より謎は深まったのだった
「ふっ…知った口を、と言いたいところだが、概ねその通りだ。俺の憂いは断たれた。ならばこれ以上愚行を重ね、生き恥をさらす必要もあるまい。折角だ、貴様は何処まで知っている?」
険の取れた中佐の表情から、すべての覚悟が決まっていると察したタクミは、それ以上の追及を止め、中佐の質問に答える。
「人工天使計画と魔獣兵の大まかな関連性、そして帝国王室の歪な家系…そしてそれらを影で操っている何者か、ぐらいだな。俺の予想としては皇帝以下王室はほぼ墜ちていると考えてはいるが。」
タクミの予想を聞いた中佐は、フッとニヒルな笑みを浮かべて言葉を返した。
「よく調べられている…いや、この場合はもはや情報部どころか帝国がまともに機能していないともいえるか?」
この情報を持ってきたのは主にコウイチとカオリだが、そもそもそこまで苦労して手に入れたものではない。せいぜい情報部を軽く襲撃し、抜き取った程度のものだが、どうやら帝国の現状はタクミ達が考えているものよりもかなり悪いようだった。
「あの双子といい、帝国の焦臭さといい、最早国の皮を被った無法地帯だな。」
「ふっ…耳が痛いが全くその通りだ。最早まともと呼べる王室も数人しかおらんからな。最早国を回せるレベルはとうの昔になくなっている。俺でさえまだマシな部類なのだからな。」
中佐の言葉に、タクミはある戦闘のワンシーンを思い浮かべた。背中を手刀で貫いた筈なのに絶命に至らない異常性に、本来人間ならばそこにあるはずのものがない特異性。
最早言葉は不要なほどの非人道的行いの数々だ。
しかし、だからこそその黒幕というものがタクミは気になった。
国一つを取り込みここまでのことをするには、数年、十数年位では利かない。それこそ少なく見積もって50年以上は最低でも必要だろうし、資金面でもかなりの金額が年単位で必要になる。
「この際だから話しておこう…この計画には表の首謀者として帝国の宰相、資金面の最大出資者としてまた材料調達元としてゴールド商会の会頭が関わっている。」
「なるほどね、帝国のナンバー2と大商会の会頭か…いや、表のだと?」
「ああ、本当の黒幕は通称 御方と呼ばれる存在だ。あの双子もそいつから寄越された。しかしそいつは表舞台には上がってこない、常にあの双子をメッセンジャーとして指令を下してくるからな、顔も男なのか女なのかも分からん。」
「また厄介な…で?材料というのは?」
「そのままの意味だ。ラフレシアや魔獣兵の原材料…と言えば分かるか?」
「…あぁ、分かったよ今畜生め。」
タクミは嫌悪感を隠そうともせずにそう吐き捨てた。以前話に聞いたゴールド商会の生業は奴隷商。幼子を中心としたラフレシアや魔獣兵の原材料…つまり奴隷の供給を行っているのがゴールド商会なのだ。
「そして【血花石】の調達も担っていた。」
「ん?何だ、その血花石って。」
「ああ、流石にそこまでは知らなかったか。血花石とは言わば魔獣の核を人工的に生成するのに必要な事原材料のことだ。この核は魔獣兵の第2の心臓となり、人間の頃の名残である心臓を潰された位では死ななくなる。それに血花石とは帝国での呼び名だ、この国では確かなんと言ったか……ああ、そうだ、確かシュビツライ鉱石といったか?」
「なるほどな……まて、シュビツライだって?」
「…ふっ。気付いたか?そうだ、血花石は我が国では発掘する事は出来ん。血花石…シュビツライ鉱石の原産国はこの国、そしてゴールド商会が密輸していた場所は、お前たちのお膝元だった訳だ。」
「ちっ…ここで繋がるのかよ…」
シュビツライ鉱石とゴールド商会。この2つの単語が以前会話の中で出てきた事を思い出す。そしてその時の自分の采配も同時に…
『いえ、それは既に調べがついております。持ち出している鉱石はシュビツライ鉱石。発掘されるのはこの国でもこことあと数カ所程度の珍しい鉱石ですが、その鉱石自体に工業的価値はほぼ無く、貴族の鑑賞用位にしか役には立たないようです。またその芸術的価値自体もルビーやサファイアなどにも劣るという…鍛冶師たちからはクズ石とも呼ばれるものですな。』
『そりゃまた酷評な鉱石もあったもんですね…しかし、そんなクズ石を何故帝国が?』
『恐らくは帝国では発掘されないために、あちらでの価値は相対的に高いのではないでしょうか?噂でゴールド商会というところでは高値で買い取ってくれると聞いたことがあるので、貧しい人たちの小遣い稼ぎ…という可能性もあるかも知れません。…本当に帝国の元王室の一員としては恥ずべき事ですが。』
『まぁ被害が深刻になりそうならまた報告してください。今後もシュビツライ鉱石だけの密輸ならそこまでは目くじらを立てることもないでしょう。』
そう、以前ゾクザムが報告に上げていた帝国による少人数での密輸。まさにその鉱石がシュビツライ鉱石…いや、帝国が欲する血花石だったのだ。
タクミはあの時の自分の思慮の浅さを恨む。
エリシアのその時の言動が無意識のミスリードなのか、はたまた仕組まれたものだったのかは既に確かめようがないが、それでももう少し踏み込んで考える事案だったのだ…と苦虫を潰した表情のタクミ。
「…安心しろ、とは言わんが、人工天使も魔獣兵も思考や意識の遠隔コントロールや情報をピンポイントで差し込むなどは不可能だ。」
「…そうか。」
中佐なりの思いやりか、暗にエリシアがその時点ではタクミを陥れる為のミスリードをしたわけではないと匂わせる。
真の黒幕、表立っての首謀者、ゴールド商会、謎は深まるばかり。そして何よりも、この帝国での事件の一端に自分の浅慮が関わっていると判明した。
あそこで自分がシュビツライ鉱石についてもっと深く探りを入れていれば…後悔は考えれば考えるほど湧き水のように溢れ出す。
計画自体はタクミがこの世界に来る前から始まっていた。そしてシュビツライ鉱石の密輸を知ったのもつい最近。たったそれだけでタクミに責任追及をする輩はいないだろう。
しかしタクミはそうは考えない。
早期発見の糸口を何を隠そう自分自身で潰してしまった失態を何よりも重く受け止めていた。
「中佐。」
「…なんだ。」
「生き恥を晒すくらいならとお前は言ったが、その生き恥。俺も濯ぎ落とすの手伝ってやるよ。そして引きずってでも娘さんの前に生き恥晒せ…それが、ケジメってもんだろ。」
「ふっ…そうだ、な…気が変わった。帝国の過去にケジメをつけ…そうだな、娘孝行しながら隠居でもするか。」
そう中佐はニヒルな笑みでタクミを見返す。
その顔に、先程までの死相は見えなかった。




