乱闘だった(前)
構えたリアンヌから放たれたのは小さな一言。
「【幻景猟火】」
一瞬で眼前を覆い尽くす業火に雷鬼と中佐は呑み込まれた様なフラッシュバックを起こした。その直後、痛みの走った自分の腕を見ると高温の焔に焼かれた様に雷鬼と中佐の皮膚は水膨れのように爛れていた。
「くっ…これは…(幻痛!?いや、思い込みによる生体反応を利用した精神攻撃か!)」
何故なら本物の焔ならば、あれだけの業火が放たれたのにも関わらず周りの草木や家屋には被害はないのはおかしく。もっと言えば水膨れは服の下にも出来ているが、服自体は無傷だからだ。
襲ってきたのは熱傷Ⅱ度程度の痛み、それも全身となればショックを起こしてもおかしくはない。だが魔獣兵の中佐はともかく、雷鬼は仕事柄様々な拷問に耐える訓練を受けているため、ショックに陥ることはなかった。
「ちっ、精神攻撃とは厄介な…タクミ、ダンクの精神魔法に対抗できるか?」
中佐は元から痛みそのものを感じていないのか雷鬼に平然と問いかけた。勿論、雷鬼同様全身に水膨れを被っているが。
「無理言うな。攻撃動作も何もなく一瞬で脳に叩き込まれる精神攻撃をどうにかできるわけ無いだろ。」
相変わらず無茶をいう中佐。
一応【最適解】に質問してみたが答えは否だった。
【個体名:リアンヌの【調律者】は【天能】の上位互換の為レジストは難しいです。成功率は約11%と推測】
つまり9割は防げない。ほぼ不可能ということだった。
「あれ?普通の人間ならショック死してもおかしくない魔法なんだけどな。」
魔法の効果こそ出ているものの平然と会話をする二人に首を傾げるリアンヌ。
「ふん、痛みを感じないように改造したのは貴様だろう?それにそんなに余裕をかましていていいのかダンク。貴様、その身体と【唯一ノ魔法】のせいで接近戦にはほぼ無力だな?」
「…あはは!またまたご明察。この身体は年相応の身体能力しかない。そして【唯一ノ魔法】のデメリットとして僕は【調律者】以外の魔法を全く使えなくなっている…だけどやりようはあるんだよ?」
リアンヌはそう言うと懐から2つの巻物を取り出し、そのうちの一つを地面へ広げ、その上に手をついた。
「【遅延解放】…【次元庫】」
純魔力を鍵として発動できる魔法保存の巻物。その巻物から現れたのは横たわった4人のメイド姿の女性たち、だが。
「(メイド…の死体か?生体反応がない)」
現れたのはメイド服を着た4体分の死体だ。そしてリアンヌは更に2つ目の巻物を広げ発動させる。
「【遅延解放】…【悪魔召喚︰血塗姉妹】」
「っ!不味い!タクミ、あれを止めろ!」
「【睡蓮花︰小花】!」
理由は分からなかったが、何か不味いと直感した雷鬼は小規模爆撃魔法を発動するがやはりというべきか、発動とともに無意識にキャンセルさせられ不発に終わる。
巻物から現れたのは赤、黃、青、緑の人魂のような発光体。それが各々メイドの身体に入り込むと、一瞬ビクンッと身体が跳ね上がり、各色の光が身体から迸りその姿が各々変化しゆっくりと身体を起こした。
「…悪魔の受肉体とは、また厄介なものを。」
「悪魔の受肉体?」
「タクミ、貴様は戦闘技術と魔法以外世間知らずにも程があるぞ?まぁいい。悪魔の受肉体は…」
要約すると、受肉体とはこの次元とは別次元に存在する種族である悪魔族、精霊族などの幽魔体が、この次元の肉体を得て活動及び干渉が可能になる状態ということ。
そして呼び出された悪魔が最悪の部類ということだった。
「血塗姉妹がこの世に顕現した記録があるのが凡そ200年ほど前。帝国とカナルジア共和国の戦争時に帝国が呼び寄せた以来だ。その際、帝国が軍略的に有効と判断し儀式魔法にて呼び出したのが奴ら四姉妹だ。奴らは少々特殊な悪魔でな、悪魔のくせに肉弾戦を好み、魔法は大して使わん。しかし先の大戦では共和国側に軍の6割に及ぶ損害を出している。しかし…【悪魔召喚】の条件は整ってないはず。」
「そう。本来なら大規模な儀式魔法と大量の贄が必要なんだけど、儀式魔法はこの特殊な巻物で簡略化、贄は今まさに近場で大量生産中のを僕の【調律者】でここにチョチョイと持ってくればあら不思議、上位魔人をご招待…ってね?」
尚も巫山戯た格好を崩さず余裕なダンク。
「本当なら使う予定はかなり先だったんだけど背に腹は代えられないからね。さぁ、どうする?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
紅い瞳が際立つ紅色の髪のポニーテール美女。
金髪ロングに黄金に光る瞳の欧州系美女。
青髪ショートボブで透き通った瞳、そして何故か先程まで掛けていなかった眼鏡を掛けた文学系美少女。
そして一際異彩を放つのが緑色の瞳に緑の髪をサイドに分けたツインテール、ほか3名より明らかに低い身長の美幼女。
そんな悪魔…受肉を果たした魔人は雷鬼と中佐を見据える。
「ふぅん…なんか仮面の男は異質な魂をしてるな。だが珍しい二極化したある意味綺麗な魂だね。」
紅髪メイドは品定めするようにそう言い。
「軍服の男も変に混じり物が多いけど、核の部分は揺るぎ無く強固な魂…いいわね。」
金髪メイドは不敵な笑みを浮かべ。
「オマケに魂に比例してかなり腕が立ちそうですね?」
青髪メイドはそう言いながら眼鏡の柄を上げ。
「だが…なんじゃお主は?気持ち悪いヘドロのような魂じゃなぁ?中の魂は純粋無垢、外はヘドロとはの。」
幼女メイドはダンクを心底嫌そうな目で見ながら言い放つ。
「っ!?…とにかくあの二人を早く片付けてくれないかな?僕もこれからの予定が詰まってるんでね。」
「「「「は?なんで(だ)(よ)(ですか)(じゃ)?」」」」
「何?」
異口同音。メイド四人はさも面倒臭そうにダンクに言い放った。これには流石のダンクも面食らった様に口を開けている。
「…ダンク、貴様勘違いしているな?確かに【悪魔召喚】は魂上契約の性質を利用して悪魔を一時的に制御できる魔法だ。だがな、上位個体には…極稀にその制約に縛られない個体が存在する。」
それは魔法に造詣の深い幾千年を存在している悪魔だ。
「なっ!?この【悪魔召喚】は簡易化したとはいえ僕の【調律者】で縛りの強化をしたものだぞ!幾ら強いとはいえ大して魔法も使えないこいつらが…まさか…」
「なんじゃ?あの弱っちい精神干渉魔法の事を言っとるのか?あんなもので妾達を縛れるわけがなかろう?妾の【喰餓者】で簡単に食い破れたわ。」
「それに200年前にも同じ事したのにお前覚えてないのか?私らに普通の魔法が通用する訳ないじゃん。」
「ま、私達には100年も200年も変わらないけど、人間からしたら大昔だものねぇ。あと魂上契約なんて私の【偽装者】で簡単に無効にできるし。」
「私達は魔法が大して使えないわけではありません。極力使わないようにしてるだけなんですよ?だって、戦闘が楽しくなくなってしまうでしょう?」
「まさか…四人とも【唯一ノ魔法】持ちだと?」
事実、200年前の大戦時。
この四人の魔人は確かに共和国側に大損害を与えた。しかし同時に帝国にも大きな人的被害を与えている。自分たちが呼び出した魔人に壊滅させられかけた…などプライドの高い帝国が歴史書に残すはずもなく、その事実のみは闇に葬られたが。
「当たり…たく、私らが人間ごときに使役される訳ないじゃん。考えただけで虫酸が走る…でもまぁ…」
「この二人に巡り合わせてくれたことだけには感謝しないといけませんね。とても楽しめそうです。」
そう赤と青のメイドは宣う。その言葉の端々には、最早ダンクなんて眼中にない…そう云う意味がありありと見て取れる。
「っ…ちっ、使えん!なら強制的に送り返して…」
「あ?させると思ってるのか?【遅延覚】」
ダンクが巻物も再び取り出し強制送還しようとした時、紅髪のメイドが手を何気に翳すとダンクはピタリと動きを止めた。それはまるで時間が止まったかのように。
「相変わらず【静動者】は便利ですね。さて、うるさい人も動かなくなりましたし…」
「味見…といこうかのぉ。」
その言葉と同時に悪魔特有の縦に割れた八つの瞳がタクミと中佐を見据えた。
タクミ「なんでお前帝国が葬った黒歴史知ってるんだ?」
中佐「ふっ、脅す相手の弱みを握るのは当然の嗜みだろう?」
タクミ「………」




