激闘だった? カオリ?、コウイチVSミリミア
「あら?お姉様やられちゃった?……使えないわねぇ…はぁ。」
ミリミアはそう呆れたような呟きと共に足元に視線を落とす。そこにはピクリとも動かないコウイチが倒れていた。
「お仲間が倒れたというのに助けにこないのかしら?」
そんな傷だらけのコウイチを見てもカオリはコウイチを助けるでもなく、蛇一郎の尻尾に腰掛けて様子を見るに留まっていた。
その顔に焦りや不安、そして心配の色は全く見られない。只只、呆れていた。
「…コウイチ、また悪い癖がでてるわよ?」
「?…あなた何を言って…あら?」
ミリミアはそう疑問符を浮かべながらもう一度視線を落とすと、そこにコウイチは居ない。そして再び視線を上げると、コウイチは服の汚れを落としながら苦笑いを浮かべているではないか。
「はは、いやぁ…この世界にきてから初めての戦闘だったから柄にもなくはしゃいじゃったかな?」
「はぁ…コウイチ。あなたそれでお義父様に何回怒られたか覚えてないの?」
「いや、面目ない。」
コウイチは服こそはボロボロだが、致命傷になるような傷は受けていないように見受けられた。しかしそれはミリミアにかなりの違和感を抱かせる。
「(どういう事かしら?私の攻撃は全てあの少年に直撃したし、手心を加えてもいない…何故あんなにピンピンしてるの?)」
そんな疑問に陥ったミリミアだが、その答えはコウイチから示された。
「いやぁ、僕の悪い癖でね。敵の攻撃方法、戦略etc.…どんな手段を持ってるのか、知的好奇心…とでもいうのかな?それを知りたくなっちゃうんだ。」
だから何なのだとミリミアは思ったが…
「幸か不幸か、僕は眼にはある程度自信があってね。どう受ければいいのか、どう受け流せばいいのか、瞬時に判断が付くしそのための身体能力もある…だから…それから処理しても遅くないだろ?」
「っ!?」
そう言ってのけたコウイチの表情に、ミリミアは悪寒を覚えた。顔は笑っている…しかしその瞳には深い、深い"無"がぽっかりと空いていたから。
ミリミアは初めて覚えた"恐怖"という感覚が全身を駆け巡ると同時に、反射的に魔法をコウイチへ目掛けて放つ。本能の赴くままに。
「っ!…【呪刹鎖】!」
「ふむ、それはさっき見た魔法だね?」
ミリミアの周囲から現れた漆黒の鎖がコウイチを捉えようと空中を走るが、コウイチはそれを難なく回避し、一歩前へ踏み出す。
「なっ!?…【地這怨蛇】!」
「それも見たね…よっと!」
地面を覆い尽くす禍々しい蛇の怨霊がコウイチへと向かうが、それをコウイチは自分の目の前の地面を震脚で吹き飛ばし、また一歩。
「なんで!…く、【空震怨波】!」
「確か無差別の音波攻撃、だったかな?ならこうだ。」
コウイチが目の前で大きく手を叩く。所謂"猫騙し"だが、それだけで何か禍々しい音の波が掻き消され、また一歩。
「(ど、どういう事!?【呪刹鎖】は兎も角、【地這怨蛇】と【空震怨波】は呪詛属性の魔法よ!?どうしてあんな簡単に無効されるのよ!)」
ミリミアの身体のベースとなっているのは、ゴースト系の魔物の中で最高討伐ランクを誇る【悠久亡者】と呼ばれる魔物。
呪詛属性の魔法を得意とし、リカリールが膂力と頑丈さに特化した魔物なら、ミリミアは魔法と呪詛属性に特化した魔物だった。
そしてゴースト系の魔物は基本的に人間に対して相性が良い。人間からしたら相性は最悪とも言えるが、その原因は呪詛属性だ。呪詛属性は人の心の闇に作用し、瞬く間に心を蝕み呪殺する。
人間であれば誰しも大なり小なり闇というものは抱え込んでおり、それはコウイチ達も例外ではない。寧ろ、家柄的に言えば常人よりも深いだろう。
だが、コウイチだけに関して言えばそれはあまり意味をなさないものだった。
「うーん、やっぱり君の魔法は何か心の黒い部分に語りかけてくるね。まぁ僕は懐刀家という役目上、"閉心術"は必須技能でね。あんまり意味はないかな?」
コウイチは元来優しい性格だ。人どころか虫さえ殺すのを嫌がるほどに。しかし、懐刀家という家に生まれたからには必ず全うしなければならない義務がある。
しかしそんなコウイチの性格では、お役目を果たすことは難しいと考えたジュウゲンが、ある技能の習得をコウイチに勧めた。それがあらゆる感情・情緒に蓋をする"閉心術"だった。
「だから、僕と君の相性は最悪みたいだ。」
そう微笑むコウイチの瞳が、ミリミアは怖くて怖くて仕方がなかった。こそにあるのは闇などではない…底無しの"無"なのだから。
そしてまた一歩。
「(だ、だからといってなんで私の魔法が掻き消されたりするの!?)」
ミリミアの魔法は…と言うより、この世界の魔法はイメージで成り立つ。何故、どうしてそうなるかを明確にイメージし、周囲の魔素を利用して魔法として発動するのだ。
しかし呪詛属性は少し特殊だ。この魔法は呪や恐怖といった概念を魔素に乗せて魔法とする。
しかしコウイチに関して言えば、"閉心術"で呪詛属性の魔法は無効…ならば、コウイチへと向かってくるのは只の魔素の塊でしかない。
そう…震脚も猫騙しも、ただ周囲の魔素を乗せて放っただけ。所謂無属性魔法である。普通ならば無属性で呪詛属性の魔法を相殺させることなど不可能である。例え魔素同士を相殺させても、呪詛の概念はそのまま残るため対象に牙をむく。
コウイチだからこその対処法と言えた。
「…くっ!魔法が効かなくてもお前くらいの人間なら素手でも!」
「あぁ…それは悪手だね。」
「かはっ!?」
ミリミアは、魔法が駄目なら力で押せばいい…そう考えた。リカリールには劣るが、ミリミアも最高討伐ランクの魔物を素体に作られたモノ。目の前の少年程度どうにでもなる、と。しかしいつの間にか眼前に迫っていたコウイチに首を一瞬でへし折られた。
「く…そ…た…かだ…か…人げ…んの子供ごときにぃぃぃぃぃ!!」
しかしミリミア達人造兵は、魔核を破壊しない限り死にはしない。首が折れた状態からでも十分コウイチを殺せる一撃を放つ。タクミでさえ、その事実に行き着くまでに時間が掛かったのだが、ミリミアにとって二つ目の誤算が存在していた。
「ん…あぁ、コレを破壊しないと死なないのか…じゃあ、よっと。」
コウイチは至近距離から放たれたミリミアの攻撃を難なく避け、空いている左手をミリミアの心臓に突き刺し、そのまま魔核を握り潰したのだ。
「な、ぜ…」
魔核を破壊されたミリミアは、ドサッ…と地面へと投げ捨てられ、何故魔核のことを…と眼で訴える。
「ごめんね?幸か不幸か、僕は眼がいいんだ。」
コウイチは暖かく慈悲を込めた眼でミリミアにそう返すのだった。




