陰湿だった (前)
雷鬼、中佐の両名は現在、林の影から帝国と王国の兵が入り乱れる戦場を静かに見守っていた。倒し倒され、刺し刺され、軽々しく命が散るあの場所はどの時代や世界においても地獄と称するに相応しいだろう。
そんな地獄を見ても眉一つ動かさない二人は、じっくりと戦場の傾向や戦況、魔獣兵の分布、王国兵の残り戦力を静かに観察していた。
逆に言えば観察しているだけ、である。雷鬼が与するはずの王国側の助力をするでもなく、たった今老人の魔獣兵に噛み殺された兵を助けるでもなく、只々観察していた。
懐刀家は複合的に言えばエージェントあるいは諜報員だ。世の闇を斬る暗殺家業が勿論主たる仕事だが、時には交渉人や護衛、諜報活動も行うことがある。
初期の帝国潜入の際のタクミは、お世辞にも諜報に向いているとは言えないものだが、元々雷鬼は戦闘向きであり、どちらかといえば諜報などは観鬼などが得意とする分野。多少の粗さは仕方ないのである。
さて、普段の雷鬼ならば目の前で散りゆく命は極力助けようとするだろう。しかしそれをしない理由、それは一重に仕事中だからである。
現在、雷鬼は懐刀家の一人として職務に当たっている。
その最大の目標は事態の収束と王国の勝利。そして舞台は命の軽い戦争というシュチエーション。
『大義を成す為の必要な犠牲』
そんなドライな価値観を、このときだけは全ての懐刀家の人間が共通認識として持っていた。
その横にいる中佐も元々の性格か、はたまた同じ意識なのか戦況を俯瞰的に見ていた。
「やっぱり数の有利はどうにもならないか。中佐、操者の支配を外れた魔獣兵はどうなる?」
「統率が取れなくなるだけだ。以前、その驚異は変わらんだろう。逆に統率出来なくなった分、動きが読みづらくなるな。操者1人に対して精々支配下におけるのは100人程度、この戦況では1人2人消したところで大きな変化にはならん。」
「ま、そうだよな。」
帝国側の戦力は魔獣兵約80万人。それに対する操者は概算でも8000人規模だ。全員が全員あの双子のような練度ではないにしても、単純にその数が驚異なのは違いない。
サンザール達は雷鬼たちが参戦することにより大きな戦力増強と考えていたようだが、この限られた状況下においては実際には1人1人が対応できるのはたかが知れている。
「混戦を気にせず爆撃でドカン…なら簡単なんだけどな。」
「気にせずやればよかろう?この際誰がやったかなんて些事だ。大局を成すための必要な犠牲、それはお前も分かってるはずだが?」
そう中佐が揶揄してくるが、別に雷鬼は日和っている訳ではない。その費用対効果と戦後処理の問題から手段として除外しているだけだ。
「帝国側と王国側の兵の対比を考えろよ中佐。王国側の兵が多いならまだしも、帝国側が多い現状ならそりゃ悪手だ。一番の最善は御方とやらの殺害…いや、生け捕りか?」
「ふむ、御方を捕まえ言うことを聞かせる…たしかに現状は被害を減らせる有効な手段だが、誰かも分からん人物を特定し、探し、捕まえ、説得もとい交渉する…はっきり言って机上論だがな。」
それに加え時間的な余裕も今の王国側にはない。圧倒的な戦力差を前に奮闘しているものの、今後の国の運営を考えるのならばこれ以上兵力を減らすのは、即ちそのまま国力の低下に繋がるからだ。
【報。特定人物の探索ならば天能による魔法構築により可能です。実行しますか?…いえ、実行します】
「(お、おう…先生が食い気味に提案してきた。というか俺の天能、自立型なの?最近そう感じるんだけど。)」
【但し、この魔法を個体名︰ダトウ タクミ一人の脳で処理すると脳死してしまうため、それを補うために先に脳波リンクの魔法を構築、並列演算にて当該魔法の構築を開始します】
「怖っ!?」
「ん?どうした。」
「い、いや…何とかなりそうだ、その御方とやらを探すのは…(今しれっと脳死とか不吉ワード出てきたぞ!?)」
【現戦地の脳機能残存個体へ『仮想演算領域構築魔法』を脳波によりリンク。並列接続及び同時処理にて個体名︰タクミ ダトウの脳波とリンクし構築プロセス及び負荷をカバー。魔法式の構築を開始します…失敗…再試行…失敗…再試行…失敗…上位管理者からの不許可により魔法の構築が出来ません。魔法効果を限定的及び局所的に絞り、再度、上位管理者へ許可を申請…認証…魔法構築を開始します…成功…魔法名『箱庭ノ捜シ者』を発動します。先ずは現戦地の『操者』を特定、個体名︰タクミ ダトウの脳内に投写します】
所々不穏な単語を羅列しながら【最適解】は魔法を発動。雷鬼の脳内に現在の戦場の地形と操者の現在地にピン表示された状態で投写される。
これで戦況の把握が容易になった。脳内マップは戦場を俯瞰的に見下ろす形となっているため作戦も立て易い。
【続けて同魔法により対象仮個体名︰『御方』を魔獣兵、操者の脳波リンクから逆探知を開始します】
「(なるほどね、脳波経由で逆探知するわけか)」
確かにそれならば御方とやらも見つけられるだろう。更に言えば『箱庭ノ捜シ者』は脳波リンクから逆探知を行っている為、同魔法の発動時以外の魔力兆候は限りなく無いに等しい。実害性もない為隠密行動や索敵にはもってこいの魔法である。
だが、そんな考えは一瞬で覆った。
【!…逆探知をレジストされました。また同時に極めて希薄な魔力的繋がりを辿って探知系魔法のカウンター発動を確認、レジストします…失敗。敵対象に現在地を特定されました…撤退を進言します】
「なんだと?」そう考えたのも束の間、観察を行っていた戦場の方角から濃い魔力反応を感じ、ガバッと視線をそちらへ向けた。
「タクミ、不味いぞ。恐らく操者級の魔法がかなりの数、俺達の方へ放たれている。」
「っ、あぁ!そんなの見りゃわかる!【物魔曼荼羅多重障壁陣】!!」
【警。許容範囲を大きく上回る為、同魔法の多重展開を自動開始】
眼前に迫りくるのは多種多様、強力無比な攻撃性魔法の波。属性魔法、特殊魔法、爆撃魔法、呪殺魔法…飛来、空間転写、波状、様々な展開状態から放たれる致死、不可避の死の暴力が雷鬼と中佐に襲いかかろうとする。
対するは対物理、対魔法の障壁を曼荼羅模様に組み合わせ、更に防御性能を上げた現状最強の障壁魔法。それを更に【最適解】の補助により多重展開状態。
「ぐぉ!?」
「中々に不味いな。」
攻撃性魔法と障壁魔法の衝突。その余波だけでも空気を揺らし付随的なダメージを与えるに値するほどの威力。それが大規模大多数。強固な防御性能を誇るはずの障壁が一枚、また一枚と破られていく。
【逆探知から更にカウンターを実施、『御方』と思わしい人物を特定…飛べます】
「っ!よし…(中佐の前でコレ系は使いたくなかったが、四の五の言ってられん!)…【短距離転移】」
障壁が破られ切る前に雷鬼は中佐の方に触れ…その場が大規模大多数の魔法により爆散した。
その場に残るのは焦土と化した更地だけであった。
◆
「っと…間一髪だった…は?」
「む?」
一瞬にして風景が変わり、雷鬼達は建物の中に現れる。そしてその場所は雷鬼がよく知る場所だった。
「エミリアの部屋?」
そこは【身喰らう蛇】により今は半永久的な眠りにつくエミリアの部屋。そして目の前のベッドには静かに眠るエミリア、そして。
「…お父さん?」
手に禍々しい短刀を握りベッドの脇に佇む中佐の娘、リアンヌだった。




