終わり良ければ…とはいかないようだった
魔獣戦役における王国の損害報告書、並びに帝国の今後の扱いと情報統制に関する報告書。
・王国兵(補給部隊除く)の死者40590人、負傷者38771人
・帝国兵(概算)の死者(都民を含む)推定75万人
・帝国側が何故この戦争を行うに至ったかの原因究明は、王族以下貴族、帝国民の殆どが魔獣兵と成った為、不可能に近いと考えられる。
・王国兵からの事情聴取に関しても、突如王都へ移動したという不可思議な現象により、その後の顛末を知るものはおらず、再び戦場へと向かった先にいたのは一体の異形な魔獣のみ。
・真偽は不明であるが、戦場にて少年少女のような背丈の仮面を被った者たちの目撃情報多数。目下情報を整理し調査予定。
そんな要約書がワグナーの手に握られていた。その表情は険しいものだったが、その理由は戦死者の数…が原因ではない。確かに少ないとは言えない被害だが、今回の戦争規模と比較すれば軽微だ。
勿論、戦死者に対する哀悼式や遺族に対する保証は必ず行うが、今気にするべきことはそこではない。
「陛下。この度の戦争、やはり…」
「…うむ。ダトウの者たちだろうな。」
主語の抜けた会話だが、防音間諜対策を厳重に施された国王の執務室には二人しか居ないためそれで事足りる。
この戦争の立役者、影の功労者と言ってもいいダトウ家の者たち。戦場からの集団転移、王国兵達が見た魔獣兵の集合体、そして人知れずそれを討った者…事情を知らなければ荒唐無稽な話だが、事情を知るなら話は違う。
「詳しい事情はわかりませんが、その異形の魔獣兵を討ったのはジュウゲン殿かショウゲン殿でしょうか?」
ショウゲンとジュウゲンは国王とも宰相とも面識があり、言葉を交わしたこともある。故に一番先に思い浮かんだようだ。
「分からぬ。だがまたダトウ家に借りができた事に変わりはなかろう…全く、あの一族と不可侵を契ったのは間違いではなかったな。」
サンザールは為政者だ。それも一国を動かすそのトップである。ダトウ家と魂上契約を結んだのは、その武力をこちら側に向けられないようにするためであり、保護の一面はあるものの保守的な要因が大きく含まれていた。
それは国としてなんらおかしな考えではなく、勿論ジュウゲンも承知の上での契約ではあるが。
そもそも王家からの魂上契約の返礼として、ダトウ家からは主従契約の一族血判状が献上されている。結果としては魂上契約は要らなかったのかもしれないが、目に見える安全とは互いにとっても精神衛生上必要なことである。
「とにかくワグナーよ。ダトウ家の方たちに対する対応は一任する。十分な補償をせよ。」
「はっ、心得ております。」
「そんなに気を使わなくてもいいと思うけどね。あっ、ここにジュウゲンからの手紙を置いておくから…では…」
「ありがとうございます……そして戦死者とその遺族達の対応も疎かにすることがないようにな。」
「そちらも委細承知して……は?」
「…ん?」
「「ショウゲン殿!?」」
ナチュラルに会話に参加して、ナチュラルに去っていったショウゲンをようやく認識した二人だったが、既に姿はない。あるのは置いていったジュウゲンからの手紙…それがサンザールの目の前に置かれていた。
重ねていうがこの部屋は国王の執務室。防音間諜対策に宮廷魔法師が幾多にも及ぶ対侵入・盗聴・攻撃・障壁魔法を施しており、更に部屋の前には近衛騎士の中でも【国王付近衛騎士】という上位役職者が警備にあたっている為、入室も退室も容易ではない…はずなのだが。
「…まぁ、今更であるな。」
「陛下の安全を考えるのならば由々しき事態ですが…ショウゲン殿なら、今更でしょうな。」
【隠密】を持ち、神出鬼没を体現するシュウゲン。元々謁見の間に自由に出入りし、ワグナーの後ろに気配を感じさせずに控えるほどの実力があるのだ。今更感は拭えない。
そもそもの話、ショウゲンが害意を始めから持っているのであればサンザールもワグナーも既にこの世には居ないだろう。最早気にしても仕方ないと開き直った二人は、ショウゲンの置いていった手紙に視線を落とした。
◆
「ん~~~!はぁ、久々にゆっくり寝た気がする…」
ところ変わり、タクミ達の家がある村…その自宅でタクミは大きく伸びをしながら起き上がる。
帝国での潜入、王国国境での戦争とこのところ自宅で休む暇なんてなかったタクミにとっては、久方ぶりの我が家である。既に本村、衛星村とも日常は取り戻しており窓の外からは心地よい喧騒が聞こえた。
と言っても現在この場所に来れるのはザックス王子以下護衛と一部限られた者のみ。あとは衛星村の住人兼各施設の従業員なのである意味身内のみのようなものだ。
「ん?どうぞ。」
家の扉がノックされ入室を許可すると、入ってきたのはジュウゲンだった。
「おお、起きておったかタクミ。随分と寝ておったが体の調子はどうじゃ?」
「まぁ、寝過ぎて身体中がバキバキなこと以外は問題ないな。前は中々疲れは抜けづらかったんだけど…若い身体っていいねぇ。」
「ほっほっ、それには同意するがな…して、ここに来た理由は察しておるかの?」
ジュウゲンは急に真面目な顔になるとタクミにそう問いかけた。
「ああ、エリシアとリアンヌの件だろ?その後、変化は?」
そう、ジュウゲンがタクミの家に訪れたのは件の2名の為だった。戦争終結後、あまりの疲労感のためタクミは戦後処理を他に任せ一足先に休んだのだが、如何せん肉体を酷使しすぎたのか3日ほど起きなかった。その間の出来事をジュウゲンは説明しに来たのだ。
「特に、といった所じゃ。二人共未だに目を覚ます気配もなく眠っておるよ。」
エリシアはタクミの魔法で仮死状態のため当たり前であるが、リアンヌは状況が違う。生後間もなくダンクに憑依され、この数年間を過ごした弊害はどうなるのかも見当がつかない状態だ。それに付き添う中佐も表面には出さないが、かなり気を揉んでいる。
そして中佐とリアンヌはこの村へというよりも、王国への亡命が特例で認められており、これからはこの村でリアンヌの回復あるいは治療方法を探りながら暮らしていくことになっている。
「そしてあの四人娘衆じゃが、当面は村に滞在することになった。迎賓館の空き家を割り当て、一応そこの住み込みメイドという体裁を取ることになったよ。」
「そうか………は!?住み込みメイド!?四人娘衆ってアレだよな?魔人と成ったメイド四人のことだよな!?」
つい数日前に死闘を演じた四人が何故住み込みメイドとして住むことになったのか。経緯はまだ聞いていないが流石のタクミも驚く。
「まぁ条件付じゃがな。」
「条件?」
「うむ、月に一度の魔法を交えない死合…それがあやつらの出した、『周りに危害を加えずに大人しくしている』という交換条件じゃ。ご丁寧に魂上契約まで持ち出しての。因みにお相手はワシにユミカ、ハヤトにタクミ、お主じゃな。何しろワグナー殿に聞いた話だと、魔人という存在はこの世に受肉した段階である意味不滅の存在となるようでのぉ…あやつらの出した条件を呑んだほうが穏便に済むと考えた結果じゃよ。」
「はぁ…まぁジュウゲンがそうしたほうがいいというのなら良いけどさ…勝算は?」
「魔法を交えないのであればまだまだ儂らには及ばんよ。そもそも儂らのあれは魔法ではないからのぉ。」
その含みのある言い方にタクミは呆れながらその手腕に恐れ入った。
「決まったものは仕方ない、か。何はともあれ暫くはゆっくりしたいところだな。」
勿論エリシアとリアンヌの治療方法を探さなくてはならないが、現状何か有力な手がかりがあるわけではない。ゆっくりと確実に、安全な手段で二人を回復させるにはまだまだ時間が掛るだろう。
「そうしたいところじゃがのぉ…一つ、確認せねばならない事案が発生したんじゃ。」
「…事案?」
タクミは嫌な予感がした。それはもう、ジュウゲンの苦笑の意味がありありと分かるくらいには。
「タクミは『櫛灘の一族』は覚えておるかの?」
それはまた一騒動起こることが確定する言葉だった。




