』の事務員になること――『ギルド』の受付嬢になることがベストだと、俺は思っていた。
二日目。早速『ギルド』にお邪魔した。
『ギルド』――中に入って思ったのは、なかなか個性豊かな人物が多いということだ。一部、獣人などもいるが大半が人間だ。『ギルド』は木材を主体として建てられているが、カウンターを見やると、石材などが使われている。
受付嬢に話を通して、今日一日受付嬢としての体験をしてもらえるといわれたので、雛は一日受付嬢をやる事となった。
その間に、俺は『ギルド』のことをいくらか知るために『ギルド』内を調べる。
巨大なコルクボードにクエストの内容が書かれた紙が貼られていた。クエストの内容は多種多様だ。商人らの護衛、モンスターを狩る、モンスターの撃退、『街』起こし、未知のダンジョンを探索する、植物の採取など、本当に多種多様だ。クエストそれぞれにはクエストに受けるための条件や、注意する点が書かれていた。
例えば、仲間は三人以上必要ということや、危険難易度を書かれていたりする。そして、どのようなアイテムを持っていくのがオススメなのかも書かれていて、かなり注意を払ってくれている。思っていたよりも、エルの世界の冒険者は好待遇のようだ。
そんなことを考えつつ、次は受付嬢に話を聞く。
「すいません。聞きたいことがあるんですが、冒険者になるためには何らかの手続きは必要でしょうか?」
「はい、必要ですよ。まず、冒険者になるための『契約書』に目を通していただき、そのあとに『契約書』に指紋を残すようにしてください。残すといいましたが、ようするに拇印ですね。拇印を押していただけましたら、晴れて冒険者です」
「……冒険者になるために手数料はかからないんですか?」
「手数料かかりませんよ。冒険者になる人が現在減少傾向にあるので、王国が様々な工夫を施して冒険者を増やそうと検討して手数料等はこちらで請け負っていることになっていて……って、もしかして、先日の再生者を斃してくださった異世界人の方ですか?」
「え? まあ、はい、そうですね」
もしかして冒険者が減少していることはエルの世界では常識だったのだろうか? だから気づかれた?
エルの世界の住民に異世界人だとはあまり思われたくなかったんだけどな。
「だとしたら個人的にですが、冒険者になることをオススメしますよ。冒険者は種族間における差別はあまりないですから。そしてあなたは強い。ですから、金欠になることはなくなると思いますよ。ですが死ぬ可能性はしっかり考慮して、対策を施すことだけはお忘れなく。能力が強いからと言って亡くなった冒険者は多いですから……」
亡くなった冒険者は多い、か。この『ギルド』内には十数人程度の冒険者と思しき人がいる。鎧を纏っている冒険者、スリットワンピースを着ている女冒険者、身軽そうな装備をしている冒険者、様々だ。彼ら彼女らだって、亡くなってしまう可能性がある。そのことに、恐怖はする。しかしそれは、リスクありすぎる行動をとった冒険者が多いのだろう。
例えばゴブリンだと言って、侮れば死ぬ。自身が主人公だと思って猪突猛進して、蛮勇を振るい死ぬ者。
死とはまさしく死でしかない。亡くなって、それ以上未来はない。俺はイレギュラーで何回か生き返っているけど、多分、あと一度も死ぬことはできない。櫛玉からそう言われたのだ。
俺は受付嬢の言葉に対して「わかりました。冒険者になることはもう少し考えておきます」といい、受付場所からは離れた。
視界に入ったベンチに座る。雛は見当たらない。裏方の仕事をやっているのか? などと、思っていたときである。
眼で牽制し合っている二人を見つけた。
「ほう? 貴様、報酬は俺様に全額渡さないというのか?」
「当たり前ですよ龍王。報酬は普通であれば、均等にするんですから。ましてや今回は商人の護衛でしたし、報酬を均等にするとは言わずとも、均等にするのは当たり前ですわよ?」
片方は男の冒険者。龍王と相手に呼ばれていた。無精髭で、服装は青の鎧を纏っている。青の髪をリーゼントとは逆方向に伸ばしている。
片方は女の冒険者。服装は大胆すぎていた。というか、日本にいたなら即逮捕される格好だ。ブラにパンツのみという、大胆にもほどがある。そして髪色はピンク。なるほど、ピンクは淫乱というが、初めてそれに得心がいった。
そして二人に仲介するように、一人の少年が割って入る。
「龍王さん、麗美さん、喧嘩はやめましょうよ。ここは『ギルド』ですよ? あまり騒ぎになることは控えましょうよ。報酬の話は『ギルド』の外でしましょう。話し合いで解決するにしろ、喧嘩で解決するにしろ、そうしないと後々面倒です」
「そうだな。貴様を屠るには表のほうが盛り上がるな。貴様がくたばる姿が楽しみだ」
「ええ、私もそうしたほうがいいと思っていたのよ。龍王がくたばるのは屋内よりも屋外のほうがおもしろいですわ」
そう言いながら、三人は表に出ていく。このままの勢いでは仲介に入った少年がいても喧嘩は避けられないだろう。喧嘩――つまり、能力同士のバトルが見れるかもしれない。
野次馬行為かもしれないが、冒険者というものがどの程度の実力を持っているのかは知りたい。そう思い俺は彼らのあとにひっそりとついていく。