お菓子作りの筈だった
俺は今お菓子を作ろうとしていた。
何故かって?
「匠にぃの【最適解】って、考え方によっては料理…特にお菓子作りにも応用できないかな?」
翡翠のこんな言葉から始まったのだが…ただ単にお菓子が食いたいと素直に言えばいいのに。
え?お菓子なら由美香さんに頼めばいいだろうって?
いや、由美香さんは俗に言う“一流のシェフ”だ。作る甘味、いわゆるデザートは高級な材料のものが多い。
しかし今の現状、この村の財力、在庫材料でそれらを求めるのは酷だし、そもそも翡翠が求めているのはそんな高級デザートではない。
うん?一流のシェフなら創意工夫も得意だろう?
そのシェフは何故か最近は狩りに精を出しているが?
俺は一瞬、【料理人】ってそっち系の能力かと疑ったぞ。
さて、何はともあれ続きをやろう。
「えっと、今使える材料はと…」
ラムリスさんのお陰で、この村には肉以外の食料や調味料がたくさん手に入った。
砂糖、小麦、大麦、塩など穀物や調味料が中心だ。
しかし彼らで作れるものって限られるよな?
えーと、【最適解】これで作れるものはあるか?
【パンケーキが候補に上がりますが、平たく美味しいとは言いがたいものになります】
あ、どんなことでもちゃんと答えてくれるのね。
うーん、しかしパンケーキか。
材料は砂糖と小麦なんだろうけど…卵も無いし味気ないよな。もうちょっと何かあればいいんだけど。
あっ!
「ファンタジーならそれらしい材料というか、素材が自生してないかな?」
【結果…森に自生している“蜜蜂草”が挙げられます。】
蜜蜂草?蜂蜜草ではなく蜜蜂草?
【詳細…草から高糖度の粘度の高い液が抽出できます。但し、草が全身から猛毒を含んだ針を突き出し自衛してきます。】
なんだその危険植物…蜂より危険だろ。
でもパンケーキに蜂蜜か。多少土台の完成度が悪くても蜂蜜がカバーしてくれるだろ。
ならば早速その蜜蜂草を取りに行かねばなるまい。
どうやらその草が生えているのは村から森に入り、いつも狩りをしている森の北側らしい。
動物に遭遇する可能性が高いため、いつも使用するナイフを3本、そして動物の皮を鞣し何枚も重ねて作った皮鎧を装備、建物から外へ出て森へと向かおうとするとそこには光一おじさんが立っていた。
「やぁ匠くん、狩りに行くのかい?」
光一さんは“温厚”を絵に描いたような人物で、沙織叔母さんの旦那さんだ。前世では凄腕の宝石鑑定人だったようだが、それ関係なのか願った能力は【鑑定の眼】。
何でも様々なありとあらゆるものの詳細が分かるらしい。そのまんまだな。
「うん、ちょっと森まで蜜蜂草を取りに。」
「蜜蜂草?まぁファンタジーの世界だから地球の常識は当て嵌まらないのはわかるけど…蜂蜜草ではなく?」
うん、そう思うよね?
「なんか針で自衛してくるらしいよ?」
「へぇ、珍しい植物もあったもんだなぁ。」
コロコロと笑う光一さん。本当に無害そうなおじさん…あぁ今は少年か。
あと俺の家は光一さんと沙織叔母さんの隣なんだが…その、励む時はもう少し考慮してほしい。何がとは言いませんが…。
「…あぁ…ごめんね匠くん…善処するよ。」
娘である翡翠は別の家に住んでるし、若返ったからそういうのは分かるんだけど…ね?
年齢イコール彼女いない歴の俺には少し辛いものがある。
「それはそうと光一さん、どうしたの?」
「あ、そうだった。僕も今から森に出掛けようとしてたんだ、よかったら一緒に行かないかい?僕もその蜜蜂草ってのを見てみたくなった。」
いいけど、光一さん1人で森に入ろうとしてたの?魔物は今のところ確認できてないけど、結構危ない動物がいるよ?
前にどれぐらい戦えるかあの鶏と戦ってもらったけど、どうやら2、3匹でいっぱいいっぱいの様だったし。
因みに男性陣はひいじいちゃんと疾風おじさんが何でも大丈夫で、俺は鶏と猪なら大丈夫。大きな蛇は少し苦戦した。
じいちゃんはあまり狩りには行かないけど鶏は瞬殺してたし大丈夫だろう…というか空手と中国拳法なんて出来たことに驚いたよ。
女性陣は由美香さんが鶏くらいなら大丈夫で、真冬と翡翠が鶏1匹がやっと。沙織叔母さんとばあちゃんは無理とのことだ。
幸いなことにこの村は動物被害は多いものの、魔物にはまだ遭遇した事はない。比較的平和な土地みたいだ。村の中にいるならばそれでも問題ないだろう。
「逃げ足なら自信があるからね。危なくなったらすぐ様全速力で逃げる予定だったんだけど、匠くんがいるなら大丈夫かな?」
「だけど俺も大きな蛇はちょっとキツイよ?」
前世なら“蛇に睨まれた蛙”状態だったけど、こっちに来てからは妙に度胸がついたと思う。まぁ鶏と同じでこの世界の動物は基本大きいみたいだしね。
「じゃあ行こうか光一さん。」
「そうだね、よろしく頼むよ匠くん。」
◆
「うーん!こう、なんだか森の中っていうのは気持ちがいいものだね!」
光一さんは伸びをしながら歩いている。こけないでよ?
森の散策をしていたら先程3匹の鶏と遭遇した。まぁそれは問題ないんだけど、光一さんは森に入ってから珍しい物があったら気をとられるから見失わないかの方が心配なんだよね。
「ん?匠くん、蜜蜂草ってこれじゃないかな?」
光一さんが指をさしたその先には、1つの葉が長い雑草の様な草が群生していた。見た目には他の雑草と変わらない様に見えるんだけど…あぁ、光一さんの【鑑定の眼】か。
光一さんが言うには、【鑑定の眼】はどんなものでも詳細が詳しく分かるものらしく、例えそれが雑草であろうとも無駄な情報まで分かるらしい。
そのあまりの情報量に最初は四苦八苦してたらしいが、今はある程度コントロール出来ていて取捨選択も出来るようだ。
更に制約として鑑定したいものはじっくりと凝視する必要があるらしく、戦闘中に使う事はあまり無いらしい。
因みに光一さんは近々、図書館の様な所がある街に行ってみたいと言っていた。
「うーん、僕には雑草にしか見えないけど、これがねぇ。」
「あっ!光一さん!それには毒が!」
俺は慌てて制止の声を掛けるが遅かった。光一さんは徐に葉っぱに手を取るとどう言う原理なのか鋭利なアイスピック様の針が飛び出して光一さんの手を刺す。
「痛っ!?…痛ぅ…んー、なんかヒリヒリするなぁ…」
「え、それ猛毒って【最適解】は言ってたけど。」
「猛毒?確かに【鑑定の眼】では猛毒って書いてあるね…それ程かな?」
確かに光一さんの様子を見る限り苦しんでいる様には見えない。少々刺された手は腫れているがそれだけだ。
「兎に角村に戻って消毒しよう!」
俺は素早く蜜蜂草を根本から刈り取って何束か皮袋に突っ込む。なんか草も意思を持っている様で針で応戦しようとしたが、それよりも素早く刈り取れば問題ない。
俺と光一さんは素早く村へと戻ったのであった。
◆
「ラムリスよ、蜜蜂草の蜜の手配はやはり難しいか?」
「恐れながら陛下。あれはあまりにも数が少なく、更に魔物ではありませんが、猛毒のある針で自衛してきます。あれば0.01mgで即死するものですし、群生してる場所も魔物の多く危険な地域ですのでなかなか…」
ラムリスは申し訳なさそうに頭を下げる。
「そうか…いや、よい。無理を言ってるのは承知している。ただなぁ、娘と妻がうるさくてなぁ…」
「あぁ、ノエル様とフラン様で御座いますか。あれは蜜の類では極上品ですからねぇ、努力致します。」
「すまぬな。」
◆
「あなたは年甲斐もなく好奇心が過ぎますよ?」
「あはは…ごめんよ、沙織。」
村に急いで帰ってきた俺と光一さんは急いで沙織叔母さんのもとは駆け込んだ。叔母さんは看護師の資格を持っており、応急処置程度ならば出来るはずと思った為だが…どうやら大事には至らなかったようだ。
光一さんの手は刺された時の小さな腫れはあるものの、そこまで重篤そうには見えない…一安心。
光一さんを沙織叔母さんに任せ、俺は蜜蜂草の処理をするため自宅へと戻った。
「さて、蜜を取り出すにはと。【最適解】。」
【蜜の中に毒が混ざらないよう下処理をする必要があります】
【葉の内部にある針、上葉と下葉、蜜袋、毒袋をナイフで剥ぎ取ってください】
【毒袋から抽出した毒は瓶詰めにし、保管することを推奨】
「…構造聞くとえらく物騒な草だな、これ。」
それはともかく、俺は教えられた通りに蜜蜂草を解体、分解してゆく。
【次に凶…鶏の胆石、賢…狼の牙、…大蛇の皮、蜜蜂草の毒を用意します】
おう…うん?お菓子作りだよね?あと何度か言い直してるけどどうした?
【牙と皮を使い普通のナイフを作成。胆石を粉末にし毒と混ぜて混合素材を作成。ナイフの刃に満遍なく混合素材を塗り固め、火入れします】
わかった…今作ってるのは明らかにお菓子じゃ無い。だけどまぁ、【最適解】の指示だ。有益なものを作ってるに違いないので続行。
【焼き固まったナイフを研磨したら抽出しておいた蜜をムラ無く塗り、天日干ししてください】
あれ?蜜を塗るの?お菓子なのか?いや、毒使ってる時点であり得ないけどさ。
【“賢牙の毒ナイフ”が出来ました。掠るだけで凡そ700キロまでの体重の動物が、強さC〜Aまでなら即死します。その肉を食べる際は150度以上で5分間熱してください、それで無毒化されます。】
「物騒すぎるわ!!」
お菓子作りの為に取ってきた蜜蜂草が何故か毒ナイフに早変わりしたよ!しかもそんなナイフ俺たちも危な過ぎて使えんわ!?
【ご安心ください。このナイフは個体名、タクミ、ジュウゲン、ショウゲン、ハヤテ、コウイチ、サオリ、ユミカ、キクカ、マフユ、ヒスイには効果はありません。】
なんで!?
【そういうものとお考え下さい】
…ま、まぁ効かないなら良いけどさ。
【尚、より強力な毒物を手に入れることで上位の毒武器にグレードアップ可能】
十分だからね!?
尚、この後無事にパンケーキの蜜掛けを完成させ、村の女性陣が大喜びしたことは確かだった。