九名様ご招待だった
引き抜かれた拳銃から早撃ちの要領で放たれた弾丸。それはタクミの頭上スレスレを通り過ぎ、何もない筈の空間からうめき声が聞こえる。
「ぐぅぅぅ…た、対魔獣兵鎮圧弾…中佐、貴様裏切ったな!?」
ぼんやりと蜃気楼の様な歪みが空間に出来たかと思うと、そこから徐々に胸から緑の血を流す長身の男が現れた。
「ふ…最初から俺が心から服従していないとお前なら分かっていたはずだが?故のこの奇襲なんだろう?スペック。」
「お知り合いか?」
「知り合い、か。まぁそう言えるだろうな。こいつは俺の第四課なかで局長の立場にあった男だ。見ての通り、人工天使にも成れなかった半端者だが。」
確かに、男…スペックの身体はカメレオンの様な皮膚が所々に散見されるが、どうも他の者と比べると幾分か人間寄り。極めつけは瞳の色と形が人間のままだった。
「うるさい!魔獣兵ベースのプロトタイプ如きが人工天使の俺に楯突くつもりか!?」
「人工天使モドキ…だろう?魔獣兵にも、人工天使にも成りきれず、無様に生にしがみつくな。」
中佐の言葉に、声は上げないもののスペックの額に浮き出た血管からかなり激高しているものと推察できた。
「くっ…黙って聞いてれば!兎に角、これは宰相を通じて御方に報告しなければ!」
そう言いながらスペックは姿を消そうとするが、挙動の先を制し、中佐の弾丸が左膝を撃ち抜く。
「がっ!?」
「ふん。貴様が報告するまでもなく御方とやらも宰相も承知済みだろう。大方、この戦場に俺とタクミが現れると読んだ宰相に偵察を依頼されたようだが、まぁ体のいい使い捨てだろうな。」
「なにをっ…!」
スペックは激痛の奔る膝を庇いながら、気勢だけは衰えず中佐を睨みつける。
「対魔獣兵鎮圧弾が通用する時点で明白だろう?人工天使ならばそもそもこんなチャチな弾丸などでは皮膚すら傷付けられん。おまけに痛覚もまだ残っているな?それでは只の隠遁能力を持った皮膚の少しおかしい人間程度の価値しかなかろう…故に切り捨てられたのだ。情報を持って帰れば良し、持って帰れずとも始末されれば俺たちが暗躍している事が裏付けされる。実に合理的だな。」
いくら半端者だとしても、魔獣兵の流れを汲むスペックは普通の人間の兵士では手に余る。おまけに高い隠遁能力を持っている。しかしそれが倒されたとなれば、アルフェントス側には魔獣兵に関して戦力足る人間が、そして正確な情報を持つ者…タクミや中佐が居ると判断できるのだ。
「道化にもなれない愚者、か。滑稽だな…中佐、こいつはまともな情報を持ってるのか?」
現在、雷鬼として完全に仕事の意識に切り替わっているタクミ。普段ならば言うことがない様な辛辣な物言いで中佐に尋ねる。
「持たされるわけがない。こいつは捨て駒以前にどんな作戦にも組み込まれなかった程の愚者、与えるだけ無駄というものだ。」
「ふぅん、なら…」
流し目でスペックに視線を向けるタクミが、その場から薄れゆくように気配も認識も出来なくなったかと思えば。
「がはっ…なん、だと?」
スペックの背後から両手を鉤爪の様な形で突き出し、スペックの心臓と右肩を貫いた…貫通した手にはピンポン玉大の紅玉を握り潰しながら。
「ほぅ?的確に核を手刀で捉えたか。しかし以前は魔獣兵の特色さえも知らなかったお前が、よく同時に貫かなければ意味がないと分かったな。」
【魔獣兵及び人工天使の核、分析用サンプルを確保しました。自動分析及び対抗魔法の構築を完了次第、発動待機状態でストック出来ます Yes/no 】
「(勿論Yesだ)何、帝国に忍び込んだときに色々仕入れたからな…お?」
スペックはどうやら核を貫かれた時点で事切れていたが、その遺体がサラサラと砂の様な粒子となって霧散する。
「俺らのような魔獣兵は身体の構造も構成物質も人とは違うからな、俺も死んだらそいつの様に塵となって消える運命だ。最もスペックは痛覚が残っていたからな、魔獣兵の核は人間で言う心臓だ。どちらかと言えば死因はショック死だろうな。」
普通の人間でも心臓を例え貫かれても十数秒は生きていられる。しかし魔獣兵であるスペックは事実上の心臓を2個同時に貫かれた為、痛覚のあるスペックが受けた激痛は単純計算で人間の2倍。ショック死も無理もないと言える。
魔獣兵も人工天使も核を潰せば塵と消える。数こそ個体差があるようだが、これが共通して言える唯一の攻略点だろう。
「スペックとか言う奴は碌な情報は持ってなかったが……コイツはどうかな?」
タクミと中佐を中心に8方向の茂みから影が躍りだした。それは先程『点と点を結ぶ死』で貫いた操者の護衛達。中佐は表情筋一つ動かさず一人一人に心臓狙いの早撃ち(発砲&再装填)を繰り出すが、先程のスペックとは違い直撃を受けても意に介さず肉薄してくる。
「(…【最適解】ターゲット補助よろしく)取り敢えず生け捕りでいいか?」
【全9体の補足…完了、照準は半径500メートル以内であれば外れることはありません】
タクミは魔獣兵達が生きていた事には驚かない。もちろん中佐も。それは最初から分かっていたことだから。
「…ふっ、まぁ出来るならばそれに越したことはないな。」
タクミはすぐさま行動に移す。中佐は内容の詳細こそ知らないが、タクミが何かしらの準備をしている事には予想が付いていた。
「『縛導壱之法 五朴封鎖』」
魔獣兵の首、両腕、両足に内棘の付いた天使の輪が出現し、その身を一瞬空間に固定した。しかしこれは只の魔力を押し固め、少しの魔法補助の機能を組み込んだだけの魔法。
魔獣兵が少し力を入れただけで輪っかは軋みを上げる。もちろん其れだけの魔法の筈はないが。
「『弐之法 九曜宙輪』…『 精柱の檻 五行の札 内包する因果の暴凶 外包した摂理の静寂 相反する理を以て封と成す』…」
更に魔獣兵の胸の前に直径15センチの3重魔法陣が出現し、そこから光のラインで『五朴封鎖』と結び付く。無詠唱魔法と魔法陣のリンク、そしてそこにタクミが『後述詠唱』により魔力と呪言を送り紡ぐ。ヒスイとタクミが煮詰めて考えて濃縮液にして冷やし固めた、拘束無力化を目的とした些かオーバーキル(?)気味な新魔法…
「『終之法完終 【呪禁転装】』!」
拘束されていた魔獣兵達が一斉に送られた。送り先は自治特区の秘密裏に創られた地下20メートル先の特別収容施設。その存在を知るものはダトウ家とゾクザム、そしてマルクだけの秘密の場所である。
「拘束…転移魔法か。いやはや良いものが見れた。」
中佐がその顔に似つかわしくない笑顔でそう宣った。
この世界に転移魔法というものは存在しない。否、するにはするのだが机上の魔法とされている。それものそはず、転移…取り分け日本風に言うのであれば瞬間移動のような次元間の移動は、次元関数は元より様々な知識と計算が必要なもの。
地球の現代技術の粋を集めても未だ実現には至らない理論を、良くて高校理科レベルの魔法を使っている世界の人間に、内容を理解しろというほうが無理である。
「…多用は出来ないぞ。」
「なに、使えるという事に意味があるのだ。最早回数なぞ些事だろう?」
中佐の笑みは崩れない…むしろタクミからすれば気持ち悪いとまで取れる程の笑顔である。だがそれ程までに転移魔法というのはこの世界では眉唾物と同時に、喉から手が出る程のものなのである。
中佐としては、タクミがそれを使えるという情報が何よりの棚ぼただった。
因みにではあるが、タクミはこの【呪禁天装】を開発するにあたって、ヒスイから次元に関する必要な知識や理論、計算方法などをかなり時間を費やして講義を受けている。現代知識のあるタクミですら長い時間を要したのだ、この世界の人ではまず無理だ。
しかし一つ疑問が浮かばないだろうか?
何でも答えてくれる【最適解】があるじゃないかと。
だがこれには落とし穴がある。【最適解】がサポートできる情報や知識は、この世界に転生してきた関係から『この世界の全ての情報』と『地球でのタクミがこれまで得た知識』に限るのだ。
流石のタクミも相対性理論や光速航法など真面目に勉強した訳ではないので全くの門外漢。ヒスイからの鬼教育により漸く知識として定着し、【最適解】のサポートを受けれるようになった。
「中佐に情報掴まれるとか寒気しかしないな。」
特に秘匿魔法というわけでもない(真似できないという意味で)ので、知られても問題ないのだが、タクミからしたら中佐という存在に情報を渡したこと自体に、何か得も言えぬ寒気を覚えるのだった。
「何、悪いようには使わんさ。」
「…中佐が言うと世界で一番信用ならん言葉だなソレ。」
戦争はまだ始まったばかりだ。




