乱闘だった(中)
双方構えて、始め!と始まるのはスポーツやスポーツ的武道だけだ。
生死を掛けた殺試合に合図は、ない。
「とりゃ!」
幼女メイドの何とも気の抜ける掛け声。だがそれに伴った攻撃は生半可なものではない。
「(速っ!)」
一拍よりも短い無拍子で、姿が掻き消えると雷鬼の真正面から正拳突きを放つ。幼女メイドの身長的に当たるのは雷鬼の丹田辺だ。
見た目通りならリアンヌよりも少し年上といった風貌の幼女だが、その元が悪魔ならば直撃は絶対に避けなければならない。
ならばと雷鬼は膝で幼女メイドの拳を下から蹴り上げる…上に弾くことで直撃こそ回避はしたが、ミシッと骨にひびが入るような音がなったのは蹴り上げた雷鬼のほうだった。
「おお、この速さ程度なら反応するかの?ならばこれならどうじゃ!」
幼女メイドは嬉しそうな屈託のない笑顔でそう言うと、弾かれた拳を今度は手刀に変え、慣性の法則なぞ無視し、高速の振り下ろしを繰り出す。
「(正拳突きからの手刀薙ぎ!?)」
意表をつかれながらもバックステップでそれを躱す雷鬼。しかし直に失策を悟った。
「では次は私ですね?」
いつの間にか後ろを取られ、青髪メイドの拳がゼロ距離で雷鬼の背中に当てられていた。拳を当てられた事自体に威力はない、精々触れさせた程度だからだ。しかし青髪メイドの拳から伝わる特有の気の流れを感じ取った雷鬼は顔を引き攣らせる。
「(おいおい、まさか!?)」
「ふぅぅぅぅ……はっ!」
特有の呼吸法から繰り出されたのは中国拳法における崩拳。それを発剄と螺旋の動きを加えた拳が雷鬼の背中に打ち込まれた。
「ガッッ!?(こんど…は…中国拳…法!?)」
ゼロ距離から打ち込まれたとは到底思えない威力で前方へ吹き飛ばされた雷鬼は、地面を数回バウンドしながらも複数の受け身を行い綺麗に着地するが、当然無傷な訳が無い。
発剄による内臓へのダメージは避けれず、口から一筋の血を流していた。
「…いやはや…どうなってんだ?」
仮面越しに二人のメイドを見据え、チラリと中佐の様子を伺った。
その瞬間、紅髪メイドへ中佐が【次元庫】から弾丸を無限にリロードし、あの大口径拳銃で早撃ちを繰り出す。またも銃声は一発分しか聞こえなかったが。
「シィィィィィ…シッ!!…凄いな、そんな口径の銃で連射とか。」
だが紅髪メイドはそれを腰に携えた刀でこちらも一刀のもとに斬り伏せた…様に見えた。
「(…次は居合…しかも抜刀と納刀を複数回)」
「あら?よそ見ですか?」
いつの間にか真横に距離を詰めていた青髪メイドが左掌を広げた状態で後ろに引き絞り、右掌で照準を取るように雷鬼へと突き出した。
「(…今度は通背拳!…)いやいや、流石に何度も油断はしねぇよ。」
青髪メイドは雷鬼の言葉を聞くと、ニヤリと笑みを零し地面を重く踏みしめ、左掌と右掌を入れ替えるようにして掌底を放つ。
「(懐刀流合気術…)【蟒蛇流乂】」
雷鬼は青髪メイドの掌底に対し、同じように身体を半身の姿勢で掌底を繰り出した。掌底と掌底がぶつかり合う…が、力の差は歴然のため直に雷鬼の掌底は押し込まれる。
しかし雷鬼はその押し込まれた力全てを身体の螺旋運動に転換、そのまま同じ様に青髪メイドへと踏み込み反対の掌底を鳩尾へと叩き込んだ。
「くっ!?」
自身が放った1.5倍の威力で返ってきた打撃に吹き飛ばされる青髪メイドを横目に、雷鬼はすぐさま連続バク転で上空から飛来してきたモノを回避した。
着地した自分の目の前には長矢が三本地面に突き刺さっている。普通の狩人が使うような矢ではない。その形状は雷鬼たち懐刀家なら…いや、日本人なら誰でも知っている武道の道具。
「次は和弓かよ…」
ようやく目を凝らせば見える距離、凡そ600メートル先程に黄金の髪を風に靡かせながら残心をしているメイドの姿が見える。
「仮面のお主、中々に動けるのぉ?この世界の人間には馴染みないはずじゃが。」
「それに私の掌底を流し返した技…あれは柔術、いえ、合気に近い流れでしたね。」
幼女メイドと先程吹き飛ばした青髪メイドがいつの間にか笑みを浮かべながら近づいてきた。悪魔は高速移動がデフォルトなのだろうか?と雷鬼は本気で思い始める。
一時休憩…といったところか。紅髪メイドと中佐も、警戒は続けているが互いの武器を構えたままこちらの様子を伺っていた。
「魔法無しであの動きとか、妙手飛び越えて準達人クラスだな。あんたら…その武術、どこで習得した。」
空手、中国拳法、抜刀術、和弓、そのどれも地球に存在する武術もしくは武器術だ。そもそもこの世界は魔法が発展している弊害か、武術体系が著しく少ない。体術は闘拳術という喧嘩を少し味付けした様なものが主流であるし、武器術も貴族たちが使う宮廷剣術、騎士団などが使う騎士剣術、平民が広く使う総合剣術、そして剣以外の武器を統合的に網羅した総合武器術というものしか存在しない。せいぜい冠詞として〇〇流とつく程度だ。
細かく見れば細分化できるかも知れないが、対して違いはないと感じたのが雷鬼の感想である。
「もしやと思ったが…お主はやはり異世界人か!しかも合気を習得しとるところを見るにニホンという国の出じゃな!」
そう言いながら幼女メイドは喜々とした表情で雷鬼を見る。普通ならば微笑ましいのだが、中身が悪魔とわかっている時点でその笑顔には恐怖しか感じないだろう。
「先程の私達の使った技の反応を見るに相当精通していますね。力のセーブラインを達人一歩手前に絞っていたこともお見通しと…これは楽しめそうです。」
青髪メイドも妖艶な笑みを浮かべながら舌舐めずりをするが、獲物を見つけた捕食者にしか見えない。
「いやいや、俺は一族の中で一番弱いんだよ。だからそう云う純粋な武術・武器術は…この人達に云ってくれ。」
「懐刀流軍用合気術…【百式観音諸手双手】!」
「懐刀流組手矢術 連射法…【一点寿像 閂】」
「血合流大太刀術…【瞬交切】〜!」
「「「「!?」」」」
各々の声が各メイド達の後ろから発せられた。
青髪メイドと幼女メイドへと気当たりと様々な気の練り方の諸手と双手を同時に叩き込み…初手から数十手までは捌いていたメイド達だが、遂に69手目でクリティカルヒットしそこから100手目まで全てを叩き込まれ吹き飛んだ。
標準的な和弓よりも長い独特の弓でバリスタのような矢を寸分狂わず連続かつ連結射出させ計5本の矢が金髪メイドに肉薄…同じ様に矢を縦列射出させたが、明らかな力負けを起こし尚も自身に迫る矢を金髪メイドは間一髪横っ飛びで回避した。
右に振り抜いた大太刀を途中で持ち手を交差させ並行ニ連撃を紅髪メイドに繰り出す…髪メイドも瞬時に反応し斬り返すが刀同士が当たる瞬間に持ち手や身体の向きを瞬時に切り替え続け、遂に最後の袈裟斬りがメイドの身体を襲った。
「で?このメイド達はなんだ?かなり腕が立ったが。」
「え、拳鬼…それ吹き飛ばした後で聞く?」
「あの紅い髪の女の子の腕も相当よぉ?」
「ふむ、ワシの5本に対して3本も出してきおったのぉ。中々じゃ。」
そう言いながら雷鬼に歩み寄る拳鬼、射鬼、斬鬼の3人。何故この3人がこの場にいるのかというとそれは雷鬼の仕業だった。
以前、雪鬼が自身の【絶対記憶】により確立させた通話とメールの魔法。本来なら【絶対記憶】によるイメージ記憶という鍵がなければ不可能な魔法とされたが、【最適解】がやってくれた。
原理は雪鬼のものとは違うが、脳波リンクの魔法を応用し、対象の脳裏に特定の言葉を届けれるようになったのだ。いわゆるテレパスというやつである。
「雷鬼からいきなり連絡を受け戻ってきてみれば…これはまた複雑な状況になってるな。」
拳鬼は破壊された家の窓や静止したまま動かないリアンヌを見てそう零す。
「それもそうじゃが先ずはあのメイド姿のお嬢さんたちじゃな。雷鬼よ、あの者たちは?」
「詳しい詳細は省く、リアンヌがメイドの死体に【悪魔召喚】の魔法で呼び出した上位魔人らしい。この世界には存在しない空手、中国拳法、刀術、弓術を使って更に腕が立つようだったからな、3人を急遽呼んだ。」
「なるほどねぇ、確かに腕は立ったわ〜。しかもまだ全然全力じゃない。」
「確かに雷鬼が俺等を呼ぶのも納得じゃわい。雷鬼や中佐とは相性が悪かろう。」
誰もが『リアンヌが死体を出し悪魔を呼び寄せた』件に関しては触れない。確かに詳細は気になるだろうが今は順序が違う。
「あはは!なんじゃ軍用合気じゃと!?そんな武術があったとは!これは更に面白くなったのじゃ!」
「これだから魔法を介しない闘いは面白いです。肉体的アドバンテージさえも研鑽された技の前には役に立たないのですから。」
先程吹き飛ばされた幼女メイドと青髪メイドが嬉しそうな声を上げながらゆっくり歩いて戻ってきた。あれだけ派手に打撃を受け吹き飛んだはずなのにも関わらず、メイド服がボロボロになってるだけで身体はピンピンしていた。
「あれ程の刀術を、しかも大太刀でやってのけるとは恐れ入ったな。」
袈裟斬りにされた紅髪メイドも服がバッサリと斬られ中々に際どい状態だが、その間から見える素肌には刀傷は全く見受けられない。
「あれ程の剛弓にして正確無比な連射、恐れ入ったわね。三者三様若く見えるけど…見た目だけね?そこの最初の仮面くんもそうだったけど見た目と魂の擦り減り具合がマッチしていない。」
金髪メイドはなぜわざわざ近づいてきたのか、他のメイドの傍に居た。
「ん?何故お主は戻ってきたんじゃ、弓なら離れておらんと意味なかろう?」
「毎回私だけ会話に参加できないじゃない!それに今回は久々に見る猛者なのよ!?私も会話したい!」
幼女メイドがそうツッコミを入れると、金髪メイドは若干顔を赤らめそう叫んだ。ボッチは嫌であったらしい。
「ほう?全力ではないが、割と本気で放ったんだが無傷か。」
「不思議ねぇ、お肉を断つ感覚はあったんだけど?」
「まぁ悪魔と云うからにはワシら人間には理解できぬ術理でも働いておるんじゃろうて。」
手応えはあったはずなのに無傷に近いメイド達に訝しげに首を捻る3人だが、焦りなどは全く無い。寧ろ声色から察するそれは…
「(明らかに、同類だよなぁ…)」
闘いを楽しむ修羅のソレだった。




