陰湿だった (中)
雷鬼の判断に掛かった時間はコンマ5秒、ほぼ条件反射的にリアンヌの背後へと回り込みその細い首筋に手刀突きを放とうとした。
「っ!」
しかし右肩辺にチリチリとした感覚を察知するとすぐさまその場から離脱。その原因である中佐へと視線を向けた。
「中佐。」
「貴様、気でも狂ったか。今のは本気で殺そうとしたな?」
急所ではなく右肩を狙ったのは仲間意識か、それともリアンヌにスプラッタな場面を見せないためか。それでも中佐の視線には雷鬼を射殺せそうなほどの殺気と怒気が籠もっている。
「お父さん、怖い顔してどうしたの?」
「っ!?」
「な!?」
リアンヌの放った言葉は年相応の、そして不安そうな表情と合致するものだった。だがそれは表情と言葉だけだ。
リアンヌの身体は全くの別反応を示した。持っていたナイフを素早く逆手に持ち替え、ノールックで雷鬼へと振り翳す。
その際、人間の関節可動域を無視した為かゴキンッと生々しい音が鳴る。顔は中佐に向いたまま、しかし身体は雷鬼を襲おうと動く。
傍から見ればそれはホラーだろう。
迫るナイフをリアンヌの手首を強打することにより防ぎ、すぐさまその場から離脱。中佐の隣に立ち横目で中佐を見る。
「理解したか?」
「…どうなっている?」
中佐は半分以上呆けながら雷鬼に説明を求めた…が、今はそんな悠長な事が出来る状況ではなかった。
「………」
今度は無言のまま雷鬼へと突進してくるリアンヌ。外れた左腕はそのままに、ナイフを持ち替え突き刺す動作、から切り上げ、そして再び逆手に持ち替えてからの振り下ろし…到底幼い子供ができる芸当ではない。
未だに理解し難いといった中佐には申し訳ないが、こうして殺意を持って攻撃している者に手心を加えるほど今の雷鬼は甘くはない。
リアンヌが振り下ろした手首をそのまま汲取り、遠心力を利用してそのまま窓の方向へ投げ飛ばす。ガラスの割れる音ともに外に放り出されたリアンヌは、空中で廻し受け身をとり器用に着地し口をようやく開いた。
追従して外に出た雷鬼と中佐へと放たれた言葉は
「ふぅ…全く、この姿なら油断の1つや2つしてくれてもいいと思うんだが?」
可愛らしい声色の男言葉。
まず2人の脳裏に浮かんだのは、このリアンヌが何らかの擬態能力等による成り代わりだ。しかしそれは直に否定する。父親である中佐が間違えるはずもないし、仮に擬態だったとしても背丈や体重まで子供のリアンヌに似せるには無理がある。
では成り代わりではなく、目の前のリアンヌが本人と仮定するならば最も考えられるのは…
「ご明察、と言っておこうか。この身体はリアンヌという少女のもの、もちろん精神は違うがね?」
「…いつからだ。いつから貴様はリアンヌの中にいる。」
中佐は絞り出すようにそう問い掛ける。その表情は困惑、怒り、悲壮…様々な感情が混ざったものだ。
対するリアンヌはというと…ニャァァと可愛らしい顔をこれでもかと歪めて嘲笑っていた。あたかもその質問を待っていましたと言わんばかりだ。
「ほぼ最初からだよ、中佐…いや、ロイド・セフテンベルク?それともこう呼んだら分かるかい?ロイ?」
「!?…まさか、ダン…ダンク・ブリックスか?」
「…知り合いか?」
中佐とリアンヌの会話を訝しげに聞いていた雷鬼はそう尋ねた。聞いた感じでは知己のような雰囲気ではあるが、状況を鑑みるに友好的なものではあるまいと考えた。
「…ダンクは諜報部の技術研究員だった男だ。10年前に禁忌的研究を行い、帝都民162名を研究名目で殺害した罪により処刑された、はずだ。」
「確かに僕は10年前に死んだよ。何よりその執行人は君じゃないか、ロイ。いやに他人行儀な説明をするんだね?仮にも親友だった僕に対してさ。」
「そんなことは今どうでもいい…10年前死んだお前が何故…いや、リアンヌに何をした!!」
様々な感情が綯い交ぜになっているのだろう。普段の冷静沈着な中佐がここまで取り乱した様子に雷鬼は内心驚いていた。
「凡そアタリはついているんだろう?見ての通りこのリアンヌちゃんの身体を使わせてもらってるんだよ。まぁ馴染みすぎてほぼ僕の身体みたいなものだけどさ。そもそも、君の知る【リアンヌ】なんて娘はこの世には居ないさ。」
「…なんだと?」
そう言うとリアンヌはやれやれといった感じで頭を振る。
「僕は言ったはずだよ、ほぼ最初からって。」
「最初…まさか。」
「おや?そっちの彼は気付いたようだよ?」
雷鬼は先程の会話をすべて統合し考えた…ところで、最悪の結論に辿り着いてしまった。
「確かにこの身体を構成する遺伝子はロイと君の妻、二人のものだよ?でもね、僕がこのリアンヌという身体に宿ったのは、この身体がこの世に生を受けた瞬間だ。つまり何が言いたいのかというと…」
「っ!」
「おっと!」
顛末を全て悟った雷鬼は、リアンヌにそれ以上言わせまいとほぼ全力の縮地で近づき、渾身の蹴り技を放った。しかしそれはリアンヌに当たる直前で急停止した。まるで何かの壁に阻まれるかのように。
そしてより一層邪悪な笑みを深めたリアンヌは、遂に最悪な一言を言い放った。
「つまり君の知るリアンヌ何て娘は、最初からこの世には居ないのさ。」
その決定的な一言を。




