表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
劣等抱く方向量転移者 ~α世界線~  作者: ザ・ディル
一章 方向量転移者(ベクトルテレポーター) VS 再生者(リジェネーター)
1/21

一話 もしも能力があれば


 突然だが、本当に突然だが、ふとしたときに「こんな能力が欲しい」と、そう思うことはないだろうか?

 俺――遠藤(えんどう)輪離(りんり)は、今、このとき、"この状況で"、『能力』を欲していた。


 もしもベクトル操作とテレポートができれば……!!


 その状況とは、――死が確定した時だ。

 工事中だった建築物の鉄骨が、俺や、他の人に降りかかってきている。十メートルは軽く超える鉄骨――それほど大きな物体が複数以上降りかかってきたのだ。この物体が地面に落ちれば、必然と俺は死ぬ。もちろん、鉄骨に巻き込まれてる俺や他の人たちは必死に逃げているが、それ以上に鉄骨の落下速度が速い。


 死ぬかもしれないとは思ったが、あること――IFのことがあれば、俺は助かるかもしれないとも思っていた。


 俺はとあるアニメにハマっていた、中二病の一端を持っている人間だ。だからこそ死ぬ間際で思ったのだ。


 もしもベクトル操作とテレポートができれば……!! と。


 常人にとってみれば、そんなのはあるはずもないと、一蹴されるだろう。でも、俺はあきらめなかった。そのチカラがあれば、劣等ヒーローと言われていた自分が、本当にヒーローになれる気がしたから。

 しかしながら、願いは叶うはずもなく、迫ってきている鉄骨からは逃げられない。

 これから死ぬことはほぼ間違いない。奇跡的な可能性を除けば、死ぬのだ。俺も――落下する鉄骨から逃げられない人たちも。

 だからこそ、俺は願ったのだ。


 死にたくないと思っているだろ!! 俺も!! 他の人も!!




 

 そして、俺は死んだ。

 鉄骨に押しつぶされて、微塵に、ミンチにされて無残に死んだ。



 そして――



 *貴方の"常時"能力はベクトル操作とテレポートです*




 そんな意味不明な言葉を、聞いたような気がした。









 *****








 最初に感じたのは、浮遊感だった。次にどこかに飛ばされている感覚。感覚が後追いして状況を逐一教えてくれるが、そのほとんどは速すぎるとか、ヤバいとか、そんなところ。そして疑念――なぜ、それほどの速さなのに死なないのか?


 どこかに着地したのか、速度体感がなくなる――零キロメートル毎秒。






 そして俺――遠藤輪離は目を覚ます。


 そこは――その場所は、現代とかけ離れたかのような木材建築によってできた家ばかりで、1DK の大きさも満たない建物ばかりに見える。

 古さ加減が甚だしいほどの家が、立ち並んでいた。時代から言えば、現代から五百年程度は前なのかもしれない――そう思えるほどの古臭さ。木々が多くみられる。綺麗な川も見える。そして、その川に架かる、石をベースにした橋。やはり古臭い。いや、別世界と言った方が、的確だろうか? もしかしたら、昔の時代に似ている異世界なのかもしれない。


 疑問は尽きない。

 だけど、それらの考えは後回しだ。

 その理由は、それ以上に、異常な光景が目の前に映っているから。


「おいお前、いつからそこにいた?」


 目の前にいたのは屈強な男。声の主はいかつく、声もいかつく、スキンヘッドで上半身裸。下半身は半壊したかのようなジーンズを穿いていた。オマケにかなりの長身で、頭を上げないと相手の顔が見えないほどの巨体。


「…………」


 そして何より衝撃なのが――何より衝動に駆られてしまうのは、スキンヘッドの男が片手で持ち上げていたものの興味、いや興味というよりは不思議――意味不明、と言ったほうが適切かもしれない。

 持ち上げていたものは――人であり、少女である。

 まだ小学生ほどの幼いその少女は、男の巨大な手によって首を持ち上げられていた。黒髪ロングの紫紺の瞳で、長い髪が縛られておらず乱れ、服装も淫らにされ、ボロボロの布一枚しか着ていない。


「おい、答えろ!!」


 そのスキンヘッドの男の怒号は俺に向けられていたことで、ようやく理解した。



 この状況は、あまりにもヤバい! そのことに遅れながら気づいた。



 男の身体はくまなく鍛えられており、筋肉もいかつく顔もいかつく、さらには至る所に(まだら)模様の刺青(タトゥー)が刻まれていた。

 間違いなく、間違いをしないで分かる。このスキンヘッドの男は関わっていけない類の人間だと、遅れながら気づく。


 俺は、頭を動かさず、目だけを動かして状況を把握する。

 木造建築の家屋には、窓の向こう側に人がいることを確認できた。もっとも、彼ら彼女らは俺と目を合わすと、窓から見えない位置に隠れたが。


「答えないのか、お前?」


 ドスのある声は、声の主もドスがあり、その存在には畏怖するしかない。

 しかしその畏怖足る存在に、口出しした人がいた。それは、男に身体を持ち上げられていた少女だった。


「私を殺したかったんじゃないんですか?」


「ああ!?」


 少女は首を男に持たれながらも、そう言った。

 首を持たれている絶望的状況で。

 相手にセンセーショナルな言葉を吐いた。

 少女は、この世のすべてを見透かすような瞳で、世界が戯言(ざれごと)めいていると答えてしまうような瞳で、何も何者も何事も興味がないように、無表情でそう言った――言い切った――言い切ってしまった。

 少女は、少女らしからぬ少女だった。


「お前わかってんのか? 俺は今ここで、お前を殺そうとしてるんだぜ? 理解してんのか?」


「事象は変わらないです」


 ヘンテコな台詞を発する少女は、しかし混乱しているわけではないように見えた。

 スキンヘッドの男から目を離さず、しっかりと話をしようとしている。常軌を逸しているような状況なのに、彼女の情況は、平常心から逸脱していない。それほど冷静冷徹に見える。


「何が言いたいんだ、お前は?」


「出来事を見たいだけかもしれないです。貴方がこれから私を殺すのか否か、その結果を見たいのかもしれません。

 まあ、私は貴方に殺されても、なんとも思わないですが」


 その言葉を聞いた瞬間、頭に血が上ったのか、男は顔を激怒色に染めた。それを見ても、少女は何も怖じ気ず動じず、無表情無抵抗。だから俺は思ってしまったのだ。


 もしかして、この巨漢の男はあの少女を殺すことは無いかもしれない。そもそも、まだ首も絞めてもないかもしれないんだし……。


 よくよく考えれば、少女を片手で持ち上げているだけで、手に力なんて入れていないかもしれない。

 そんな憶測を――そんな妄想を抱いていた。その愚かさに気が付くのは、愚かにも刹那だ。


「――殺す!」


 ついにスキンヘッドの男は少女の首を絞めた。腕に力が入ったことが、筋肉の動きで簡単に理解できた。


「やめろよ……!」


「ああ?」


 それを口にした声の主は、驚きを自分でも隠せない。

 何も考えてもいられないほど、恐怖していたのに。声を出す必要はなかったのに。声の主である俺は、そう言ってしまった。

 しかも、少女は既に気絶していた。完全に、言った損になった。


 スキンヘッドの男は嘲る。


「なんだお前。まさか俺に喧嘩売ってんのか?」


「っあ、いや! そんなことないです。ごめんなさい……」


 俺は正義には――ヒーローにはなれない。だから委縮する。だから前言を、撤回しようとした。


「じゃあ金をくれ。いや、金になる物なら何でもいい」


「…………」


 黙る。黙ってしまう。

 金なんて、あるわけない。

 いきなりこんな場所に飛ばされたのに、金なんて持っているわけがない。そして俺は気づく。


 コイツは……盗賊か……?


 早くもこの状況に、情況が少しずつ慣れてきた気がする。

 そして冷静になって結果を導き出したのが、この男は盗賊だということ。確証はないけど、それに近しい言行から、その可能性は十二分にあった。カツアゲしていたし、シニカルに笑って見えた歯は金歯だった。多分、盗んだ分の金で、金歯でも作って入れてもらったのだろう。


 ……。

 それが分かったところで、無意味だ。どうにもならない。

 俺は金銭や金に代わる物なんて持っていないから、


「すいません。無一文なんで、金なんてありません……」


 こう答えるしかない。Noかいいえでしか解答できない選択。あまりにも残酷だ。


「分かった。じゃあ見せしめに、この女を殺せばいいよな?」


「はっ?」


 呆けた表情で答えた。


 あいつは本当に少女を殺すのか?


 確信はない。しかし可能性は十分なほどある。あいつは少女をなんの躊躇(ためら)いなしに気絶させたのだから。

 俺は無意識に正義なる言葉を、再び口にした。


「少女から手を離せ」


「分かった。手を離す。代わりにお前を殺す」


「えっ……?」


 心の準備も何もできていない。意味も分からなかった。少女を殺すことに拘りがあったはずなのに、どうして標的を俺に変えるのか。思いのほか簡単な理由だと察した。


――殺せれば、誰でもいいのか。見せしめに殺せば、恐怖と畏怖で自宅にいる彼ら彼女らから金を搾取できるから。だから殺すのは一人で十分。誰を殺しても良かったのか……!


 それに気づいたとき、もう前言を撤回できなかった。

 スキンヘッドの男は乱暴に少女から手を離して、数瞬で俺のもとに来る。巨体なのにあり得ないほどの速さだった。そして巨体から繰り出す拳を俺に喰らわせ、


「…………、えっ?」


 スキンヘッドの男は勝手に吹き飛んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ