隠見だった
「さて、二人で仕事をするのは久しぶりかな?見鬼?」
「えぇ、そもそも向こうにいた頃はもう後進に譲ったあとでしたからね。久しく実戦というもの自体から離れていた気がするわね。」
隠鬼と見鬼は歩きながら話していた。
声を潜めるでもなく、隠れるわけでもなく、混戦の場をスタスタ散歩するかの如く。
顔を隠す面と布を除けば高校生カップルが仲睦まじい様子を見せつけているだけだが、場所が異質すぎた。
近くを通り過ぎるたびにその場に倒れ塵と消えゆく魔獣兵。
今の今まで戦っていた魔獣兵が突然倒れ、消えゆくという不可思議な光景を目の当たりにして唖然とする王国兵。
二人の手には医療用メス(に近い形状の刃物)が握られていた。
「ど、どういうことだ?突然倒れて塵になったぞ…」
「こ、こっちもだ。何が起こってるんだ?」
王国兵はキョロキョロと見渡すが、周りも同じ現象で困惑する王国兵が目に映るだけ。
誰も隠鬼と見鬼の姿を認識していない。
しかし魔法による効果…というわけでもない。隠鬼と見鬼は、いくら見た目が若返ったとはいえ中身は還暦を超えた老夫婦だ。
タクミやヒスイなどのサブカルチャー脳というわけでもない。更に言えばこの世界の魔法という概念そのものが、二人には理解し難かった(加齢によるもの)。
そのため両名は簡単な探知系統の魔法さえ使えない。
神から与えられた天能という力は強制的に知識として頭の中に刻み込まれているので問題ないが、それさえ今は使っていない。
ならば魔法でも天能でもなければ、何故二人の姿が認識されていないのか?
それは二人が『視界廻』という技を行いながら歩いているからである。
「久しぶりの仕事だからなまってるかもと思ってましたが、杞憂だったようねぇ。」
「まぁ相手の練度が低いってのもあるがね。こうも簡単に誘導されるとは、今回の仕事で骨のあるやつはいるのかな?」
「はぁ…どうしてうちの男性陣はこう、好戦的なのかしら?」
尚も呑気に会話をしながら一足一刀に確実に、静かに敵を屠る。
認識こそされていないが、二人の様子を客観的に見れば場違い感甚だしく、違和感しか覚えない。
メスを正確に核へ差し込みそこから心臓まで一直線に切り裂くことにより、ほぼ撃ち漏らしなく二人は進む。タクミから核についての詳細は聞いていない二人だが、それは長年の感によりアタリをつけていた。
因みにであるがこの『視界廻』、現代風に言い直すと『ミスディレクション』という。そう、よく手品などで披露される視線誘導体の技術。
それを二人は暗殺技術へと転用、改良。更に歩法と組み合わせることにより、常態的に認識されない…正確には視界から外れ続けれるという、純粋な技術だけで魔法と同義の効果を生み出している。
それは今回のような乱戦で人が入り乱れている場所でさえも成功させてしまう、そんな二人の能力の高さが垣間見えていた。
「はは、それはもう懐刀家のしゅくめ…見鬼!」
「!」
和やかな会話から一転、隠鬼が鋭い声を上げ同時にその場から飛び退いた二人。一拍の後、元々二人が立っていた場所が爆発…いや、上空からの飛来物の着地により爆散していた。
「手駒が消えていく感覚があったから来てみれば…何故こんな所にガキがいるんだ?しかも二人も。」
土煙が晴れるとそこに居たのは一人の軍服姿の男。服の形式を見ればそれは明らかに帝国側のもので、何よりその操者特有の瞳が人間ではないことを物語っている。
「良かったわね隠鬼。お望み通り、骨のあるやつが来たようよ?」
「そのようだね。」
二人は少なからず内心で驚いていたが、そんなことはおくびにもださずゆっくりと臨戦態勢に入った。
「餓鬼…と侮るわけにはいかんか。それ相応の使い手だな?」
そう言いながら縦に割れた瞳を二人に向け、ゆっくりと腰に掛けていた直刀を抜く。ひと目見て相手の凡その力量を見抜く洞察力、更に外見に惑わされない判断力、それは一重にこの操者の実力の高さを証明している。
「おや?外見の幼さから多少の油断は誘えると思ってたが、アテが外れたね。」
「こんな年端の往かない少年少女に対して過分な評価じゃないかしら?」
対する二人は何処までも自然体で操者の男を見据えていた。
「ふ…こんな戦場に現れる第三勢力の人間、例えそれが餓鬼だとしても、普通なわけがあるまい?…っ!?」
男が隠鬼、そして見鬼、再び隠鬼へと視線を戻した時。既に隠鬼は眼前で手に持っていたメスで男の急所を攻撃しようと迫っていた。
少なく見積もっても10m以上離れていた距離、視線を外したのは一秒にも満たない時間、油断なく気を張り巡らせていた警戒…そんなもの…懐刀には関係ない。
迫りくるメスに対して直刀の刃を間に滑り込ませる男。しかしその刃はまるで紙切れかのように貫通し、尚も死を至らしめんと直進する。
「っ!…『血装』!『血染刃』!」
その刃が皮膚に届いたその瞬間、男の皮膚が赤黒く染まり、メスの刃先を甲高い音とともに弾いた。と同時に直刀を直に放棄し、掌に出現させた血液の刃を隠鬼目掛けて振り下ろした。
「…『幻楼』」
「なっ!?」
空を切る血の刃。そして隠鬼はというと、先程と同じ位置…見鬼の隣に最初の姿と寸分違わず立っていた。
あたかも今起きたことが幻かのように。
「(幻覚系の魔法か?…いや、愛刀は折られ能力も発動している。今のは現実…のはずだ…そのはずだ、が。)」
それ以外の確信できる要素がまったくないのも事実。
「ふっ、らしくない考えだな。やることは変わらん。」
だが、そんなもの最早どうでも良かった。
男は帝国南東部に位置する農村の出。まだ幼少の頃、隣国との小競り合いと大規模干ばつの煽りを受け、村は窮地に陥っていた。食べるものもろくになく、体力の乏しい子どもや老人から死んでいく。大人たちは嘆き、子ども達は幼いながらもその災厄という理不尽を呪い育つ。
そんな人災と天災の理不尽の中で育った子ども時代から何とか生き残った男は、成人して直ぐに帝国軍の採用試験を受け、これに合格。入隊時は線の細かった体も、十分な食事と訓練により屈強な肉体へと作り変わった。
二度とあんなひもじい思いはしてなるものか、その思いから訓練に打ち込み、武勲を挙げ、年月が経ち、男は38という若さで帝国軍第三軍団副団長という地位まで上り詰め、人望、名声、金、女、そのどれもが不自由なく望めば手に入るようになったそんな時。
任務で下手をうち意識不明の重体…目を覚ましたときには既にこの身体だった。明らかに人間の時とは違う自分の身体、目覚めた時にはその事実を御方から告げられ発狂しそうになったが、今では感謝している。
理不尽を嫌う男だが、理不尽により得たこの身体のおかげでまだ自分は生き長らえてるし、自分の安寧を保てるからだ。だからその恩を返すため、御方の敵は誰であろうと討つ。
「お前らはここで討つ以外-に-mi-ち-ぃ…?」
視界が突如180度回転し、反転する。呂律が回らなくなり、代わりに赤い液体が口から漏れる。
「なぁ…ぁ…!?」
首を捻じ曲げられた…そう知覚したのは0.5秒後。だが男は魔獣兵、それも操者の位を与えられた者。それぐらいでは絶命しない。
「そ…こか…ぁ…!!」
背後に感じた気配に目線だけを向け、背中から無数に生やした血液の刃で攻撃する。
「おっと、これでもやはり死なないとは…難儀な身体だね。」
そこには隠鬼がバックステップだけで刃を軽々回避する姿が。
「(何故私の後ろにいる!?動いた気配も何もなかったはず!)」
「やはり人間とは生命維持の機構が違うようね。」
「っ!?」
今度は自分の真正面に見鬼が立っていた…その手にもつメスを怪しく輝かせながら。
「貴方の思考は予測しやすかったわ、でもごめんなさいね?あなたの嫌いなその理不尽で、殺されて頂戴な。」
前面から見鬼が魔獣兵の心臓を、後ろから再び近づいてきた隠鬼が人間の心臓を、そのメスで貫き裂く。
「がぁはっ!?…く、化け物、が!」
最後にそんな安い捨て台詞と共に塵と消え去る男。
「じゃ、次に行きましょうか。」
「そうだね。」
そして何事もなかったかのようにその場からまた認識出来なくなった二人と、その戦いを口を開けて見守っていた王国兵だけが残された。




