意外な来訪者だった
「…以上が魔物進行での帝都の全体被害及び復興予測年数と概算予算となります。」
「ふむ、わかった。下がってよいぞ。」
「はっ!失礼致します。」
帝都 皇帝執務館謁見の間
質素ながらも気品を感じさせる大広間の再奥にある豪華な椅子に座るのはこの国の皇帝その人。そしてその右後ろに控えるのはこの国の頭脳とも言うべき宰相、ヘーグニッツ・ブラインドだ。
報告の兵士が退室すると、ヘーグニッツはその顔を大きく歪め悪態をつく。
「ちっ…帝都の復興状況から見れば今年の国家予算の何割かは削れてしまうではないか!人天計画も遅れがでているし、そもそもあそこでエリシアをこちら側が確保できなかったのが痛いな…。全く中佐は役に立たない、双子は倒される…踏んだり蹴ったりだ。」
目の前に皇帝が居るのにも関わらず、臣下にあるまじき発言をするヘーグニッツ。
「傷病人への見舞金?ギルドへの協力金?はっ!そんなものに使う金が勿体ないな。しかし今はまだ帝都民が帝都から離れるのは拙い。」
そうヘーグニッツが見下ろすのは先程から微動だにしない皇帝。よくよく見ればその瞳に生気というものが宿っていなかった。
「この皇帝を操る薬だって安くないんだ。それにそろそろ周りの臣下達が訝しがってるしな…仕方ない。計画を早めるか?」
「おい。」
ヘーグニッツが誰も居ない謁見の間でそう声をかけると、突然気配が揺らぎ一人の人物が現れた。全身を真っ黒い装束で包み込み、見えるのは目元だけ。それも男なのか女なのかの判断材料には乏しく、声も発さずヘーグニッツの後ろに現れた。
「頃合いだ。ラフレシアを満開に、そして天使を降ろす、全ての供物を捧げる準備をしろ。」
「…いいのか?」
そう黒装束の人物は短く中性的な声色で返した。
「ふんっ、お前たちは与えられたら仕事だけをやればいいんだ!」
「…了解した。」
そう紡ぐと再び気配が消え、皇帝とヘーグニッツだけが残される。
「くく、多少誤算はあったがようやく始められる。憎き隣国に鉄槌を下す、な。ははははははははは!!」
一週間後、タクミ・ヒスイ・マフユ・アリサは帝都へ向けて出発しようと最後の話し合いに臨んでいた。
「じゃあ最終確認だ。マフユとヒスイは帝都外壁に潜伏、大規模索敵魔法を使って目的を探す。そして俺とアリサは帝都内部へと潜入し、探れるだけ情報を探る。細かい概要は昨日話し合ったとおり。相手の特記戦力だが、情報局の中佐、そして人工天使のなり損ないであるラフレシア、そして因子に適合した人工天使だな。中佐に関しては謎が多すぎるから適時判断に任せる。質問は?」
「私達はそれでいいけど、タクミ兄ぃとアリサさんはどこを中心に廻るの?それによって索敵の比重が変わってくるんだけど。」
「そうね、私とタクミ君は主に皇帝執務館って所とその関係各所を重点的に探るつもりよ。執務館は…ここね。」
そう言いながらアリサはテーブルに広げられた帝都の地図の一カ所を指差す。
「なるほど、了解。」
「よし、じゃあいざ帝都へーーーー」
「タクミ、おるかの?」
「ん、ジュウゲン?どうした?」
出発!と言うところで、ジュウゲンが扉を開けて入ってくる。
「お主にお客じゃよ。確か、中佐といっておったの。」
「あぁ、中佐か……は!?」
「「「「中佐!?」」」」
「その中佐じゃ。それと可愛いお嬢さんも一緒じゃ。」
「……ジュウゲンはそいつがどんな立場の奴なのか分かって言ってるんだよな?」
そうタクミがこめかみを押さえながら言うと、爽快に笑い飛ばしながらこう言い飛ばした。
「はっはっは!それくらい知っとるわい、帝国情報部のお偉いさんじゃろう?なに、心配せんでもハヤテとショウゲンを付けておる。」
「…はぁ、そういう問題じゃないんだが。で?その中佐と一緒にいるお嬢さんってのは?」
「それは知らんのぉ、何せタクミを出せの一点張りじゃからの。」
「なるほどね、わかった今行く。」
「ちょっと!タクミ君、大丈夫なの!?」
事態が未だに信じがたいといった様子でアリサがタクミを止める。
「何か企んでるなら中佐なら姿を顕さないさ。まぁ恐らくエリシアを連れて帰る時に道筋がバレたんだろうけど、素直に訪問してきたってことは今ここで事を構えるつもりはないはずだ。」
「それは…そうだけど。」
「取りあえず会ってくるよ。アリサ達は準備が整ったら待機しておいてくれ。」
そう言うとタクミはジュウゲンの後を追って部屋を出るのであった。
ジュウゲンの後を追って部屋に入ると、そこには何時もの軍服に身を包んだ中佐と、8歳前後と思しき女の子が並んでソファに座っていた。
ジュウゲンはハヤテ達を中佐に付けていると言ったが、二人の姿はない。しかし姿は見えないまでも僅かに気配があるので、遠目から監視しているのであろうとタクミは意識を中佐に戻す。
因みにこのソファはタクミがこの村の職人に概要を伝えて作って貰ったもので、革は邪神蛇の皮を鞣し、中のクッション素材は安眠鬼羊の毛をふんだんに使って作った最高級品である。
この世界にもソファ擬きはあるにはあるのだが、長椅子に動物の皮をベタ張りしただけの粗悪品だったので、耐えるに耐えかねた転生組が特注したというわけだ。因みに王都ではこのソファを家におくのが一種のステータスになりつつあるとか。
余程座り心地が気に入ったのか中佐が連れてきた女の子は、ソファの上で遠慮がちに小さく跳ねていた。
「タクミか。一週間ぶり…と無難な挨拶でもした方がいいかな?」
「いらねぇよ、で?こんな僻地まで、しかも隣国まで女の子を連れて何のようだ?」
「ふっ、それもそうか…今日は交渉があってやってきた。」
「交渉?」
「ああ、単刀直入に言おう。この子、リアンヌを預かって…いや、この国に帰化させてほしい。」
「…なに?この子を?」
そうタクミは不安そうに中佐の隣に座る女の子に目を遣る。年の頃は小学校低学年程、先程ソファ擬きではしゃいでた時とは違い、今は不安そうに中佐の軍服の袖を掴んでいる。
それにその顔立ちはどことなく中佐に似ていた。
「恐らく察しはついているだろうが、この子は俺の娘だ。何なら鑑定系のスキルでも魔法でも使ってもらって構わん。求めるのはこの子の身の保証と安全、渡す対価は今後の帝国の情報だ。」
「…。」
タクミは押し黙った。中佐の思惑が分からない、その一点に尽きた。だが、邪推するならば心当たりは少しだけある。
「あの帝都でその子は人質として捕らわれていた、そしてその手綱を握っていたのはあの双子…俺らが双子を倒したことにより隙を見て奪還し、隣国へと早急に逃がす…そんなところか?」
「…ああ、概ねその通りだ。」
「…概ね、ね。よしわかった。その件は引き受けた。」
タクミはその場で即断即決。後から付いて来たジュウゲンも特に何も言わなかった。だがもしここにマフユ達やアリサ達がいれば、「何を考えてるんだ!?」と避難轟々は避けられないだろう。
「そう言うわけでリアンヌ、今日からここで暮らすことになるよ。あとはこのお兄さん達に任せておけば問題ないだろう。」
仕事の時の中佐を知るタクミにとっては何とも目を疑い耳を疑うような慈愛に満ちた雰囲気で、中佐はリアンヌに語りかけた。
「…お父さんは?」
「…お父さんはな…」
そう娘に問い掛けられた中佐は、一瞬言葉を詰まらせる。
「リアンヌちゃん、でよかったかな?」
そんな苦しい会話にタクミは割って入った。
「…うん。」
「実は君のお父さんと俺はこのあと帝都にお仕事に行かなきゃならないんだけど、仕事が終わったら耳を引っ張ってでもお父さんをいの一番にリアンヌちゃんの所に帰らせるよ。だからそれまでこの村でお留守番出来るかな?」
「うん、大丈夫。」
「よし、いい子だ。それに今日はリアンヌちゃんの歓迎会もしないといけないしね。お父さんとの仕事もその後で問題ないし、暫くお父さんと待っててくれる?」
「…わかった!」
「タクミ…貴様…」
中佐がリアンヌからは見えない位置でタクミを睨む。
「よし、じゃあ俺は歓迎会の支度をてくるね。あっ!ちょっとお父さんを借りても良いかな?荷物が多くてね、手伝ってもらいたいんだけど…」
白々しい、態とらしい…中佐やジュウゲンから見れば三文芝居も良いところである。
「うん、リアンヌ待てるよ?」
「ありがとう。このお菓子食べてて良いからちょっと待っててね?」
そう言いお菓子をリアンヌの前に差し出すと、タクミは中佐とショウゲンにアイコンタクトを飛ばし、部屋の外へとでる。
「タクミ、何のつもりだ。」
中佐は先程の慈愛の雰囲気は飛散し、元の中佐へと戻っていた。その鋭い眼光は容赦なくタクミを射抜くが動揺はしない。そしてそれはジュウゲン藻同じで、ことの成り行きを見守っていた。
「中佐、お前…あの子を残して、死ぬ気だな?」
その大きい声でもないタクミの声は、静まり返った廊下に不思議と通る重さだった。




