迷える子羊とお供だった
「うーむ、情報源が欲しいのぉ。」
「何?藪から棒に…」
ひいじいちゃんとの日課となりつつある森での狩猟中。専ら鶏や狼が主になるが、ごく稀にめちゃくちゃ邪悪そうな大蛇も出てくる森。
まぁ今のところここは少し大きめの動物しかいないので良いのだが、魔物が出てきたらどうしようかと俺は内心ビクビクしていた。
「いやの?物資関係はラムリス殿が持ってきてくれるから良いのじゃが、この界隈の情報が全く入ってこんでの。ラムリス殿は物資を交換したら足早にこの地を去ろうとするから情報が聞き出せん。誰かここに移住でもしにきてくれんものかのぉ…とな。」
ラムリスさんは村に物資を届ける際、毎回かなりの護衛を付けて村に訪れる。理由を聞くと、どうやら村までの道がかなり危険との事。ではどうして前回は少なかったのかと聞くと、俺らを不用意に刺激しない為だったという。成る程、確かにいきなり大人数で来られたら何事かと思ってしまうな。
で、話を戻す訳だが。
「なんか分かんないけどはぐらかすと言うか、避けてると言うかあんまり話したがらないんだよね、ラムリスさん。」
「まぁ話したく無い事を無理やり聞くのも気がひけるしの。地形や地図が手に入れば、おいおい自分たちで探るのもいいかもしれん。」
そう言いつつひいじいちゃん…っとこの呼び方は変えるんだった。
ジュウゲンは木の上から鶏の眉間を撃ち抜いた。
この呼び方、みんなで決めたんだけど未だに慣れない…というか家族を名前呼びするなんて兄弟姉妹くらいだろう。因みに主な意味は、この村に血縁関係の者がいないという外に対するポーズだ。
なんか村全員が血縁関係だとバレるのは後々面倒らしい…とはじいちゃん…ショウゲンの言葉。
「でもなんでラムリスさんはこんな動物の胆石や毛皮を、あんな大量の物資と交換してくれるんだろう?慈善活動ってわけでも無いだろうし…あ、ジュウゲンそっちに狼3、鶏5。」
「まぁ裏があるとしてもこちらに害がなければそれでよかろう…タクミは狼を頼むぞ。」
「それもそうだね…【三連斬煌】」
「うむ、終わりよければ全て良しというやつじゃな…【弱点強襲】【実影分身】」
あ…狼の1匹に急所を逸らされた…と思ったらジュウゲンの流れ矢で絶命した、よかった。
ん?…あのドヤ顔…俺が撃ち漏らす可能性を考慮して矢を予めこっち側にも放ったな?
なんか悔しい。
まぁジュウゲンが上手だっただけだ。そもそも生きてる年数が違うのだから経験値の差は仕方ない。
それは認める…認めるけどあのドヤ顔を許容出来るかはまた別問題だ。
「ジュウゲン、そのドヤ顔…」
ーーーーーーぅーーーーっーーー!!
「…微かだけどこれは。」
「ふむ、悲鳴かの?」
俺はジュウゲンと素早くアイコンタクトを取ると悲鳴の聞こえた方向へと駆ける。
ジュウゲンは軽やかな身のこなしで木の上を駆け、俺は木々を縫うように突き進んだ。すると30秒もしないうちに悲鳴の発生源である状況に直面した。
「(んー?どんな状況?)」
「(安直な表現をするならば“悪漢に襲われる姫君一行”と言ったところじゃの)」
ジュウゲンは木の上で息を潜め、俺は木の陰に身を隠して目線だけで互いに確認する。
確かに状況だけ見れば、高貴な服装の少女を守るようにして、騎士風の男女が兵士風の男たちの前に立ち塞がっていた。
何方も抜剣しており、騎士風の男女は怪我が酷いが少女を見る限り怪我をした様子はない。
対して兵士風の男たちは、見るからに…うん、下卑た笑みを浮かべながらにじり寄る姿は悪漢そのものだな。
「(これは兵士たちが悪人って事いいのかな?)」
「(…の様じゃの。タクミは少女達の元へ、あっちはワシが処理しよう。)」
「(わかった…あ、この毒ナイフ使う?)」
「(かっかっか!その様なモノ使わずとも徒手で十分じゃ!)」
アイコンタクトの会話だから恐らくはそんな事を言っているはず…と脳内変換し、俺とジュウゲンは同時に飛び出した。
「っ!誰ぎゃっ!?」
「おまえくがぁっ!?」
「なんだこのガキっ!?」
「かっかっか!遅い遅い…【鏃組手】」
ジュウゲンは手に1本の矢を持ったまま兵士たちのど真ん中に突貫し、順手逆手に矢を持ち替えながら敵の身体の急所に突き刺して行く。
…鏃使ったらそれもはや徒手空拳ではなくないか?
もちろん兵士たちも黙ってやられる訳なく、持っていた剣で応戦しようとするが悉くジュウゲンには当たらない。
「っ…誰…何方様、でしょう、か…?」
「…味方、で…いいの、か?」
俺も襲われていた方へと音もなく近づくと、案の定警戒された。まぁこんな森の中でいきなり高校生くらいの子供が現れたらびっくりもするか、フラフラになりながらも剣をこちらに構え直す騎士風の男女。
出血も多く、意識も飛びそうなのにそれでも後ろの少女を守らんとする姿勢は素直に凄いと思った。
後ろのお姫様はどうやらびっくりして声も出ない様だが。
「えぇ、その認識で合ってますよ?お怪我は大丈夫ですか?」
「我々、は…もう、持ちそうも、ない、な…」
「そう、ですね…あま、りにも攻撃を、貰いすぎました…」
俺に敵意がないことが伝わったのか2人は剣を下ろしその場に膝をついた…いや、その場に倒れこんだ。
「っ!ユミル!ロイ!許しませんよ!?私より先に死ぬことなんて絶対に許しません!!」
そこで漸くお姫様が2人に駆け寄った。着ているドレスが血で汚れることも構わず2人の手を握る。
「姫さま…面目ありません…」
「願わくば、来世でも姫さまのお側に…」
「ユミル!ロイ!気をしっかり持って!!いや!目を瞑ってはダメ!!!」
その瞳の光は朧げで徐々に小さく…お姫様の手を握り返す力が少しずつに弱くなってゆく…
…
………
……………
……………………
あ、ごめん。シリアスな所悪いんだけど…多分、2人とも助かるよ?
えーと、【最適解】?
【出血多量、深度裂傷、多数骨折、内臓破裂を確認】
【治療又は治療薬を算出…結果を抽出…ヒット】
【鶏の胆石、禍々しい大蛇の眼球、タクミが今足で踏んでいる薬草、ここに来るまでに採取した七色のキノコ、動物の心臓…は近くに新鮮なものがありますので追加は不要です…以上を【禁忌合成】で作成可能です】
【YES/NO】
もちろんYESで。
こんな場面でNOを選択できる胆力を俺は持ち合わせてない。
所々不穏な言葉の数々が聞こえたが気にしてはいけないと思う。
すると目の前に今さっき提示された素材が浮かび上がり、空中でグルグルと混ざり合っていった。
俺が踏んづけてた草…薬草も材料に入ってるみたいだけどそれは勘弁してくれ。俺も別に好きで踏んでた訳じゃないんだ。
【“天界の雫”が完成しました】
俺の目の前には真っ赤な50ml程の液体がフワフワと宙を漂っていた。液体と言ったがサラサラではなく粘度が高そうだ…どちらかと言うとドロリッといった感じか。
【1人1滴が適量です…それ以上摂取すると破裂します】
…え、なにが破裂するの?
【……頭がトマトになります】
つまりトマトが破裂したみたいな頭になるということですね、分かります。
「ユミル!ロイ!」
「おっと、それよりも…お姫様、手をお出しください。」
「え…?…手?」
お姫様は目を真っ赤に腫らしながらも必死に声を掛け続けていた。
そこに俺から声をかけられ一瞬キョトン、とするも素直に両手を差し出してくれた。
うん、素直なのはいいことだ。
その差し出された手に1滴ずつ雫を落とした。
「その赤い液体を2人に飲ませてあげてください。そうすれば治りますから。」
「え?…え、えぇ。」
半信半疑…というよりも事態がうまく飲み込めていない様子。
しかし赤い液体を飲ませれば助かるということは理解したらしく、恐る恐るその液体を2人の口に運ぶお姫様。
今思ったんだけど、あの液体ってあれにかなり似てないかな?
ほら、あれあれ。
某錬金術師の賢○の石。
…ホムンクルスとかになったりしないよね?
【なりません】
だよな。あんな不死の原石紛いの薬を人様に勝手に飲ませるなんて気が引けるしね。
【【超高速再生】スキルを獲得する程度です。不死者にはなりませんのでご安心ください】
…安心出来んわ!!え、なに?俺、人様を半ホムンクルス化させちゃった感じか!?
【本物の【超高速再生】スキルには及びません。せいぜい人よりも回復が早くなる程度です。骨折なら1日くらいで治ります】
十分早いわっ!しかも【回復】じゃなくて【再生】ってところが尚人外感を醸し出しとるわ!
【本物はすべての怪我や傷がゼロコンマ5秒以内に修復・回復します】
…比較対象が凄すぎて、なんか大丈夫な気がしてきた。
と言うことは、2人は1日もあれば回復すると見ていいのか?
【身体の方は半日程度で回復しますが、失った血に関しては直ぐには回復しません。2〜3日様子を見た方が賢明です】
成る程。
俺は【最適解】に言われた通りの内容をお姫様にも伝えた。するとお姫様は顔を輝かせ、何度も頭を下げてくる。
見た目幼女なお姫様にそう何度も頭を下げられると心が痛い。
お姫様と呼称してるが…お姫様で合ってるよね?
え?合っているけど、合ってないようなもの?
「簡単に言うとお家騒動です。」
あぁ…成る程。
「タクミ、こっちは終わったが…捕虜にしようと思っていた数名が血を吐いて倒れたんだが何かしたのか?」
「ひっ!?」
あ、ごめん。それ多分【最適解】の仕業。
それよりも…
「ジュウゲン、血糊が酷すぎてお姫様が怯えてる。」
「む?こりゃ失敬。ならワシは一足先にそこの2人を抱えて村に戻っておくとしようかの。」
言うが早いかジュウゲンは両脇に2人を抱えてすごい速さで去って行く。鎧つけたままだけど重くないのかな?
「あの…」
「ん?どうしたのお姫様?」
「エリシアです。」
ん?…あぁ名前ね?そう言えばいつまでもお姫様じゃ失礼か。
「タクミだ。それで、ジュウゲンが2人を担いで行っちゃったから俺たちも村に行こうか?」
「え?近くに村があるんですか?」
「うん、ここから歩いて20分くらいかな。」
「え…そんな近くに?」
「うん…うん?」
なんか話が噛み合ってるようで噛み合ってないような気がする。
「取り敢えず村に戻ろう。エリシアも2人が心配だろ?」
「え、えぇ…よろしくお願いします。」
よし、そうと決まれば…あ、アレどうしよう。
「今更なんだけど…アレどうする?エリシアに関係する人達だよね?ジュウゲンが殺しちゃったけど…」
エリシアは1遠くで事切れている兵士たちを一瞥すると笑顔でこう言った。
「捨て置いてください。命令とは言え私たちを殺そうとした者達ですから。」
…了解です。
さっきまで怯えてたのは殺しに対してではなく、生々しい血に対してだったのかな?