夜叉姫だった
ギルドの扉を蹴破ろうかという勢いで入ってきたのはこの世界では珍しい、黒髪ロングの幼子。それ以外はギルドという場違いなシチュエーションでなければ何処にでも居そうな子供だ…その腰に携えた刀がなければだが。
「儂の打った一振りの気配がしたから来てみれば、何じゃ…怨の気配が霧散しとるということは、もう既に事切れとるではないか!私の打った刀はどこじゃ!」
言う事なす事が子供のそれではないが、そんな幼子を見てタクミとコウイチはそっとその場から後ずさりながら、出入り口の方へと移動する。もちろん、ヒスイたちにもアイコンタクトで合図を送りながら。
「(よりにもよって…)」
「(夜叉姫の方だったかぁ…)」
そして事情を知らないギルド側からしたら、突然突入してきた子供が、全く意味の分からない事を喚き散らしているという状況。
大人としての行動は、当然窘めて外へと追い出す。場所が場所であるし、今は内部がごたついているのだ。一人の男性職員が幼子へと近づき声をかける。
「お嬢ちゃん?ここは子供の来るところじゃないよ?お父さんかお母さんは…」
そう言い終わる前に幼子の目が据わり、ギルド室内を一気に濃厚な剣気に支配され、腰に携えていた刀の柄に手をかけ…
「マズイな、コウイチ!」
「はぁ…」
あと少しで出口…というところで、幼子のしようとしている事に気がついたタクミとコウイチは縮地で幼子との距離を一気に詰めた。
タクミは刀の柄を抑え、コウイチは利き腕の二の腕を抑え込み、二人して幼子へと手刀を向ける。傍から見れば虐待にも見えなくはない光景だが、先程の剣気に当てられた者達からみれば明らかにタクミ達に助けられたという印象を受ける。
「ほぅ?儂の気に怯まず刀の挙を抑えるとは…この世界にも中々の…む?」
自分のしでかそうとしたことを棚に上げ、そう楽しそうにタクミ達を見上げた幼子。しかしそこでふと、不思議そうな顔で首を傾げた。
「お主ら…匠と光一ではないか!」
そんな嬉しそうな声色とともに破顔した幼子の言葉に、周りのギルド員たちからは「え"!?」と訝しんだ視線が向けられた。
総意として向けられた視線の意訳はこうである。
『知り合いならその物騒な子供を何とかしろ!』
「…はぁ。おい夜叉、取り敢えず外出るぞ。コウイチ、悪いんだけどこいつとヒスイ達連れて先に村に戻っておいてくれ。俺はギルマスにうまく説明してくる。」
「えー…まぁ、仕方ない、かぁ。夜叉姫、ということだから付いてきてくれるかな?」
「ふむ?まぁよかろう、一族以外の知り合いなぞおらんと思っておったところの奇縁、付いていくとしよう。」
一族以外の…聞きたくない単語が耳に入ってきたが、タクミは努めて聞き逃した。大人しくコウイチに付いていった夜叉姫を尻目に、タクミはローグの元へと歩み寄り謝罪する。
「ギルド長、申し訳ありません。あの子供は遠縁の子でして、少々特殊な環境で育った為に常識に疎いんですよ。それと件の剣にも関係する人間でして…ここでは詳しく話せませんが、追ってワグナーさん経由で報告させていただきます。」
「!!…わかった。取りあえずはあの剣はこちらで厳重に保管しておこう。連絡を待っている。」
ワグナー…つまり、宰相を挟まなければならないレベルの事態であると暗に含ませた言葉はローグに正しく伝わったらしく、それ以上追求を受けることがなかった。
その後、ヒスイとマフユのギルドカードを受け取り急いで村へと帰り着いたタクミが見たものは…
「あははははははははっ!!強い!強いのぉ!メイド娘!」
「はっ!まさかこんなガキが理に近い剣技を持ってるとは!世の中捨てたもんじゃないなぁ!」
それは村の中央に位置する噴水広場が、どこぞの世紀末よろしく修羅の戦場へと生まれ変わった姿だった。
朝見たときは綺麗な噴水広場だったはずだが、タクミが戻ってくるまでの数刻の間に何がどうなってメイド娘と夜叉姫が戦うことになっているのか。
「おおよその検討はつくけど…理解はしたくない」
小太刀(夜叉姫の身長からすれば大太刀と変わりないが)を意気揚々とメイド娘(赤)に向け振り下ろす。メイド娘がヒラリとそれを躱すが、代わりに真後ろの地面が文字通り消し飛んだ。
「…はっ、物騒な刀だな、おい!」
「いい、いいぞ!赤髪!初見で今のを見切るかっ!」
剣戟の音と切り結んでいる回数が不一致なのは良しとして、二人が腕を振るうたびに周りの建造物が消し飛ぶ。その原因足るのは言うまでもなく夜叉姫の持つ刀だが、それを今この場で言及するものはいない。
「興が乗ったぞ!元心流秘剣弐ノ太刀『法葵…」
夜叉姫から放たれる覇気が一層高まる。見るものが見れば明らかに宜しくない結果になりそうなことをしようとしているのは明白。だが夜叉姫の覇気の高まりと同時に、それを予期していたかのように2つの影が飛び出した。
「そこまでだ、夜叉。」
「その技は看過できないよ?」
ハヤテが腕を、コウイチが柄を抑え夜叉姫の挙動を制す。縮地により瞬間移動したかのような現れ方をした二人に驚く人間も魔人もここには居なかった。代わりに出たのは明らかな非難だ。
「何じゃ、ハヤテにコウイチ。ここからがいいところじゃぞ?」
「そうよ。私らとの契約を忘れたの?」
言わずもがな夜叉姫とメイド娘だ。しかしその言葉に対してはタクミから反論が入った。
「夜叉姫、人の村での勝手な秘剣の使用…どうなるか分かってるのか?それにメイド、お前たちとの契約は月一で俺たち四人との戦闘のはず。夜叉姫との戦闘は契約外だ。」
「むぅ…」
「…ちっ、分かってるわよ。」
各々痛いところを疲れたかのように矛を収めた。それならこんな惨状になる前に収めてほしかった…と思うタクミだったが後の祭り。覆水盆に帰らずとはこのことだろう。
「はあ…で、夜叉姫。お前たちはもしかしてだけど一族まるごと、とか言わないよな?」
タクミは主語をバッサリと省いた問を投げかける。だが夜叉姫にはそれで伝わるし、半ば答えはわかってるからこれは確認のようなものだ…できれば外れてほしいとは思ってるが。
「うむ!まさか懐刀がこちらに勢ぞろいとは思わなかったが、これならこちらでも楽しめそうじゃ!答えは是!櫛灘一族はまるっと死んで神とやらからこの世界に飛ばされたわ!はっはっはっは!」
「(こっちは全然笑い事じゃないけどな!)」
画して、面倒事ははタクミとジュウゲンの読み通り、現実のものとなったのだった。




